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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第4章 その前に人々はなすすべを知らず
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3-2 何? どうしたの?(中編)

 ほろりと頬に涙が伝う。涙で揺らぐ視界でペンギンたちが出す光の尾はまぶしいほどだ。

 そのあと晩秋の廊下で、後輩の女の子と彼がつきあい出したと人づてに知った。胸の奥が痛かった。それを振りはらって参考書に向かった。


 悲しいって思うなんてズルい。そう思ったから。


 わたしは彼の気持ちに気づいていた。だけど気づかないふりをした。受験で気ぜわしく、人間関係の変化がわずらわしくて。小犬のような彼がそばにいてくれることに甘えていた。それなのに、彼が別を選んだからって。それをなじるのは。


 そしてペンギンたちがあらわれたのだ。


 背中から景気よくぽぽぽんと飛び出して、朋子の足をフリッパーで叩いた。痛いって思った。実体はないのに触れられると痛みを感じた。ペンギンたちが痛いのか、わたしが痛いのか。両方なのか。わからない。それでも胸が痛むよりずっとよかった。

 尾張地方の季節風、伊吹(いぶき)おろしの強い風が頬をさす日も、模試の日も、大学入試本番もそれからも。

 今年の三月、元彼に別れを告げられ、足が動かなくなったときも。

 いつもペンギンたちはわたしのそばにいてくれて。

 これ以上がんばれないよ、と布団の中でうずくまっているとき。地質調査で目的の地層が見つけられなくて途方にくれているとき。夢中で化石採集していたら日が落ちて山深い沢の中でひとりぼっちで心細くてたまらなくなったとき。それから──ブエノスアイレスの道端で岩ポンとはぐれて、言葉も通じないし、どうしたらいいのかわからなくなったとき。


 いつもいつもペンギンたちはそばにいてくれた。

 いつもそばにいて、あわてるわたしを、悲しむわたしを、苦しむわたしを、支えていてくれた。

 うん。わかってる。

 ただそばにいたんじゃない。

 あきらめないわたしに、しつこいわたしに、いい加減にしろ、っていい続けていてくれた。

 だけど、だけどね。できなかった。

 だってこわかったから。

 ペンギンたちの声を受け入れたら、それを理由にしたら、前に進めなくなる気がした。

 こわくて。胸の奥が真っ黒になって。

 だから、止まれなかった。

 そうしたら今度は止まれなくなった。拒絶ができなくなった。岩ポンに何をいわれても、元彼に別れ話をされても、いえなかった。いったらもう進めなくなる気がして。

 ──嫌だって、できないって。

 いえなくなった。


 ぽろぽろと涙はあふれて頬をぬらす。

 でも。そうだよね。

 夜空に顔を向けた。リゲルを見る。ベテルギウスも見る。唇が歪む。頬が震えた。

 どんなにがんばっても、どうしようもないことはあるんだよね。

 どんなに前に進みたくてもできないことはあって。

 頭では知ってた。だけど、わかってなかった。


 はああ、と息をはく。


 わたし、ぜんぜんわかってなかったんだなあ。

 どん、とペンギンたちが足を踏み出した。はっと朋子は顔をあげる。ペンギンたちが朋子にぐいと顔を近づける。


「え」


 一対、二対、三対……。たくさんのペンギンたちの瞳がくりくりと動く。朋子の瞳から何かを読み取るかのようだ。濡れた黒々としたその瞳が、やがてそろって目を細めた。

 うなずくように、励ますように、ほほえむように。

 身体の芯が熱くなる。耳の奥がキンと張る。


「あ」


 予感が身体を突き抜ける。

 その瞬間だ。

 ペンギンたちが一斉に輝いた。そのまま輪郭がおぼろげになっていく。

 唇が震える。いってしまう。わたしのそばからいなくなっちゃう。それは、そんなのは。嫌だよ。いかないで。手を伸ばす。このままだとわたしひとりじゃん。

 そんなの嫌だよ。

 ひとりにしないでよ。

 胸でさけぶ。

 一緒にいたいの。そばにいて。あなたたちが大好き。だから──。

 ペンギンたちが動く。おぼろげな輪郭のフリッパーを動かして朋子の頬へふれていく。そのフリッパーをつかもうとしたけれど、朋子の手はすり抜ける。

 首を振る。


「いっちゃ嫌だ」


 ほほえむようにペンギンたちがくちばしで朋子の頬をつついた。あたたかい。ペンギンたちはさわれるのに、わたしはさわれないなんて。


「ごめんね」


 悔しくて涙がしたたる。いままでどれほど励まされてきたことか。されてばかりで、心配かけてばかりで、わたしは何も返していない。ペンギンたちが朋子の胸元に飛び込んだ。ぎゅうぎゅうと苦しいくらいだ。


「自分勝手で、ごめんなさい」


 ペンギンたちが顔をあげる。フリッパーやくちばし、足や尾びれで動かせる限りのもので朋子の身体を叩いた。遅いよ。そういうようにぱしばしと叩く。そして、じゃあね、というように、ばしん、と続く。


 それから一羽また一羽とペンギンたちの輪郭は一層おぼろげになる。光の泡に姿を変える。光の泡はなごりを惜しむように朋子の頬や額、まぶたにふれる。いやもう本当に、お前の世話をしたよなあ。大変だったよなあ。だけど、楽しかったなあ。そういうように朋子のまわりをくるくる回る。

 朋子は顔をあげる。歯をくいしばり空を見あげる。いわなくちゃ。伝えられるうちにはっきりと。姿勢を正す。震える唇を大きく動かす。


「ありがとう」


 気合いで笑みを浮かべる。光はゆっくり空へとける。その最後のカケラが消えるまで朋子はほほえみ続けた。涙があごからしたたり落ちた。

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