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じゅういち

 必死で手をのばす。けれど、その手はあなたに届くことなく宙をかく。


 どうして。


 どうして。そう尋ねたいのに。言葉が声にならなかった。私の周りは青白い炎で取り囲まれ、このままでは焼死してしまうだろう。


 あなたがこれ以上ないほど冷たい目をして、去っていく。冷たいのと同時に、これ以上ないほど傷つけられた瞳だとそう思った。


 私はただ、──、と言っただけなのに。


 それの何がいけなかったのだろう。



 頭の中で自問を繰り返すけれど、答えてくれる声はどこにもない。


 そして、私は死──



「って、ちょっと待ちなさいよ!!」



 私はまだ死にたくないわ!!


 思わずがばりと、体を起こす。そこには青白い炎はどこにもなかった。

「……夢、か」

 身体中が冷や汗で湿っている。夢にしては、妙に現実味があった。夜寝る前に都合よく、オーウェン様と過去にであったことを夢とかで思い出さないかしら、なーんて思っていたらこれだ。はっ! これはもしかして、この媚びのリリアン、まだまだ媚びが足りないという神からの啓示なのでは!?


 この夢がもし本当だとして。オーウェン様の地雷は、何か言われること、ということだろうか。


 だったら! 私はひとつの方法を思い付いた。







「どうした?」

 そろそろオーウェン様の執務も休憩どきだろうと思い、オーウェン様の部屋を訪ねる。


「えーと、なんだ、一緒に? ああ、一緒であっているのか。む、なんだその動きは。食べる? 正解か。クッキー? わかった。一緒にクッキーを食べよう」


 そういって、オーウェン様が柔らかく微笑んだ。


 すごい! オーウェン様、マージが全然わからなかったジェスチャーが伝わるのね。


 そう、ジェスチャー。地雷を踏まないためには、つまり何も言葉にしなかったらいいのではないかと考えて今に至る。


 でも、これって苦痛だわ。私、思ったより、おしゃべりが好きだったのね。


 そんなことを思いながら、クッキーを食べる。


「!」


 サクサクとした食感と共にバターの香りが広がった。すごく美味しい。前も思ったけれど、流石公爵邸の料理人だわ。思わず我を忘れてパクパクと食べる。貧乏だったから、こんなにお菓子をいっぱい食べるなんてことはしなかったから、とっても贅沢──。


 無我夢中で頬張っていると、蜂蜜色の瞳が興味深そうに、私を見ているのに気づいた。


 しまった! はしたないと思われちゃったかしら。けれど私の考えとは逆に、オーウェン様は優しい瞳で、続けてくれ、とジェスチャーを出した。


 は、恥ずかしいーーーー。なんていうか、いっそのこと呆れられるほうがまだましだった。そんな柔らかな親鳥が雛を見るような目で見られたら、いたたまれない。


 でも、クッキー美味しい。手が止まらない。


 こうなったらいっぱいクッキーを食べて、公爵家秘蔵のレシピを解明してやるんだから!




 そうして、無言でクッキーを食べ、クッキーを食べている姿を観察されること数十分。

 私がお腹を手で擦ると、

「ああ、満足したんだな。良かった」

 とオーウェン様は微笑み、優雅な仕草で紅茶を飲んだ後話を切り出した。

「ところで、風邪でもひいたのか?」

 首を振る。


「では、私と話すのが嫌になった?」

 もっと強く首を振る。


「では、どうしてだ? あなたの声をもう、私には聞かせてくれないのだろうか」

 物憂げな声で言われて、思わず声を出す。

「……実は、怖い夢を見まして」


 やっぱり、私に喋らないなんて無理! 一度喋ると、堰をきったように言葉が溢れてくる。


「私の言葉で、オーウェン様が傷つく夢だったのです。……なので、何も話さなければそんなことも起きないかと」


 今思い返せば、考えが浅はかすぎる。媚を売るならもっと、違う方法を考えなきゃ。思った以上にあの夢にダメージを受けたみたいだ。


「そうだったのか」


 でもオーウェン様はそんな私を馬鹿にすることなく、納得したように頷いた後、柔らかく私を見つめた。


「誰かを傷つけるのは、怖いな」

「……はい」

「でも、誰も傷つけずに生きるのは無理だ」

 そこでオーウェン様は、遠い目をした。

「反対に誰にも傷つけられずに生きるのも」


 オーウェン様は妖狐の血をひいている、きっとそれだけのことが理由で多くの人に傷つけられて、生きてきたのだろう。


「私も何度もあなたを傷つけてしまうかもしれない」

「そんなこと……!」

 オーウェン様はとても優しい。オーウェン様が私を傷つけたことなんて一度もない。


「いや、私たちは同一人物ではないから。傷つけ合うことが全くないのは、不可能だ」


 だったら、どうしたらいいんだろう。どうしたら、私は。あなたを傷つけたくないのに。

「でも傷ついたら、傷ついた、と素直に言える口を私たちはもってる。そしたら謝れるだろう? そうやって時には傷つけあうことがあっても、お互いを尊重しあって生きていけたら、と思う」


 オーウェン様は、大人だ。

「……はい」

 お互いを尊重しあって。そう言われたはずなのに、私はいったいあなたに何を言ってしまったのだろう。


 あー、でも。


 既にこんなにあなたを傷つけることを怖がる時点で──私が死にたくないというのもあるけれど──、私はだいぶオーウェン様を好きになりかけているのよね。


 オーウェン様の方は恐らく、私をそういう意味で好きじゃないというのに!


 気持ちが一方通行なことほど、寂しいことはない。


 よし。また今日から心を入れ換えて、媚びも売るしオーウェン様の心だってゲットしちゃうんだから。

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お読みいただき有難うございます!
感情を殺すのをやめた元公爵令嬢は、みんなに溺愛されています!
連載中です!
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