じゅうなな
公爵邸に戻ると、オーウェン様が出迎えてくれた。
「大丈夫か? 何か傷つけられるようなことは言われなかっただろうか」
「ただいま戻りました……っう」
オーウェン様の顔を見たら、一気に涙が溢れてきてしまった。ひとり、認識を改めてくれたことはとても嬉しかった。けれど私は、それ以上のひとのオーウェン様に対する評判を下げてしまっただろう。オーウェン様は愚鈍な娘を婚約者として迎えたと。私の立ち回りが甘いせいで。
「ごめんなさい。……ごめんなさい、オーウェン様」
私が泣きながらそう謝ると、オーウェン様は、柔らかく微笑んだ。
悔しい。あなたの素晴らしさを、みんなに知ってほしかった。そう思うのは、私のエゴかもしれないとわかっているけれど。でも。
「あなたが私のことを思ってくれるのは、嬉しい。だから、あなたが私のことをわかってくれていたら十分だ」
優しい言葉。でも、それは。これ以上ないほど、悲しい言葉でもあった。そんな悲しい言葉を言わせたかったわけじゃない。
なにも言えずにまた涙を流した私の背を、オーウェン様は優しく撫で続けてくれた。
そんな失態をしでかしたお茶会から、数日が経った頃、とある人物が私を訪ねて公爵邸にやってきた。
「こんにちは、リリアン様」
鈴を転がすような声で私に微笑んだのは、ナタリー伯爵令嬢だった。
「こんにちは、ナタリー様」
ナタリー伯爵令嬢は厚化粧の力がないと美人にはなれない私と違って、華やかな顔立ちをしている。微笑むと、まるでお姫様や妖精のようだ。
ナタリー伯爵令嬢の手土産である質の良い茶葉を受け取りながら、どうして、彼女は私を訪ねてくれたのだろう、と首をかしげる。するとその疑問が顔に出ていたのか、ナタリー伯爵令嬢は、少し気恥ずかしそうに頬を桃色に染めた。
「実は、私、以前のリリアン様のお話で、すっかりオーウェン様のファンになりましたの。だから、またお話を聞かせて頂けないかと思って」
「! もちろん、喜んで」
彼女はオーウェン様に対する認識を改めてくれたのではないか、と考えていた。けれど、わざわざ訪ねてくれたということは、社交辞令ではなく本心だろう。だから、とても嬉しかった。
お茶とお茶菓子を頂きながら、ゆっくりとオーウェン様と過ごした日々のことを話す。そのどの話にも彼女は、瞳を輝かせて頷いて聞いてくれた。
話すネタもつき、そろそろお開きかしら。そう思っていたとき、オーウェン様が中庭を訪れた。どうやら王城でのお仕事が終わって、帰ってきていたらしい。
「オーウェン様」
出迎えができず、ごめんなさい。そう謝ろうとすると、オーウェン様は微笑んだ。
「良かった、あなたの友人が来ていたのか。邪魔をしてしまい、すまない」
オーウェン様はあのお茶会に参加していた令嬢が来たとだけ聞いて、私がいじめられているのではないかと、急いで駆けつけてくれたようだった。
「友人?」
思わぬ言葉に私がぽかん、と口を開ける。
「? だって、何の話かはわからないが、あなたはとても楽しそうに話していた。友人じゃないのか?」
それはオーウェン様のことを、話していていたからだ。好きなひとの話をするのは、楽しい。けれど、友人と言われて、友人じゃない、と答えるのもナタリー伯爵令嬢に失礼かしら。
そう思っていると、ナタリー伯爵令嬢は、桃色に頬を染めて、大きく頷いた。
「友人です!」
そのあまりの可憐さに、息を飲む。そうか、私とナタリー伯爵令嬢は友人なのか。そんなに、嬉しそうな顔で言われると、とても照れる。
「……そうか」
ナタリー伯爵令嬢が何に頬を染めていたのか全くわかっていなかった私は、オーウェン様が目を冷たく細めたことに全く気付かなかった。




