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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第3章 闇の精霊を呼び出しているのか
23/56

2-1 端的にいえば(前編)

      2


 端的にいえば。

 犯人を特定している時間がない。

 こんないたずらをしてメリットがある相手も思いつかない。何しろわたしは六月に道大へ着任したばかり。いつどこで恨みを買ったと?

 そうだとしたら犯人というか原因は、消去法で。


「岩ポン?」

「どうしてそうなるの」


 由加がSEMの作業台をべしんと叩いた。だって、と朋子も語気を強める。


「いままでもそういうことがわりとあったし」

「岩嶋先生が? わざと?」

「わざとじゃないから厄介なんだよっ」


 ぎりりと奥歯をかみしめる。

 朋子がきっちりと整理整頓したコンテナの中の岩石試料を、「どれだ? これか?」と手に取って別のコンテナに戻すとか。「こいつとあっちの比較をしてデータをくれ」と同じコンテナに入れるとか。「これと同じ採集エリアのヤツはどれだ」とコンテナから取り出した岩石試料を朋子のデスクの上におきっぱなしにするとか。

 なるほど、と由加は腕を組む。


「それで? ゴヤ大にいる岩嶋先生がどうやって道大にいる朋子センセの岩石試料を手に取ってチェックして別のコンテナに入れるのよ」


 それは、と朋子は口ごもる。


「岩嶋先生は採集試料を適当に入れて荷物発送するような人なの? 学生がやるならまだしも先生本人がそういうことをするの? 朋子センセの話だと、そういうところは厳しく確認する方なのよね」


 あ、う、と身を縮める。だいたいね、と由加は駄目押しをする。


「ゴヤ大にいる岩嶋先生がどうやって道大にある薄片をいじるのよ」


 そうなんですよ、と木橋が大きくうなずく。いたんだ、と目を見開く朋子に、「化石のクリーニング指示をいただこうと思って」といいつつ木橋はSEM装置前作業台ごしに身を乗り出す。


「問題が起きているのはぼくが整理整頓して作成したリストの試料です。道大にあるコンテナの中身を確認しながら作ったものです。ゴヤ大にいる岩嶋先生には作れませんし、中身を触って動かすこともできません。化石試料だって岩嶋先生は触ることすらできません」


 そうなんだけど、わかっているけど、と朋子は粘る。


「岩ポンがひどいのは本当だから。試料運搬についてはシビアだけど、さんざん自分で『絶対に忘れるなよ』っていってた試料をどこかにおき忘れたり。それをわたしにせいにするし。俺は悪くないっていい張って。ほかの研究者に謝るのはいつもわたしで」


 いいつつだんだん腹が立ってきた。そうとも。どうしてわたしばかりが割りを食わねばならないのだ。


「そりゃわたしもうっかりするしミスもあるからね。それを思うと反論できなくて。だから今回も岩ポンが絡んでいるのかなって。だったらしかたないかなって。時間もないし。作業を進めたほうが早いし」


 朋子センセ、と木橋は作業用の丸椅子に座る。


「そこまで岩嶋先生を理解して、そのうえで文句もいわずに受け入れるなんて。普通はできませんし、やりませんよ」

「文句いってるし」

「岩嶋先生、本人にはいっていませんよね」

「そんなことは」


 ない、と続けようとしてしどろもどろになる。だってだって。文句いってもきかないし。だったらいうだけ無駄かなって。胸で思うものの声にできない。どうしてだろう。

 ひょっとして、と木橋が泣きそうな顔をする。


「朋子センセって岩嶋先生に惚れているんですか?」


 はあ? と声が裏返る。


「どうしてそうなるの」


 なら、と別の声がした。元気であった。いつの間にやってきたのか。灰色に汚れた白衣姿を脱ぎながら近づいてくる。


「無自覚でそこまで尽くしているんですか?」

「尽くすって。研究なんだから当然で」

「おれが岩嶋先生の立場だったら誤解しそうですよ」

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