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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第3章 闇の精霊を呼び出しているのか
27/56

4-1 なんでってお前(前編)

      4


 なんでってお前、と岩ポンは呆れた声を出す。


『七日から道大で学会じゃん。早めに現地入りしようと思ってよ』


 メール文面に目を丸くし、あわてて朋子が電話をしたのである。


「え、え? いま何日ですか? 早めに現地入りって聞いてないし」

『時計くらい確認しろや。それにちゃんと伝えたぞ。お前のことだろうからギリギリまであがいてんだろうがな。まあいいや。よろしくな』


 切れた携帯電話を握りしめる。よろしくって何を? そうじゃなくて、いつの間に九月になった? どうすれば?

 うわあ、と朋子は皿とビールを元気に押しつけ、研究室へ駆け戻った。焦りのあまりエレベーターを待っていられず、階段を全速力である。

 岩ポンのことである。やってきたら真っ先にここへくるだろう。道大での朋子の様子や試料の進捗状況もがなり立てつつ聞きまくるに違いない。


「試料確認しながら原稿をやっていたのに。岩ポンなら勝手に試料を触るだろうから、何がどの試料なのかわかんなくなっちゃう」


 冗談ではない。身もだえる。

 ベストなのは岩ポンがいじりまくっても問題がないように試料を整理整頓である。作成した薄片一式の整理と倉庫の整理も必要だ。その状態でよどみなく解説をすれば岩ポンの興味は別の試料に移るだろう。相手をする時間も少なくてすむ。可能ならそのまま教授を紹介し、二人で夜のススキノあたりにいっていただきたい。元気をアドバイザーとしてつけておけば店の選出から接待やら何やらすべて上手くいくはずである。なにより、元気は岩ポンの大ファンである。自分の発表原稿確認を押して、朋子が頼まなくても自分から役を買って出そうである。

 これでプランは完璧である。

 あとは実行するだけで。悩む要因はどこにもない。


「そうなんだけどね」


 片づけようと岩石試料を両手に持って天井をあおぐ。


「無理だ。いまこれを片づけちゃったら原稿ができない。整理整頓してる時間もない」


 眉間に深くしわがよる。どうしたものか。ペンギンたちがぽぽぽんと飛び出して朋子の足元を歩きまわった。岩石試料をそっとコンテナに戻して、人差し指で額を叩く。


「うん、もうベストは無理だし。大切なのは最低これだけはこなしておきたいことだよね。それからやろう」


 落ち着け落ち着け。額を叩き続ける。

 二度手間の作業をしている時間はそれこそない。薄片を割ったりするなどいままで以上に問題外だ。


 丁寧に確実に。愛情をこめて。


 そうとも、大好きな岩石試料ではないか。このアメリカの試料など何千万年前のものか。とほうもない長い月日を経て自分が触れているのだ。この石ころひとつから、その時代の息吹を探ることができるのだ。


 どうやってこの岩石はできたのか。山にあった? 海だった? 川だった? できたときの天気は? どんな生き物がいた? どんな風が吹いて、どんな時間が流れていまここにあるのか。その数千万年の時間の流れ。その片鱗を、数値をつかって説得力を持たせてみんなに伝えることができるのは、測定をしたわたししかいない。岩ポンでもできない。わたしだけなんだ。

 うおお、と朋子は胸でほえてパワーポイントの作業を進めた。


 そうとも。少しでも多く、この岩石たちを世間に紹介しなくては。

 十件の発表、そこでこの岩石の生き様を少しでも多く伝えれば、岩石たちが体験した数千万年を現代の研究者たちへつなげることができる。

 データはそろっていない。けれど、それでも十分だ。

 おぎなうデータはあとからいくらでも出せる。いまあるデータから岩石たちの生き様をひとつでも多く、少しでも多く伝わるように紹介しなくては。

 ジャンルが違う研究者、同じジャンルの研究者、その誰もが興味を持ち、その話の先を知りたがり、この試料を手にした朋子や岩ポンをうらやみ嫉妬するほどの、そういう内容にするのだ。


 材料はそろっている。

 あとは理路整然かつドラマチックに伝えるだけだ。

 それだけだ。やるぞ。おおお。


 というように、朋子は学会前ハイ状態になって寝不足の真っ赤になった目を血走らせた。一心不乱に作業を続けて、いつしか夜は更け、そして明けていった。

 ジンパの途中で抜け出し、ひと晩中作業を進めてデスクに向かうその姿は鬼気迫り。

 登校してきた木橋は、学会発表の前の当事者の姿をはじめて目の当たりにしてあらためて身を震わせた。


「学会とはこれほどの」

「そんなわけないだろ」と元気が木橋の背中を叩く。

「朋子センセが特別なんだよ。ぼんやり見ていないでさっさと止めろ。朋子センセ、何日寝てないんだ? 学会当日に倒れるぞ」

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