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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第1章 北の大地だ、ジンパでほい
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4-1 ウニと北海道産白ワインで英気を養った翌日である(前編)

      4


 居酒屋『真冬日じょうとう』でウニと北海道産白ワインで英気を養った翌日である。

 工学部のMS棟の一階廊下でエレベーターを待っていると「あ、朋子センセ」と長万部あらため元気が酒臭い息で近づいた。


「元気さんって実はお酒に弱いよね」

「朋子センセはザルですね」

「岩ポンにきたえられたもので」


 岩嶋先生っ、と元気は両手を頭にあてる。


「酒が弱い男は駄目ですか?」

「個人差があるけど、地質屋さんってお酒が強い人が多いよね」


 やはり、あああ、と元気は身もだえる。コットンシャツを爽やかに身につけてカッコつけて身もだえられても。ほどなくきたエレベーターに朋子はさっさと乗り込んだ。待って待って、と元気が続く。

 直後であった。

 ああそうだ、と元気はいかにもたったいま思い出したかのような声をあげた。朋子の顔をのぞきこみつつ、いたずらっぽい声を出す。


「朋子センセ、今日は盛大にペンギンが出ちゃいますよ」

「どうしてよ」


 すでに研究室中に朋子のペンギン問題は広がっていた。朋子が大騒ぎしているからである。自重しようと思っても、新しい環境に気分が舞いあがり、着任翌日にはペンギンたちは大暴れであった。もちろん由加同様にペンギンたちはほかの人間には見えない。朋子もあえて弁明はしなかった。どう説明すればいいのだ。


「朋子センセが研究室を出た直後だったかな? 岩嶋先生から大量に荷物が届きましたよ」

「なんですってっ。どうして『真冬日じょうとう』で教えてくれなかったの」

「せっかくの酒がまずくなるでしょう」


 そうだけど。そうなんだけどっ。朋子はエレベーターの扉が四階でひらいた直後に走った。「廊下を走ると危険ですよお」と元気の声が背後に聞こえる。腹立たしい。

 講座に続くガラス扉をひらき、さらにその先、研究室の学生部屋。二十人くらいの学生デスクが並ぶ部屋の一角、そこにある自分のデスクエリアへ足を踏み入れ、うおう、と飛び退く。

 床が水浸しであった。


「やっぱり要冷凍があったっ」


 声を裏返したとき携帯電話に着信があった。岩ポンからであった。見ていたようなタイミングである。荷物に隠しカメラが? 本気でいぶかりながら朋子は通話ボタンを押す。


『荷物届いたか? 南極海域の試料がそろそろそっちに届くはずだ』

「海水試料は送ってこないでっていったのに」

『すぐに冷凍しなかったのか? 二十四時間は経過していないんだな? なら大丈夫だ。すぐに測定すればセーフだ』

「何本あるんですか」

『かっきり五十本ずつ。それが二十地点分だな。HPLC(液クロ)いそげよ』

「合計千本っ。あと十時間かそこらで測定できっこないしっ」

『朋子ならできるだろ。試料リストのデータを送った。確認しろ』

「そもそもどうして南極海? いつから共同研究に南極域が? 入っていたとしてもわたしたちの専門は地質で」

『お前、HPLCできるじゃん』

「できるけど」

『道大の共同施設にHPLCあるだろ。例のサンフランシスコの学会でチリの地質やってるヤツから頼まれた。気になる海水域があるってな。地質屋が気にする海水域。気になるだろう?』


 それは、と弱腰になる。


『つべこべいわずにポンポンとやってやれよ。お前もペンギンのハガキをもらってたじゃん』

「へ? あのフンボルトペンギンの?」

『何ペンギンかはわかんねえけど、お前、めちゃくちゃ喜んでたじゃん。さすがペンギンマニアだよな。じゃあ頼むな』


 ちょいとお、と返す前にコールは切れた。

 まったく岩ポンは。頬を膨らませて携帯電話をデニム地ワイドパンツのポケットへ入れる。

 確かにあの絵ハガキにはずいぶんとなぐさめられた。絵ハガキをくれた研究者が岩ポンと殴り合いのケンカになりかけた当人ではあったけれど、うんざりすることばかりだったアメリカ学会もフンボルトペンギンの画像を見ることで乗り越えられた。究極の癒しだと感動した。

 そうとも。

 わたしにとってペンギンは癒しアイテムであって、むやみに出すものではなくて。まして研究対象でもなくて。

 熱くなりかけ我に返る。

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