3-3 何? どうしたの?(後編)
あら? と由加がいぶかしげな声を出す。
「朋子センセ、どうしたの?」
声がかすれる。嗚咽になる。
「……ペンギン、消えちゃった」
え、と由加は動きを止めて、木橋と元気も朋子へ振り返った。「そっか」と由加は柔らかい声で朋子の肩を抱いた。うん、とうなずく。由加はしばらく黙って朋子の背中を撫でて、それから「帰ろっか」とうながした。うん、と朋子は涙をぬぐう。
「とはいったものの」と由加は声色を変える。
「どうしましょうか。停電だから信号も止まっているわね。タクシーつかまるかしら。私のアパートは豊平川の東側なのよ」
したっけ、と小吉の声がした。店の戸締まりを済ませたらしく、大吉ねえさんと連れ立って背後に立っていた。
「由加さんはウチに朝までいればいいべさ。ウチはすぐ裏なんだあ。ひとりじゃ心細いべ? 旦那さんは東京っしょ?」
ああそうだ、と朋子は我に返る。
「わたしのアパートもすぐそこだから。由加さん、ウチでもいいけど?」
どうしようかしら、と由加が迷っていると小吉が大吉ねえさんに「戻ってもウチも停電だべ?」と続けた。「そだね」と返す大吉ねえさんに「停電ならしかたねべ?」といたずらっぽい声を出す。
「景気づけに酒盛りばするべ。冷蔵庫の中のもんを腐らせたらもったいねべ」
「酒盛り? いいわね。ご相伴にあずかります」
由加はさっさと小吉たちのあとについた。
「あ。楽しそう。わたしも」と鼻をすする。涙のあとも手のひらでこする。いつまでも落ち込んでいたらペンギンたちに笑われちゃう。そう思って顔をあげる。
ところが元気が「死にます」と朋子を引きとめる。
「何日寝ていないんですか。停電だろうとなんだろうと、朋子センセはちゃんと寝る必要がありますよ。アパートまでお送りします」
「元気さん、ズルい。ぼくも一緒にお送りします」
「えっとね。二人ともありがとう。でもひとりで大丈夫だよ」
「女性ひとりを夜中に放置するなどおれのポリシーに反します」
「まったくです。どんな余震があるかもしれませんしね」
「なるほど木橋。お前、朋子センセに守ってもらおうって魂胆だな?」
「ぼくはただ、朋子センセのアパートがどんな地震被害にあっているかもしれないって。中に入れなかったら大変ですし」
ああそうか、と朋子は納得をする。
「二人のアパートもどういう状況かわからないもんね。情報共有は大事だよね。木橋くんはわたしの大事なRAだし」
そうじゃなくて、と木橋と元気は声をそろえる。
いいからいいから、と朋子は歩き出した。
道中はどこもかしこも停電であった。暗いのでよくわからないものの、特に道路が陥没しているとかの被害はなかった。見あげるとかわらずオリオン座の星々が明るく目につくくらいである。余震があったかもしれないけれど歩いているので気づかなかった。
ほどなく鉄筋コンクリート四階建ての朋子のアパート近くまでたどり着き、ふと元気が足を止めた。朋子を守るように前へ出る。
「何?」
「……誰かいます」
そっと前をのぞき込む。アパートの前に大柄な人影があった。
その人影がのそりと動く。朋子と元気と木橋はびくりと後ずさる。ゆらりと人影が動いて朋子は目を見張った。
ひょっとして、ひょっとしなくても、あの影のかたちは。
──岩ポン?
さあさあさあさあ、岩ポン出番です。




