じゅうご
「うふ、うふふふふ」
鍵を見つめながら、にやにやとしている不審者が一人。……私のことだ。思う存分堪能したので、ぱん、と頬を叩いて心を入れ換える。好きな人に信頼の証を渡されて、嬉しくないはずがない。ないのだけれども、本来ならまだ私がもらって良いものではないはすだ。
だからこそ私は、オーウェン様の信頼に応えられるように頑張らないといけない。
そう、まずはオーウェン様を陥落させるような美ボディ作りから! 筋トレ、やりだすと意外と楽しいのよね。でも、だからといってやりすぎは禁物。女性らしいしなやかさを保ったままにしたいもの。
適度な運動、を心がけながら今日も筋トレを頑張った。
それにしても。オーウェン様は、この公爵邸のどこを歩いても構わないと言った。だったら一つ。いってみたい場所があるのよね。
構わないと言われても、いざ、自由にして嫌われたら困るので、事前にオーウェン様の許可をとってある部屋の前に来た。
「ここ、よね……」
緊張して震える手を押さえながら、鍵を鍵穴に差し込む。すると、カチリと音がなった。
扉をあける。すると、とても良い香りがいっぱいに広がった。
「!」
想像以上に、たまらない気持ちになるわね。これは。
私が訪れたのは、オーウェン様の夜会用などの衣服が仕舞われている衣装部屋だった。
色鮮やかな衣装が仕舞われており、どれも白銀の髪をしたオーウェン様が着たら、とても映えるのだろうなと思う。
私の目的はこのたくさんの衣装を見ることだった。全部を着たオーウェン様を見るには、とても長い時間を共に過ごすことが必要になるだろう。私は、ヒロインじゃないから、全部を見ることはきっと、叶わない。だから、見ておきたかったのだ。
一着、一着、それに身を包むオーウェン様を想像しながら見ていく。どの衣装からも、オーウェン様の爽やかでそれでいて主張が強すぎない香りがした。あることを思い付いて、ふと、おそるおそる、部屋の中心に立ってみる。
オーウェン様の香りが私を包む。目を閉じて、いっぱいに香りを吸い込んだ。オーウェン様に抱きしめられたらこんな感じなのかしら。
って、ちょっと。いえだいぶ、気持ち悪かったわね、私。何やってるのかしら。恋は盲目というけれど、盲目になりすぎて──。
「!」
やれやれと首を振っていると、蜂蜜色の瞳と目があった。えっ、なんで。いえ、オーウェン様がいておかしい場所はないのだけれど。
「丁度、仕事が終わってあなたを訪ねたら、あなたはここだと言っていたから」
そういうオーウェン様の瞳は、何を考えているのかわからない瞳をしていた。しまった! もしかして、オーウェン様の香りに包まれて幸せー、とか目を閉じてたところ見られた? どうしよう、気持ち悪いとかドン引きされてたら。
オーウェン様が、ゆっくりと近づく。
「あ、あの、その、衣装を見て、それで」
しどろもどろになりながら、何とか言い訳を探すけれど、嘘にならない言葉が見つからない。ついに、オーウェン様が目の前まで来てしまった。
「ここでいったい、何をしていたんだ?」
そういうオーウェン様の瞳からは、相変わらず考えが読み取れない。う、ううう。こうなったら、素直に謝った方がまだ、いいよね。
「ごめんなさい! オーウェン様に抱きしめられたら、こんな感じかな、なんて想像してました」
もっというと想像じゃなくて、妄想なのだけれども。お願い、引かないで。
祈るような気持ちでぎゅっと目を閉じる。けれど、オーウェン様の口から出たのは意外な言葉だった。
「触れても、いいだろうか」
この部屋でオーウェン様が触れていけないものなんて、何一つない。私の許可なんていらないはずだ。そう疑問に思いつつも、強く頷く。
すると。
「え──」
とても、暖かな熱が私を包んだ。抱きしめられたのだと気づくまで数秒かかった。一気に身体中の体温が上がる。それは、私が想像していたよりも、ずっと、幸福なことだった。好きな人に抱きしめられるって、こんなに幸せなことなんだ。
こんなに幸せなことって、あって良いのかしら。そう思うのに、私の体は欲望に素直で。気づけば、その背に腕を回していた。よりオーウェン様と体が密着し、オーウェン様の香りに包まれる。
「今度からそういうときは、想像するんじゃなくて、直接言ってくれ」
囁かれて、顔が真っ赤になる。幸せすぎて、また、泣きそう。どれだけこの人は、優しいんだろう。
「……よろしいのですか?」
信じられなくて目を見開くと、拗ねたような声でオーウェン様は言った。
「私だって、あなたに触れたい。婚約者に触れたいと思うのは、自然なことだろう」
──そっか。私だけじゃ、ないんだ。触れたいと、その熱を知りたいと思うのは。
この香りも、この熱も。全部、覚えていよう。たとえいつか、この熱が離れていくのだとしても、笑顔で送り出せるように。
だから、どうか。今だけは。