5-1 元気と木橋に連行されるように(前編)
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元気と木橋に連行されるように店へ足を踏み入れると、あらあ、と大吉ねえさんの声が響いた。朋子センセ、と続くかと予想したけれど違った。
「木橋くん、久しぶりしょ。大学院入試はどうだった? そろそろウチのバイトに戻って欲しいんだ。まだかい?」
へ? と木橋の顔を見る。木橋はさっと顔をそらす。
「わたしのせい? わたしのRAが忙しくて『真冬日じょうとう』へバイトにいけなかったの?」
「ふがいなくもぼくは朋子センセほど体力がなくて。帰宅すると寝落ちが続いたのでバイトを休んでいただけです。ご心配なく。もっと持久力をつけるためにランニングをはじめました」
「木橋、お前それ違う」と元気が笑い声をたてる。「なんだか変なところだけ朋子センセに似てきたわね」と由加も笑う。どういう意味よ。頬を膨らませつつ、朋子は三人と並んでカウンター席へ座った。
えっと、それで、といまさらながらに木橋へ声をかける。
「院試、どうだったの?」
「もちろん受かりました」
よかった、と胸に手を当てる。ここで木橋に落ちられたら教授に合わせる顔がない。まったくもう、と木橋が顔を崩す。
「合わせる顔がないのはぼくです。落ちたら朋子センセにどういえばよかったか。情けなくて朋子センセの研究を手伝えなくなるところでした」
お前、それ大げさ、と元気が笑う。
「落ちたら後期試験を受ければいいしょ」
「元気さんみたいなことをしたくありませんから」
なんだとコラ、と元気は苦笑する。気が抜けて朋子はカウンターテーブルに頬をつけた。いつも以上に木の香りが心地いい。そこへ由加がビールグラスを朋子の首筋へつけた。ひゃっ、と朋子は顔をあげる。
「ここで寝ちゃ駄目よ? 少し食べたらアパートに戻ってちゃんと休むのよ?」
うん、と歯切れ悪く返事をする。「まだあきらめていないんですか?」と木橋が呆れた声を出し、「ほらほら、食べて」と元気が朋子の前にお通しの皿をおいた。カウンターの奥からは小吉の声が飛ぶ。
「ホッケのいいのが入ったんだ。開きだから大根おろしだけで食うと美味いべ。タコの柔らか煮にアスパラの浅漬けもあるさ」
おお、と顔をほころばせる朋子の前に『インカのめざめ』のジャガバターに大ぶりの北海道版唐揚げのザンギにホッキガイの酢の物にぷりぷりのホタテのバター醤油焼きが次々に並んでいった。
ほい、はい、どうも、と由加に木橋、それに元気がリズムよく朋子のグラスにカンパイしていく。
「ごちそうになります」
「わたしのおごり?」
「ふらふらの朋子センセの世話を普段しているんですもの。今日くらいはいいじゃない」
どこかで聞いたことのある言葉であった。そうだ。岩ポンの世話をしているときに、いつも胸にある言葉だよね。あろうことか、自分がそれをいわれる日がくるなんて。どうしてだ。わああ、と朋子は生ビールを飲み干した。
「ぐぬう。こんなときなのに美味しい。悔しいほど美味しいんだよね」
「美味しいは正義だからしかたがないんですよ」
元気がすかさず空になった朋子のグラスにビールを満たす。まったくもう、とホッケをほぐして口に入れる。じわりと脂が口に広がる。濃厚な旨みと塩気が身体に染みて、思わずぶるりと身体が震えた。そこに冷えたビールを口へ含むと、たちまち身体中の緊張がほどけていく。
元気が苦笑する。口の端に実に幸せそうな笑みがあった。
「『まったくもう』はこっちのセリフですよ。どんだけ美味そうにものを食うんですか」
そのまま「それで」と元気は肩をすくめる。
「原稿のあきらめはつきましたか? 十件ですか。岩嶋先生もむちゃぶりがすぎますね」
「ああうん。なんとかなる」
いいつつ朋子はアツアツの豚串を頬張った。元気は「へ」と動きを止めた。
「原稿ができたってことですか?」
「体裁だけはね」
「十件分?」、「スライドも?」と由加と木橋が声を裏返した。あっけにとられる元気に、いやいや、と朋子は手を振って串を皿に戻した。
「SEM観察ができなかったからねえ。質問されたら答えられないし、ぜんぜんだよ
」
辛口研究者の参加が多いからなあ、どうしたものかなあ、と朋子はうなだれる。「大丈夫よ」と由加が朋子の肩に手をおいた。
「岩嶋先生がいるでしょ。代わりに答えてくれるわよ。そのための師匠でしょう? むしろ研究の代表なんでしょう?」
「岩ポンが?」




