さんじゅうなな
「……嘘だった。信じられなかった。あの母が嘘をつくなんて。でも、私にはわかってしまう。それが、嘘だと」
思い返してみれば私は、母に誉められたことはあっても、愛してると言われたことはその一度以外なかった。そして、ようやく聞けたその言葉は、嘘だった。私は何度も何度も、母にすがり付いて、もう一度その言葉を確認しようとした。もしかしたら。もしかしたら、私の聞き間違いかもしれない。そう信じて。
「ごめんなさい」
けれど母は、最期にそう言い残して、亡くなった。その謝罪が何に対しての謝罪だったのかはわからない。確かなことは、母は私を愛していなかったということ。
「……すまない」
「え?」
「あなたを、泣かせるつもりは、なかったんだ」
オーウェン様に言われてはじめて気づく。私、泣いてたんだ。
「ごめんなさい。私、泣く資格なんて、ないのに」
辛かったのは、泣きたかったのは、私じゃない。オーウェン様だ。それなのに。でも、涙が溢れて止まらなかった。
「……いや、」
オーウェン様が、私の頬を長い指でそっと、拭った。
「ありがとう。私はそのとき呆然として、泣くこともできなかったから。こんなことを言うのはどうかと思うが、あなたが泣いてくれて、嬉しい」
そういって、オーウェン様は微笑んだ。こんなに優しいオーウェン様のことをどうして。
ようやく、私が涙を止めると、再びオーウェン様は、ゆっくりと話し出した。
私は、そのとき絶望したんだ。もう生きている意味もないと思った。そう思って城を飛び出した。走って、走って、走って。気づいたら、森のなかにいた。そして、そこでようやく私自身の姿も変化したことに気づいた。私は妖狐になっていた。




