じゅうはち
ナタリー伯爵令嬢が帰ったあと。オーウェン様に呼び止められた。
「リリアン」
「?」
オーウェン様に名前を呼ばれることは、滅多にない。そのオーウェン様が、私の名を呼んだ。なにか大事な話でもあるのだろうか。
「これは私の勝手なお願いなんだが、あまりあのご令嬢と親しくしないでほしい」
困ったように眉を下げて、オーウェン様は私を見た。あのご令嬢。おそらく、というか十中八九ナタリー伯爵令嬢のことだろう。
「理由をお伺いしても?」
まあ、そもそも媚びのリリアンとしては、オーウェン様のお願いなら一も二もなく聞いとけ! って思われるだろうけれど。
だってナタリー伯爵令嬢は、オーウェン様のファンだといった。それに私のことを友人だと。そういった彼女と親しくすることをなぜ、止められるのだろう。
「理由は彼女が……、」
オーウェン様はそこで言葉を止めた。この続きをなんと言えばいいのか、答えを選んでいるようだった。
「信頼できないからだ」
オーウェン様の言葉に、肩の力を緩める。信頼できない。……それなら仕方ないわよね。下位貴族としてのほほんと生きてきた私と違って、魑魅魍魎の蔓延る世界で生きてきたオーウェン様が第一印象でそう思われるというのは、それなりに理由があるのではないかと思う。
だから私も納得して、オーウェン様の言葉を受け止めることができた。
「わかりました」
頷くと、オーウェン様もほっとした顔をした。
自室に戻り、ため息をついた。それにしても。オーウェン様にもらった鍵を握りしめる。オーウェン様が信頼してくれているというのに、私はオーウェン様の信頼に応えるどころか、足を引っ張ってしまっている。
どうしたら、あなたの力になれるんだろう。私は、あなたの力になりたいのに。
特にあのお茶会だって──。
「はっ!」
頬を叩く。うじうじタイムは終了だ。反省は必要だけれども、やってしまったことは仕方がない。大事なのは次、どうするか、よね。
オーウェン様は今のところ生きるのに飽いている様子は見えないけれど。生きていてもいいって思える世界は、どんな世界だろう。一番は、ヒロインがさっさと魔法の力に目覚めて、オーウェン様を攻略することだけれど。
ひとまずは、オーウェン様の言葉通り、ナタリー伯爵令嬢と親しくするのはやめよう。
──とは、言ったものの。
親しくしない、ということの難しさを私は、考え始めていた。
夜会が行われれば、私も貴族の末端に名を連ねる者として、また、現時点でのオーウェン様の婚約者として参加せざるを得ない。
そしてその夜会の度に、ナタリー伯爵令嬢は、まるで尾を振る犬のごとく、私のもとへ来るのだった。
尾を振る犬は、叩かれず。とは本当に言ったもので。かろうじてこちらからは積極的に関わらない、ということはできるものの、むこうからこられてはこちらはどうしようもない。それにナタリー令嬢の伯爵家は、それなりに規模が大きい。公爵家といえど邪険に扱うのはそれなりにリスクを伴うということもあった。
私がどのようにナタリー伯爵令嬢と接すればいいかと困っていると、オーウェン様が助け船を出してくれた。
オーウェン様は、いつもにこやかにけれど、さりげなくナタリー伯爵令嬢から距離をとっていた。
近づきすぎず、かといって邪険にはしていない。
そしてナタリー伯爵令嬢は、キラキラとした瞳でオーウェン様を見つめている。本当に、オーウェン様のファンなのね。
それにしてもなるほど。ああやって、接すればいいのね。と、オーウェン様の話術に感心していると、声をかけられた。
「リリアン嬢、少しお話があるのですが、よろしいかな」
声をかけてきたのは、ナタリー伯爵令嬢の父親──ヴォルフ伯爵だった。頷くと、付いてきてほしいと言われた。ここではできない話? 何だろう。
オーウェン様は、ナタリー伯爵令嬢の相手で気づいていないようだ。私が、オーウェン様に一言声をかけて行こうとすると、伯爵に急かされ、結局、声をかけられなかった。
ナタリー伯爵令嬢についてだろうか。そう思いながら、伯爵の後をついていく。連れられたのは、今はホールで人気の楽団が演奏しているためか人が少ない休憩所だった。
「単刀直入に言います。リリアン嬢、オーウェン公爵との婚約を解消する気は、ありませんか?」