表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/89

じゅうご

「うふ、うふふふふ」

 鍵を見つめながら、にやにやとしている不審者が一人。……私のことだ。思う存分堪能したので、ぱん、と頬を叩いて心を入れ換える。好きな人に信頼の証を渡されて、嬉しくないはずがない。ないのだけれども、本来ならまだ私がもらって良いものではないはすだ。


 だからこそ私は、オーウェン様の信頼に応えられるように頑張らないといけない。


 そう、まずはオーウェン様を陥落させるような美ボディ作りから! 筋トレ、やりだすと意外と楽しいのよね。でも、だからといってやりすぎは禁物。女性らしいしなやかさを保ったままにしたいもの。


 適度な運動、を心がけながら今日も筋トレを頑張った。





 それにしても。オーウェン様は、この公爵邸のどこを歩いても構わないと言った。だったら一つ。いってみたい場所があるのよね。


 構わないと言われても、いざ、自由にして嫌われたら困るので、事前にオーウェン様の許可をとってある部屋の前に来た。

「ここ、よね……」

 緊張して震える手を押さえながら、鍵を鍵穴に差し込む。すると、カチリと音がなった。


 扉をあける。すると、とても良い香りがいっぱいに広がった。


「!」

 想像以上に、たまらない気持ちになるわね。これは。


 私が訪れたのは、オーウェン様の夜会用などの衣服が仕舞われている衣装部屋だった。


 色鮮やかな衣装が仕舞われており、どれも白銀の髪をしたオーウェン様が着たら、とても映えるのだろうなと思う。


 私の目的はこのたくさんの衣装を見ることだった。全部を着たオーウェン様を見るには、とても長い時間を共に過ごすことが必要になるだろう。私は、ヒロインじゃないから、全部を見ることはきっと、叶わない。だから、見ておきたかったのだ。


 一着、一着、それに身を包むオーウェン様を想像しながら見ていく。どの衣装からも、オーウェン様の爽やかでそれでいて主張が強すぎない香りがした。あることを思い付いて、ふと、おそるおそる、部屋の中心に立ってみる。


 オーウェン様の香りが私を包む。目を閉じて、いっぱいに香りを吸い込んだ。オーウェン様に抱きしめられたらこんな感じなのかしら。


 って、ちょっと。いえだいぶ、気持ち悪かったわね、私。何やってるのかしら。恋は盲目というけれど、盲目になりすぎて──。

「!」

 やれやれと首を振っていると、蜂蜜色の瞳と目があった。えっ、なんで。いえ、オーウェン様がいておかしい場所はないのだけれど。


「丁度、仕事が終わってあなたを訪ねたら、あなたはここだと言っていたから」

 そういうオーウェン様の瞳は、何を考えているのかわからない瞳をしていた。しまった! もしかして、オーウェン様の香りに包まれて幸せー、とか目を閉じてたところ見られた? どうしよう、気持ち悪いとかドン引きされてたら。


 オーウェン様が、ゆっくりと近づく。

「あ、あの、その、衣装を見て、それで」

 しどろもどろになりながら、何とか言い訳を探すけれど、嘘にならない言葉が見つからない。ついに、オーウェン様が目の前まで来てしまった。


「ここでいったい、何をしていたんだ?」

 そういうオーウェン様の瞳からは、相変わらず考えが読み取れない。う、ううう。こうなったら、素直に謝った方がまだ、いいよね。

「ごめんなさい! オーウェン様に抱きしめられたら、こんな感じかな、なんて想像してました」

 もっというと想像じゃなくて、妄想なのだけれども。お願い、引かないで。


 祈るような気持ちでぎゅっと目を閉じる。けれど、オーウェン様の口から出たのは意外な言葉だった。


「触れても、いいだろうか」

 この部屋でオーウェン様が触れていけないものなんて、何一つない。私の許可なんていらないはずだ。そう疑問に思いつつも、強く頷く。


 すると。

「え──」


 とても、暖かな熱が私を包んだ。抱きしめられたのだと気づくまで数秒かかった。一気に身体中の体温が上がる。それは、私が想像していたよりも、ずっと、幸福なことだった。好きな人に抱きしめられるって、こんなに幸せなことなんだ。


 こんなに幸せなことって、あって良いのかしら。そう思うのに、私の体は欲望に素直で。気づけば、その背に腕を回していた。よりオーウェン様と体が密着し、オーウェン様の香りに包まれる。


「今度からそういうときは、想像するんじゃなくて、直接言ってくれ」

 囁かれて、顔が真っ赤になる。幸せすぎて、また、泣きそう。どれだけこの人は、優しいんだろう。

「……よろしいのですか?」

 信じられなくて目を見開くと、拗ねたような声でオーウェン様は言った。

「私だって、あなたに触れたい。婚約者に触れたいと思うのは、自然なことだろう」



 ──そっか。私だけじゃ、ないんだ。触れたいと、その熱を知りたいと思うのは。


 この香りも、この熱も。全部、覚えていよう。たとえいつか、この熱が離れていくのだとしても、笑顔で送り出せるように。


 だから、どうか。今だけは。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただき有難うございます!
感情を殺すのをやめた元公爵令嬢は、みんなに溺愛されています!
連載中です!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ