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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第3章 闇の精霊を呼び出しているのか
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1-2 ガラスにつき、取り扱い注意(後編)

 どうして? 保護眼鏡をはずしてコンテナをのぞき込む。


「合っているよね。ちゃんとカットする岩石のコンテナだよね。なら? ひとつだけ化石岩石試料が混じっていたの?」


 そんな馬鹿なという思いがよぎるがこれまた追及している時間はない。ほかに問題がないことを確認すると、すぐに冷却用の水を流してカッターを回転させたのであるが。

 クリーニングが終わった化石のまわりの岩石を、別の共同研究者へ発送しようと梱包していたときであった。十個に一個の割合で別地域の岩石が混ざっていた。ううむ、と朋子は指先で額を叩く。


 誰がいつ、どうして、などはどうでもいいけど。自分だけでなく他人まで巻き込むとなると問題である。


「木橋くん、梱包するときに何を入れたか試料のリストを作っておいて。手書きでいいから」

「同封用のリストは作りましたよ?」

「それとは別に、荷物を作るときのリスト。梱包しながらちゃんと入れたかどうかその手書きリストでチェックして。二度手間で悪いけどお願い」


 不服そうな木橋へ強引に押しつける。ペンギンたちもなにごとだとばかりに朋子へ詰めよる。首を振っている。ええい、うるさい。首を振りたいのはわたしだよ。


 化石トラブルも続く。

 木橋がせっせとクリーニングしていた化石。それがなんという化石か調べるために地質図や柱状図と照らし合わせていると、どうにも妙であった。おおざっぱにいえば時代が合わない。ここまで明瞭に合わないとなると。


「木橋くん、コンテナを確認して。アメリカの試料とオーストラリアの試料が混ざっていないかなあ」

「いくらなんでもそんなことは。保管場所だって違いますし。ほら大丈夫でした、って、あ」


 木橋が黙り込む。朋子はあわてる。ここで木橋に戦意喪失されたら。


「木橋くんのせいだなんて思ってないから。たまたまだから」

「たまたまでぼくは数箱もミスを?」

「大丈夫だよ。取り返しはつくもん。でも、念には念をね? わたしのこだわりで念を入れたくてね? だから全部のコンテナを確認してくれるかな?」


 はい、とうなだれかけた木橋ががばりと顔をあげた。


「違います。ぼくはちゃんと確認をしました。作業前も作業後も。問題はなかった。指さし確認だってしました。だからこれは何かが起きているんですよ」


 いったい何が、といいかける木橋の肩に両手をおく。時間がないのである。気づいたトラブルに対処するのが精いっぱいなのである。


「お願いだから、ほかの試料の確認をして。問題があったら直して」


 重ねて頼んで木橋はしぶしぶと返事をした。

 さらにはSEM観察のときである。

 順番の確認をして試料をセットして画像を見ようとした。いつもと様子が違った。なかなか像がはっきりとしない。


「そりゃこれはのっぺりとした試料だったけど。最低倍率でもよくわからないって。いくらなんでも」


 加速電圧をあげてもスポットサイズを大きくしてもチルトをかけても反射電子像にしてみても駄目であった。


「おかしいなあ。こんなに難しい試料だっけ?」


 ああでもない、こうでもない、と数時間かけて操作を試す。むしろ倍率が低すぎて駄目なのかも。高倍率なら見えるかな? と六千倍にあげたところで当然モニターは真っ白いままである。自動色調補正をかけても駄目である。

 馬鹿な。偏光顕微鏡では何か見えていたのに。電子顕微鏡でこんなに見えないなんてことはありえなくて。どうしてだ、と背中をのけぞらせて、ふと作業台の試料箱の中を見た。


「ん?」


 んん? と箱の中の薄片試料を手に取った。さあっと血の気が引いていく。しきりにオモテ面と裏面の確認をし、薄片試料を照明に透かして見た。ぐわあ、と喉の奥から声がしぼり出る。


「なんだこれ。誰がこんな依頼をした? 自分でこんなややこしい依頼をわざわざするわけがないし。これが先方の仕様なの? それともミス?」


 うなりつつSEM本体に入っている試料を取り出す。うなだれる。


「やっぱり」


 作業台に両手をつく。

 番号面と試料のオモテ面が逆であった。裏目に番号が振ってある。つまり、数時間かけてえんえんと裏面をSEMでみていたことになる。震える指先で無言で試料をセットしなおしてSEMへ入れる。きれいな像が見えた。それはそれは美しい画像であった。


「これに気づけというのは、無理だよねっ」


 ほえつつ、いや気づけた? わたしのうっかりだった? とひやりとする。番号だけじゃなくて指先の感覚でも確認すべきだった? 少なくともこれからはその確認も必要だとわかった。くそう。


 それだけではなく。

 持参した試料箱の二枚目の薄片を見て涙目になる。


「割れてるっ。どこの試料? 大丈夫なヤツ? うわあ。割れても大丈夫な試料なんて持ってきてないしっ」


 身もだえつつも、どの地点のなんの試料なのか、実験用ノートへ細かく記載する。あとで忘れずに補充しなくては。ちょうどいい代わりになる試料があるといいけど。最悪岩石試料から薄片作成のやり直しである。もう薄片室へ依頼を出している時間はないから自分で夜中にやらねばならない。なんてことだ。盛大にため息が出る。


 その後も薄片試料の順番がかわっている事態が続出。

 朋子は装置の前でいくども雄たけびをあげた。

 ペンギンたちも出まくりである。

 しつこく作業を続ける朋子の頭に飛び乗り、背中をフリッパーで叩き、キーボードの上でバウンドした。叩いて駄目なら引いてみようとばかりに、くちばしを朋子の頬にすりつけ、その愛らしい身体を朋子にもたれかけてきた。


 わかってる。時間がないよね。学会は九月のはじめなんだからそろそろ出したデータをまとめてパワーポイントで原稿も作らないと。何しろ岩ポンのせいで八件も発表があるし。違った。原稿のタイトル件数の十件になったんだっけ。どこで二件の発表をするのか調べる暇がないけど、準備だけは進めなくちゃ。

 ああもうっ。


「どうして一日は二十四時間なのかな? 四十時間くらいないと間に合わないしっ」

「違うでしょう」


 由加がついに声を荒げた。


「おかしいでしょう。変でしょう。いい加減に不審に思いなさいよっ」

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