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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第1章 北の大地だ、ジンパでほい
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3-2 居酒屋『真冬日じょうとう』(後編)

 具体的には工学部MS棟の一階裏庭。煉瓦敷きテラスが数カ所あり、ナナカマドの木が白い花をつけ、エゾヤマザクラが青々とした葉を茂らせていた。そこで環境地質工学研究室の一同そろってのジンギスカンパーティである。略してジンパである。

 それまで「ジンギスカン? えっと確か羊の肉だよね。ラム肉とかマトン肉の焼き肉でしょ?」くらいにしか思っていなかったものの。研究室の異名「ジンパ研」とはこのことか。朋子は震えた。


 何しろバーベキューコンロが十脚以上並び、火バサミも人数分完備、どのコンロの脇にもうやうやしくラム肉とマトン肉が山積みになっていた。

 立ち尽くしていると、こっちこっち、と中央のコンロエリアに連れていかれ紙コップを持たされた。えびせんべいを喜んでくれた教授の「えー、本日は朋子センセをわれわれの研究室へお迎えして」という声と「朋子センセ、ビールつぎます」という声も早々に。

 気づくと朋子は「かんぱーい」と合唱していた。直後に皿をわたされる。皿にはこんがり焼けたラム肉が山盛りになっていた。


「え? 何?」

「いいから朋子センセ、早く食べて」

「へ? え?」


 食べなければ肉を菜箸でつまんで強引に口へ突っ込まれそうであった。朋子は慌てて肉を頬張って。

 がばりと顔をはねあげる。口の端がふるふると震える。周囲は固唾を飲んで朋子の様子に見入っている。目尻に涙が浮かんだ。ゆっくりと口の中の肉を飲み込み、はあ、と息をつく。


「美味しいっ。なんですかこれは。めちゃくちゃ柔らかいし、すんごい滋味?」


 やったー、きゃっほー、と歓声があがり、これも食えあれも食え、と朋子の皿は再び山盛りだ。

 満足そうに教授はうなずく。


「わが研究室はラム肉について取り組んでいまして。かれこれ二十年以上もジンギスカンを追及しているのですよ。腹ペコ学生がたらふく食べても財布に優しく、安全かつ旨みにあふれるラム肉はどこのどんな肉なのか。日々研究しているのです」

「だからジンパ研?」

「ジンギスカンの肉にはタレに漬けてあるものと、生のものがありまして。生のものは焼いてからタレをつけていたたくのですが」


 はいはいはい、と長万部が割って入る。


「朋子センセって岩嶋先生の学生だったんですよね。研究協力って今も続行なんですか? 岩嶋先生について世界中を回っていたんですよね。すごいなあ。岩嶋先生って普段はどんな感じなんですか? やっぱりカレーが好きなんですか? あびるように酒を飲むって本当ですか? それからあれやこれや」


 えっと、と朋子は肉を口へ入れた。

 確かに岩ポンに引きずられて海外の野外調査や学会にはいくけど。それは年に数回で。年中海外にいるみたいに思われてもなあ。カレー好きってどこまで知られているんだろう。まあお酒は飲むよね。あびるよね。答えるより先に長万部はまくしたてる。とりあえず長万部が岩ポンの強烈なファンであることはわかった。物好きな。


 そして事件は起きた。

 誰もがたらふく酒を飲み、気持ちがゆるくなったころであった。長万部は執拗に朋子の隣で岩ポン話に花を咲かせていたのだが。「朋子センセ、彼氏いるの?」と直球のセクハラをしてきた。


「ねえねえ、いるの?」

「えっと、うーんと、いたけど」

「けど何? 振られた?」


 こいつ、殴ってもいいかな。

 そこにふらふらとやってきた木橋が長万部の肩を小突く。


「朋子センセに近よらないでください」

「どうしてだよ。そうかお前、朋子センセにひと目惚れ? おおう、若いねえ」

「長万部さんこそ、ずっと朋子センセにくっついて。失礼だっていってるんです」

「なんで」

「長万部さん、彼女いるでしょう」

「あ、あれとこれとは」

「あれ? ひどっ」


 いやいやいや、と長万部は声を強める。


「いいよられたからつき合っているだけでね」

「看護師さんですよね。どういう状況でいいよられるんです?」

「よく知ってるな。そりゃお前、おれが道大生だからさあ」

「つまり道大ブランドを活用したと。ナンパしたんですか? 長万部さん、D2ですよね。十年も道大で学生やっているんですよね」

「何年いようが道大生には違いないだろうが」


 うっわ、ナンパしたのかよ、とほかの学生も長万部に振り返る。


「なんだよ。文句あるのかよ。このとおり顔だっていいっしょ」


 うわ、サイテー、と一同声をそろえる。ほかに誇れることはないのか、とそこかしこで声があがる。

 なんだよなんだよ、と長万部は小学生のように繰り返した。


「何が悪いんだよ。なんもだべっ? おれは『元気』だぞおっ」


 うっわぁ、と全員が長万部から一歩退く。それを見た長万部はさらに「おれは元気だあっ」とわめいた。


「はいはい、わかりましたよ。『元気さん』」


 教授がそういって長万部の紙コップにビールをついだ。


「うんそうですよね、『元気さん』」と木橋が続く。「さすが『元気さん』だ」、「『元気さん』だからなんでもありだよね」と声がして、元気さん、元気さん、とコールになった。

 そして以降、長万部はさげすみと哀れみを含んで『元気さん』と呼ばれるようになったのである。


 よほど自分に自信があるのか。これに懲りて少しは謙虚に生きようとかどうとか、本人にまったく反省の色は見られなかった。


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