にじゅう
声が体にまとわりつく。どうして、いつもならここで目が覚めるのに。夢だとわかるのに、現実に戻れない。
気づけば、私の体は幼いものから今のそれに変わっていた。
『よウやく、見つケた』
ケラケラ、と声は笑う。まるで悲願が叶ったかのように。
『早ク、イこうヨ。八年前ハ、狐に邪魔さレたけド、今度ハもう失敗シナイ。だカら、我ガ花嫁』
声が靄となって、私を包んだ。花嫁ですって!? だーれが花嫁よ。私にはオーウェン様という心に決めた方がいるのよ! たとえいつかヒロインが現れて振られるんだとしても。はっきりと振られるまでは、諦めないんだから。
私は靄に向かって拳を固めると思いっきり、突きだした。
「せいっ!」
てっきり、何の感覚もないと思ったけれど、熱に手が包まれた。
「え──」
この熱を知っている。なんで、だって、それは。
「オーウェン様!?」
思いっきり叫んだところで、ようやく目が覚めた。私の視界一面には、麗しいお顔が心配するように眉を下げていた。
「ああ、私だ。目が覚めたんだな、おはよう」
「おはよう、ございます?」
……? イマイチまだ状況が掴めていない。頭に疑問符をたくさん浮かべた私に、オーウェン様が説明してくれた。
「マージが教えてくれたんだ。あなたがずっとうなされたまま、目を覚まさないと」
なるほど。それで、心配したオーウェン様も、私の部屋に駆けつけてくれたというわけね。それで私の視界には顔を覗き込んだオーウェン様が映っていたわけだ。
いや、ちょっと、まって。私の右手はオーウェン様の左手に包まれている。もしかして、いや、もしかしなくても。
「私、オーウェン様に、殴りかかったり……」
「ああ。見事な突きだった」
オーウェン様は頷いた。
あ、ああー!!! やってしまった。悪夢を見ていたとはいえ、好きな人に殴りかかるなんて。
「……申し訳ありません」
「いや、謝る必要はない。それにしても、あなたには格闘の才能もありそうだ」
私が愕然としていると、オーウェン様はフォローするようにそういってくれた。うう、優しさがかえってつらい。
それにしても、悪夢にうなされるなんて子供みたいで恥ずかしい。
「それで、どのような夢を見たんだ?」
けれど、オーウェン様はそんな私を馬鹿にすることなく、真剣な顔で尋ねた。ただの夢なのに。その表情に疑問を感じないでもなかったけれど、オーウェン様に夢を説明する。
変な夢だと、笑われるかと思ったけれど、オーウェン様は笑うことはせず、代わりに尋ねた。
「幼少期から、その夢を見ているんだな?」
「はい」
オーウェン様の言葉に頷く。あれは、幼少期から見続ける夢であり、同時に私が幼少期に体験した出来事だった。
オーウェン様、どうしたんだろう。そんなに真剣になるような話なのだろうか。
オーウェン様は、私の表情に気づいたのか、ふと微笑むと、私の頭に手を置いた。
「大丈夫だ、私が何とかする」
「ありがとうございます」
なんとも心強い言葉だ。でも、悪夢を何とかって、安眠枕でも買ってくれるのかしら。それとも、よく眠れるハーブティーとか?
「では、朝食をとろう。今日は城勤めじゃないので、支度はゆっくりで構わないから」
そこで初めて私は、自身が寝間着のままなことに気づいた。いえ、寝起きだから当然なのだけれど、オーウェン様にそんな姿をずっと見られていたなんて、恥ずかしい!
顔を真っ赤にしながら頷くと、オーウェン様はそんな私に笑って部屋をあとにした。
そして、その日の夜。
「あの、オーウェン様」
「どうした?」
オーウェン様が心配そうな顔をした。
「その、ただの悪夢ですしそこまでしていただかなくても大丈夫ですよ?」
そう、単なる悪夢。それなのに、オーウェン様は私が眠れるまで側にいる、というのだ。
「本当はあなたと眠れたら、いいのだが。まだ婚約期間中だからな」
婚約期間中で良かった! オーウェン様と添い寝だなんて、恥ずかしくて死んでしまうわ!!
オーウェン様は私の左手を握り、子守唄を歌いだした。ううう、何だか幼子になった気分だわ。けれど、オーウェン様の歌い声は穏やかで自然と瞼が重くなっていく。
「おやすみ、よい夢を」
額になにか柔らかいものが触れたのと同時に、私は深い眠りへと落ちていったのだった。




