じゅうろく
ついに、この日がやってきてしまったのね……! 私は数々の招待状の中から選抜された招待状を見る。それは、高位貴族が主催するお茶会への招待状だった。
オーウェン様は、
「あなたの気晴らしになるならいいが。面倒なだけなら行かなくていい」
なんて、お優しい言葉をかけてくれたけれど。行かなくていいはずない。だって、これはオーウェン様のことを知ってもらうチャンスなのだから。そうして、オーウェン様に対する認識を少しでも改めてくれたら。あなたがもう少しこの世界で生きてもいいと思ってくれるかもしれないから。
だから、私は。
「では、行って参りますね」
オーウェン様に声をかける。今日は、招待主にお前誰だよ? と思われないために、濃いめの化粧にしている。髪ももりもりで戦闘態勢バッチリだ。
「本当に行くのか? お菓子なら、この家で十分食べられるぞ」
私、そんな食いしん坊キャラじゃ……! いえ、否定はできないけれど。オーウェン様が心配そうな顔をして腕を広げた。私はその腕の中に飛び込み、ぎゅっと抱きつく。あの日以来、こうしてどちらかが家から出るときは、ハグしてから行くのが、いつの間にか暗黙の了解になっていた。
オーウェン様の香りに包まれて、幸福な気分になる。名残惜しいけれど、オーウェン様の腕の中から抜け出すと、にっこり笑った。
「はい! 行ってきます」
さて。お茶会が開催されるのは、美しい薔薇が咲き誇る侯爵邸の中庭だった。どうやら私は無事、丁度良い時間に来たようで、ぞくぞくと令嬢や夫人が到着した。
「お招きいただき、ありがとうございます」
ハンナ侯爵夫人に挨拶をする。私の一挙一動が、オーウェン様の評価に繋がるから、気は抜けない。
「これはこれは。来てくださったのね、リリアンさん」
夫人ににっこりと微笑み、軽くお話と手土産を渡してから席につく。流石は高位貴族たちの集まるお茶会なだけあって、男爵令嬢は私だけだった。なんとなく、居心地の悪いものを感じないでもないけれど。今日ここに来た、目的を忘れちゃいけない。すべては、オーウェン様にとって、すみよい世界を作るため! 頑張ります!!
ハンナ侯爵夫人が挨拶をして、本格的にお茶会が始まった。招かれてはいるものの、私は下級貴族だからなかなか会話にいれてもらえないのではないかと思ったけれど、そんなことはなく、適度に話題に入れてくれたのでわりと楽しい時間を過ごすことができた。
と、ある程度流行の服やお菓子、音楽や劇の話をしたところで徐々に話題は自らの婚約者や夫の話になっていく。
けれど、その大半が愚痴で、とてもじゃないが、オーウェン様の良いところをアピールできるような雰囲気ではなかった。
まあ、こういうこともあるわよね。
そう思いながら、愚痴を熱心に聞いていると、ハンナ侯爵夫人に話しかけられた。
「あら、でも。リリアンさんはそんなことないのではなくて?」
皆の視線が一斉に私にむく。
「聞きましてよ。とてもオーウェン公爵はお優しいのだと、以前の夜会で話されていたとか。私たちにも、教えてくださらない? 普段のオーウェン公爵がどのような方なのか」
夫人の目は、オーウェン様の良いところを聞きたいというよりも、悪いところを聞きたいといっていた。例えば、私がオーウェン様のことを恐ろしい方だと言えば、喜んで私を高位貴族の一員として受け入れる、というような。けれど。
私は、嘘はつかないし、オーウェン様とも約束した。でも、愚鈍な娘を婚約者として迎えたと、オーウェン様の評判が私のせいで悪くなってしまうかもしれない。それが何より怖い。でも、もしかしたら、ここにいる誰か一人でもオーウェン様の素晴らしさをわかってくれる人がいるかもしれない。だから。
「はい。もちろんです、ハンナ侯爵夫人」
私は満面の笑みで答えると話し出した。オーウェン様がどれだけ優しいのか。オーウェン様の婚約者になれて、どれだけ私が幸福なのか。時にはオーウェン様の、可愛らしいところ──酸味のある食べ物が苦手で甘い食べ物は好きなところなど──を交えながら、一言一言心を込めて話した。
「……、というわけで、優しいオーウェン様の婚約者になることができて、とても幸せです」
そういって話を締める。するとハンナ侯爵夫人は、一瞬顔を歪ませたあと、
「そう、聞かせてくださってありがとう」
と何事もなかったかのように微笑んだ。なので私も微笑み返す。
そうして、お茶会は終わった。
やっぱり、そもそもお茶会に来たこと自体が間違いだったかしら。オーウェン様になんて謝ろう。肩を落としながら馬車に乗ろうとすると、声をかけられた。
「お待ちになって、リリアン様!」
「?」
振り向くと、息を切らしてナタリー伯爵令嬢がかけてきた。
「今日のお話とっても素敵でしたわ! また、オーウェン様のお話聞かせてくださいね」
「! ええ、もちろんです」
良かった。たった、一人だけかもしれない。それでも、オーウェン様のことを知るひとがいる。とても優しく素晴らしいひとだと。私は泣きそうになりながら、頷いた。
でも、私の立ち回りが甘いせいで、オーウェン様の評判を下げてしまった。どうしよう。
■ □ ■
「お父様!」
「どうしたんだい、ナタリー」
娘がこの猫なで声をだすときは、何か欲しいものがあるときに決まっていた。私はやれやれとため息をつきながら、娘に尋ねる。娘は今日、ハンナ侯爵夫人が主催する茶会に参加していたからそれ関連だろう。流行りの服か、菓子か、はたまた劇のチケットか。けれど、娘の口から飛び出したのは、そのどれでもなかった。
「私、オーウェン様の婚約者になりたいわ!」




