4-1 いつだったか(前編)
4
いつだったか。
屋久島の西で大規模火山噴火があったときであった。
夜中の噴火であった。その際、ゴヤ大に地元テレビ局が押しかけてきて、誰でもいいから専門家を、とたまたま論文の仕上げで学内に残っていた助教を連れていった。嫌がる彼を強引に連れ出しての、まさに「連行」であった。
彼は大変なあがり症であった。マスコミ慣れもしていない。
いきなりカメラを向けられ、コメントを求められた彼。
学内にいた学生は心配のあまり一同そろって、そのテレビの生放送を見ていたのであるが。朋子はいま思い出しても涙が出る。マイクを握る彼の手ははっきりと震え、顔面は蒼白、コメントも支離滅裂であった。ゴヤ大助教、とのテロップが痛々しいほどであった。
それほどの「誰でもいいから専門家の意見」を「迅速に生放送」で世間へ伝えたがるマスコミが、どうして道大へこない?
道大が人里離れた場所ならまだしも、札幌駅から徒歩圏内である。停電時の交通網を理由にこないのはありえなくて。
「ああ俺だ」
声がかかって振り返る。
岩ポンが立っていた。右手であごひげをかいている。そしてドヤ顔で続けた。
「俺が止めた」
えっと、と朋子は首をかしげる。
「地震があった日の明け方だな。朋子、お前が寝てるときに取材の電話があってよ。現場にいるならコメントをくれってな。俺には被災地に配慮した言葉遣いのコメントはできねえぞっつったら切りやがった」
ぜんぜん気づかなかった。思わず声がうわずっていく。
「それって敢行学会初日? そんなころから?」
「そのあと学会会場前に集まってた連中にも釘をさしておいた。お前らが準備に駆けずり回っているときだな。『最後まで学会をやりたかったらおとなしくしておけよ』ってな」
思わず発表をしている講義室に振り返った。歓声と罵声が飛び交っている。そういうことがあったからこそ、みんなはめをはずして思いきり楽しんでいるの?
うむ、と岩ポンがうなずく。
「ちゃんと抑えておかねえとよ。あいつらのことだ。めちゃテンションあがって何を口走るかわからねえだろう?」
確かに。朋子は口を堅くむすぶ。
厳かな発表の場である学会。物理学会や金属学会ならいざしらず。地質屋の学会はそれでなくても学会最後にある親睦会が近づくにつれて厳かから遠ざかる。そんな学会に地震によって『厳か』が崩され『ラフ』が加わったらどうなるか。ふたたび講義室に目をやった。こうなった。
「お前らだってそうだろ?」
岩ポンがにやりと笑う。
「地震があったとき、真っ先に思ったのは『どこが揺れた?』だろ。こわいとか震源近くは大丈夫だったかとか思わなかっただろうが」
う、と朋子と元気は目を伏せる。
「責めてんじゃねえよ。しょうがねえよ。それが地質屋なんだからよ。そういう意識で飯食ってんだからよ」
はあ、とさらに朋子と元気はしおれる。あまり意識していなかったけれど、一般人としての常識が欠けているのであろうか。
「俺だってコメントが必要な事態だったらマスコミから連絡を受けるまでもなく俺からいいにいくぜ。本震に気をつけろとかな。だがそうじゃねえだろ?」
岩ポンは朋子の顔をのぞき込む。
「液状化はもう起きちまってる。余震ももう起きてる。続行中だ。みんなが危ないってわかってて気をつけてる。津波の心配はない。なら? 十分に気をつけている人間に、これ以上何に気をつけろっつうんだよ。心配しすぎて病気になりそうなヤツに何をさらに心配しろと?」
ふと由加の姿を思い出した。地震におびえていた彼女。
例えば彼女に地震について詳しい説明をしてもとても話を聞いてもらえそうになかった。今度は釧路の方で地震がありますよ、とかいったとしても札幌と釧路は三百キロ以上離れている。そんなに遠い釧路の心配をしろと? 停電だけでも手いっぱいなのに?
「気に病み過ぎて病気になるくらいならよ。ジンパをやって英気を養ったほうがいいに決まってる。どうしようもねえ事態なら、気楽にやるほうがいいじゃん。長丁場になるんだしよ」
ですよね、と元気が目を輝かせた。
「状況を専門用語で説明されてもよ。現場の人間はどうすることもできねえよ。不安をあおるだけだろ。遠く離れた安全なところにいるヤツらの興味を満たすためだけにだ。この祭りを邪魔されたくねえじゃんよ」
ぶはっ、と朋子は噴き出す。そうだ。この敢行学会はまさに祭りだ。こんな学会は二度とできない。マスコミなんかに邪魔されたくない。
うんうん、と上機嫌にうなずいていた元気が「それならどうして」と岩ポンに不穏な言葉を続けて投げた。
「朋子センセにあれこれ秘密にしているんです?」
なんだぁ? と岩ポンが眼光を鋭くする。朋子も、秘密? と首をかしげる。
「岩嶋先生のお志には感銘します。祭りは大事です。マスコミに無粋なマネをされたくない、それはおれも同感です。でも無粋といえば岩嶋先生も結構な数を朋子センセにしているようですがねえ」
「なんだと?」
「岩嶋先生はこれほど朋子センセのそばにいて、こんなにすごい学会を作りあげて、報道まで止めて。そこまでして。まったくねえ。普通でしたらこんなにすごいボスを持てばさぞシビれるところでしょうが」
言葉を切って元気は朋子を見る。朋子はさらに不審な目を元気に向けた。岩ポンは眉のうえを指でかきつつ低い声を出す。




