にじゅうご
「オ──」
リリアン。私の名前をそんなに大事そうに呼んでくれるのは。けれど、その疑問を口に出す前に手を引かれ、走り出す。
一拍遅れて後ろから、他の鬼たちが慌てて追いかけてくる。
どのくらい、走っただろうか。
「よし。掴まって、目を閉じて」
そういって、抱き抱えられ、ぎゅっと目を閉じる。
ふわりとした浮遊感を感じた後、目を開ける。
「……もう、大丈夫だ。遅くなってしまって、すまない」
地面に下ろされ、恐る恐る目を開けると、心配そうな蜂蜜色の瞳と目があった。
「オーウェン様」
ああ、やっぱりあなただった。
周りを見回すと、そこは見慣れた公爵邸の庭だった。
「助けに来てくれて、ありがとうございます。鬼たちは……」
「下位の鬼は、世界を渡れない。だからさっきの彼らは追ってこないだろう」
でも、アレクは。アレクは高位どころか、鬼族の長だ。だからこそ、昼間にもかかわらず、私を拐えたのだろうけれど。
私の考えがわかったのか、オーウェン様は頷いた。
「ああ。あなたを拐った鬼は、来るだろうな」
やっぱり。また拐われて、今度はすぐに婚姻の儀が進められたらどうしよう。恐怖で震えた私の体をぎゅっと抱き寄せて、オーウェン様は言った。
「……こちらのほうが、流れる時間が早い。だからまだ鬼が来るまで時間がある。何でもいい。鬼についてあなたが知っていることを話してくれないか?」
「わかりました」
私は思い付く限りのアレクについて知っていることを話した。といっても、私は彼についてあまり知らなかったのだけれど。
でも、オーウェン様は私の話を聞いて安心させるように微笑んだ。
「ありがとう、その情報があれば大丈夫だ」
オーウェン様が微笑んだ数秒後、アレクの声が聞こえた。
『花嫁』
「来たな」
私を隠すようにオーウェン様が立つ。そして、アレクめがけて青白い炎を放った。けれど、その炎は一瞬で消え、全くダメージを受けていないアレクの姿があった。アレクの目は怒りで血走っており、とても恐ろしい。
思わず私がびくりと体を揺らすと、オーウェン様は私の手を握り、囁いた。
「大丈夫だ。……うまくかかったから」
かかった……?
『どコへやった! 俺ノ花嫁はどコだ!!』
? 私はオーウェン様の背に隠れているとはいえ、その存在をアレクが気づかないはずないだろう。疑問に首をかしげている私に微笑むと、オーウェン様はアレクに向き直った。
「お前の花嫁は、どこにもいない」
『また、八年前のように邪魔ヲするのか! 狐!!』
「邪魔なんてしていない。気になるなら、この屋敷中を探しても構わない」
その言葉を聞き終わる前に、アレクが屋敷の中に入っていく。とても速い速度で、屋敷中を見回っているのが、外からでもわかった。
でも、いったいどうしたんだろう。私はここにいるのに。
屋敷中を見て回って私がそのどこにもいないとわかったのか、再びアレクはオーウェン様の前に姿を現した。
『イない!!』
「だから、言っただろう。どこにもいないと。わかったら、お前の家に帰ってくれないか」
オーウェン様は諭すような声音でアレクに言った。アレクはぎろりと、オーウェン様を睨み付け、
『覚えてイろ! この借りは必ズ返す』
そう叫んで、姿を消した。
「……これで、もう心配ない。あなたが、あの鬼に拐われることはなくなった」
「ありがとうございます、オーウェン様」
でもなんでアレクは私に気づかなかったんだろう。疑問符をたくさん浮かべた私に、オーウェン様は答えてくれた。
「認識を阻害する術をかけたんだ」
……認識を阻害する術?
オーウェン様によると、オーウェン様が最初に放った炎は囮で本命は、認識を阻害する術だったらしい。その術によって、アレクは私の姿を私と認識できなくなったそうだ。
「鬼は自分にない物に強烈に惹かれる。惹かれるとそこしか見えなくなるんだ」
私にあって、アレクにないもの。それは、この凡庸な見た目、だろうか。
「あなたがいっていた。鬼があなたに惹かれた最大の要因は容姿だと。そこでその見た目を誤認するような術をかけたんだ」
なーるほど。それで、アレクに私は見つからなかったわけだ。
「強烈な術をかけたから、これでもう、あなたが心配する必要はなくなった」
「……オーウェン様、」
オーウェン様に聞きたいことがある。八年前。あなたは、もしかして──。




