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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第5章 さらばペンギンライフ
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1-2 北海道内すべての世帯を(後編)

 岩嶋先生、待ってください、と木橋が岩ポンの前に出る。それがかえって朋子のデスクエリアの位置を示して、「どけや」と岩ポンは片手で木橋をはらった。ひゃあ、という木橋の声と「薄片はこれか?」という岩ポンの声が聞こえてくる。


 もう見つけたのか。思わず天井を仰いだ。紛失騒ぎがあったのでデスクの下へしっかり隠しておいたのに。さすがすぎる目ざとさだ。朋子は梱包材をコンテナに押し込んでデスクエリアへ走った。


 岩ポンは朋子のデスクの前にしゃがみこんでいた。薄片を一枚、また一枚と窓へかざしている。デスクエリアは窓辺なので薄暗い中でもそこそこ内容確認ができた。

 んで? と岩ポンは朋子へ顔を向ける。


「どうなんだ? どんなデータになった? ラフでいいから今回の発表内容のデータを話せ」


 やはりそうきたか。


 朋子は息をととのえる。そしてまずは岩ポンから薄片箱を奪い取る。話を聞きながら岩ポンが薄片箱をさわったら薄片の順番がめちゃくちゃになっちゃう。それから岩ポンに窓際の椅子を勧めて自分も椅子に座った。


 では、と朋子は岩ポンにうなずく。

 理路整然と、手短に。それでいて岩ポンが知りたそうなところははずさずに。できるだけゆっくりとした口調での説明だ。何しろ十件分である。思いつくままに語っては昼を回っても終わらない。


 三件分を超えたあたりか。元気と木橋の表情が変わった。目を丸くして眉を歪めている。人が必死で話しているのに、何か変なことがあるのかな? 問い詰めたいものの話がそれる。

 気持ちをぐっとこらえてなんとか最後の一件を話し終えた。岩ポンは、ふうん、とあごひげを触っていた。朋子の話を飲み込むためか、しきりに首を伸ばしては薄片を確認している。

 ぽりぽりと指先で首の後ろをかき、そしておもむろに朋子へ人差し指を向けた。


「よし。やるか」


 へ、と眉をよせる。嫌な予感がぐいぐい広がる。

 このパターンは。うんそうだね。絶対に言葉の続きを追及しちゃいけない系だよね。追及したら最後、どれだけ厄介な事態が待っていることか。

 そんな朋子の胸中を知ってか知らずか、岩ポンは、うんそうだな、となんどもうなずいている。それしかねえな、ともつぶやいている。

 ぐぬう、絶対に、何がそれしかないんですか、なんて質問しちゃ駄目だ。朋子が胸のうちでそう必死で唱えていると。

 事情を知らない木橋が明るく問いかけた。


「やるって何をですか?」


 しまった、止めろ。あわてて木橋に手をのばすものの遅かった。岩ポンは満面の笑みを木橋に向ける。


「決まってるだろうが」

「何が」

「学会だ。やるぞ」


 はあっ? と朋子と木橋と元気は声を裏返す。木橋が無謀にも岩ポンに身を乗り出す。


「どうやって。全学停電しています。ここもそうですし、会場もそうでした。さっき確認なさっていたじゃないですか」

「そんなもん、なんとかなるだろ。朋子」


 うひゃあ、と朋子は身を縮める。


「お前なんとかしろ」

「発電所にいって通電させてこいと?」

「アホか。電気がなくても口頭発表くらいできるだろうが。さいわいここは北海道だしな。九月でも窓をあければエアコンなしでも暑さはなんとかなるだろ」


 もともとエアコンのある講義室はそれほどなくて、といいかける木橋の口を今度こそ朋子は手で押さえる。


「そういう問題じゃなくて。大学側がなんていうか。余震だって続いているし。参加者の安全面を考えたら」

「強制的な開催じゃない。自主開催だ。だから参加者は何かあっても自己責任ってことだな。まあ、俺から大学側にはあとで謝っとくわ」


 だけど、といいかける朋子に岩ポンが続けた。


「参加予定者だって忙しいんだ。これを逃すと時間調整ができなくて年内に発表できない奴だって多いぞ。若い連中の業績のチャンスを奪うのか?」

「わたしが奪うわけじゃないし。地震だし。自主開催なら業績にできないんじゃ?」

「うるせえよ。つうかお前のデータがなかな面白い内容になってるからな。集まってる連中に聞かせてえじゃん。喜ぶぞ」

「だから原稿だってまだ印刷してなかったし。パワーポイントのスライドだって確認するにはラップトップパソコンのバッテリーも心もとなくて」

「さっき俺に話したまんまを語りゃいい。パワーポイントのスライドがあったとしても停電じゃ発表で使えねえだろ。それにさっきので一件あたりかっきり発表時間だったから問題ねえ」


 なんだと? いつの間にカウントしていた?

 パン、と元気が盛大に手のひらを叩いた。

 何事だ、と一同そろって元気を見る。


「やりましょう。面白い」


 ほう、と岩ポンは元気に眉をあげる。


「お前が陣頭指揮をとるってか。できるのか?」

「『お前』ではなく『元気』とお呼びください。朋子センセを呼ぶように呼び捨てにしていただけたら」

「どうして俺がほぼ初対面の野郎の名前をファーストネームで呼ばにゃならんのだ。気持ち悪い」


 つれないことをおっしゃらず、と元気は食らいつく。朋子は身体を引く。元気さんが岩ポンのファンなのは知っているけど。だからってそこまでする? 

 そうこうするうちに元気は携帯電話を取り出して誰かとやりとりをはじめた。その声に次第に力が加わっていく。


 えっと、本気?

 本気で学会をやっちゃう?

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