にじゅういち
陽光で目を覚ます。スッキリとした目覚めだ。悪夢は、見なかった。扉がノックされる。入ってきたのはマージだった。
「リリアン様、顔色がよろしいですね」
「おはよう、マージ。ええ、昨夜はぐっすり眠れたから」
公爵邸のベッドはもちろん、ふかふかなのはいつものことだけれど。こんなことを言うと恥ずかしいけれど、やっぱり側にオーウェン様がいてくれたから、安心できた。
「それは良かった」
マージが柔らかく微笑む。そんなマージに微笑み返して、支度を整えた。
「おはよう」
「おはようございます、オーウェン様」
オーウェン様も私の顔色を見て、よく眠れたことがわかったのか、ほっとした顔をした。
「昨夜はオーウェン様のお陰で、ぐっすり眠ることができました。ありがとうございます」
「それなら良かった。そのことなんだが……」
どうしたんだろう。オーウェン様の続く言葉に耳を傾ける。
「あなたが眠れたのなら、とりあえず今月──繁魔の月が終わるまでは、続けようと思う」
今月は、今朝から始まったばかりだ。繁魔の月。聞きなれない言葉だ。昔の月の呼び方だろうか。日本で言う睦月とか如月とかそういう。
私が不思議そうな顔をしたのがわかったのか、オーウェン様は説明してくれた。
「繁魔の月とは──、鬼や妖怪が人さらいを活発にする時期だ」
確かにこの時期はよく失踪事件などが起きやすい月ではあるけれど。言うことを聞かない子は、神隠しにあうと言われる時期。はっ! もしかして、私オーウェン様の言うこと聞かずに、ヴォルフ伯爵にほいほいついていったから神隠しにあっちゃうの!?
「いや、違う。あなたは恐らく。鬼に見初められたんだ」
「鬼、ですか」
あの夢を思い出す。私は鬼に追いかけられたことがあった。
「妖怪や鬼は幼いときに自分の伴侶を探しに人里へ降りる。そのとき見初めた伴侶が大人になっていたら拐うのが、繁魔の月」
だからこの時期は、失踪事件が起きるのね。
「眠れるまでが、一番危ないんだ。一番鬼との境界が薄れる時間だから。だから今月が終わるまでは嫌かもしれないが、眠れるまで側にいる」
「嫌なはずないです! オーウェン様が側にいて下さるなら、とても安心です。ですが、オーウェン様のご迷惑になりませんか?」
オーウェン様だって忙しいだろうし、本来なら、私自身で解決しなければいけない問題だ。
「あなたのことで迷惑だと思うことは、何もない」
「! ……そ、そうですか」
なんと言う殺し文句。オーウェン様が単に優しいからそういう言葉をかけてくれるのだとわかっているけど。顔が赤くなる。
「それでは、今日もよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そして、夜。
昨日のように、オーウェン様が手を繋いで子守唄を歌ってくれる。オーウェン様のそばって、どうしてこんなに安心するんだろう。なんだか、懐かしいような感じもするのよね。やっぱり昔、あったことがあるのかしら。記憶をたどろうとするけれど、オーウェン様の穏やかな声に、私は眠りに落ちたのだった。
「ん……」
夜中、目を覚ます。暗くて何も見えない。少し、怖い。するとまだ手が暖かいことに気づいた。
「大丈夫だ、あなたを怖がらせるものは、何もない」
幼い頃、父がしてくれたように、優しく頭を撫でられる。
そっか。それなら、安心だ。
私は再び眠りに落ちたのだった。
「ん、んん……」
意識が少しずつ覚醒していく。すると、手のぬくもりが離れていくのに気づいた。
音をたてないように気を付けながら、去っていく。
「ふわぁ、あ」
大きく伸びをして、起き上がる。なんだか、とてもいい夢を見た。ずっと、オーウェン様が、側にいてくれる夢。
……ん、夢?
左手が、温かい。
別に手袋をして、眠っていた訳でもないのに。
もしかして。いや、もしかしなくても。
……オーウェン様、ずっと側にいてくれた!?




