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さよならいとしのペンギンライフ  作者: 天川さく
第2章 岩ポン、あなたという人は。いったい、わたしをなんだと(省略) 
11/56

1-1 わかってる。俺には秘書がいる(前編)

第二章 岩ポン、あなたという人は。いったい、わたしをなんだと(省略)



      1


 わかってる。俺には秘書がいる。お前のほかに学生だってわんさかいる。

 だけどな。

 しゃあねえだろうがよ。俺がいくつ科研費抱えているのかわかんてんのか? 

 つうか、いまやってる科研費はお前が申請書を書いたんじゃん。

 そんで通っちまったんじゃん。


 どの装置の保守にどの科研費の財源を当てるのがベストで、共同研究の連中とのやりとりとか、出張の旅費にどの経費使って問題ないのか、別のを受けたらヤバいのかどうかとか、学会の理事の任期は何がどうなってんのか、そいつら全部わかってんのはお前しかいねえんだからよ。俺は知らねえしよ。

 そもそもお前以外の共同研究の連中が野外調査いってる時期とか、そいつらにどういう時期に何を頼めばおもしれえデータが取れるかなんてのはよ。パズルみたいなもんだろが。プロジェクト全体の流れを把握してるお前に頼んで何が悪いんだよ。

 

 そりゃあまあな? 俺だってやろうと思えばプロジェクトの把握はそこそこやれるよ。馬鹿にすんな。お前がくる前は自分でやってたんだから、そりゃできるぞ。

 だがよ。科研費の代表が、そういうこまごまとしたことを自らすすんでやっちまったらよ。共同研究の連中がのびのびやれねえじゃんよ。

 だから俺はあえて一歩引いてだ。全体像を把握すべくお前に任せているわけだ。全部をやれとはいわねえよ。さすがに俺が書かにゃ駄目な文章もあるからな。それを残していままでどおり科研費の中間報告書とか書いてくれっていってんだよ。

 

 それによ。俺がいつ日本にいて、いついないのか。わかってんのは秘書よりお前だし、いつシンポジウムを入れてよくてどのあたりが駄目なのか。そういうのをわかってんのもお前じゃん。お前じゃないと俺のスケジュールわかんないじゃん。俺だってわかんないじゃん。いままでやってくれてたじゃんよ、うんぬん。


 長い岩ポンからの釈明を聞いて朋子は、ああそうですか、と遠い眼差しになった。話が長くなりそうだと察した時点でジンパはあきらめた。さらば、わたしが出資した肉たちよ。

 さらに電話を途中で切るのは無理だと察して事務の女性にはジェスチャーで「とりあえず、ここは自分でなんとかする」と伝えて運送屋にサインをした。まったく。なんとかってどうやって? ざっと見たところ、これまた数十箱分の荷物であった。とてもひとりでどうにかできる分量ではない。内容についてはこのあと岩ポンを追及するとして。

 そうだな。木橋くんたちを肉で釣ってまた運んでもらうか。共用倉庫に入るかな。入るといいな。

 そして岩ポンのいいぶんである。

 いいたいことはわかる。わかるけれども、それを了承するかどうかは別である。少なくとも。



「わたしはもうゴヤ大の人間じゃなくて道大の職員です」

『だからなんだよ』

「道大の職員のわたしがゴヤ大の旅費システムにログインして先生の財源から申請するのはマズいです。出張手配くらいは秘書さんにやってもらってください」

『なんで駄目なんだよ。俺だって最悪海外からログインするぞ』

「先生はゴヤ大の職員でしょ。別の機関のわたしがログインしたら流用とかなんとか問題になるし」

『くっそお、面倒くせえなあ。自分でやってみっか』

「秘書さんに頼めばいいでしょ?」

『お前だって知ってんじゃん。彼女には融通ってもんがな。イチから十までいわねえとやってくれねえんだよ。本人にいうなよ?』

「わたしだって詳細を教えてくれないと入力できないし」

『お前は俺と同じ航空便だったり、いったことのある学会だったりと、そこそこの想像を働かせて入力してくれるじゃん。どこの駅が近いとかさ。あそこは街中が不便だから別の空港を使おうとかよ。そういうのがさあ。ああもう、いいや。わかったよ。くっそ』


 何? なんだかわたしが悪いみたいじゃない? わたし何か間違ったこといってるかな。正論いってキレられるってどういうこと? といきどおったときである。先手を打つように岩ポンが『それでよ』と続けた。


『九月の学会はどうなった? お前どんなテーマで発表するんだ? 同じようなのじゃつまんないから変えるわ。教えろ』


 学会? 九月? 朋子は我に返る。そんな先の話をしている場合ではない。目の前のこの荷物の山である。


「試料です」

『なんの』

「すごくたくさんの試料が届いて。なんの試料ですか? 届くなんて聞いてないし。保管する場所だって困っていて」


 おお、と岩ポンの声がはじける。


『届いたか。いまごろ着くってことはアメリカの試料だな。四月にサンプリングしたやつだ』

「すごい量なんですけど。手当たり次第にサンプリングした?」

『んなわけねえだろうが。リストを見ろや。驚くぞお。ん? まだ送ってなかったか。すぐ送るから確認したらメールくれ』


 いやいらないし、そもそも試料そのものもいらないのに、とあわてる朋子に『おお? ちょっと待てよ?』と岩ポンが不穏な声を出す。


『南極あたりの海水試料は届いたよな。アメリカの試料も届いたと。んで? オーストラリアのヤツはどこいった?』

「それこそちょっと待って。まだあるの?」

『ゴヤ大に送ってもお前がいないと受け取るやつがいねえからな。そっちに送ったんだわ』

「いっぱい学生がいるでしょ。十人以上いるでしょ。こっちにくる前にゴヤ大の修士一年生とか学部四年生とかに引き継ぎしてきたし。博士課程の学生は忙しくても彼らに頼めば」

『冷凍試料を放置するかもしれないじゃん』

「とけても二十四時間以内に測定すれば大丈夫だって先生が。そもそも冷凍試料って? オーストラリアの試料って岩石試料だけじゃないの?」

『ものの例えだ。それこそゴヤ大に残ってる連中はHPLCできねえし、そんな荒業ができるのはお前しかいねえよ』

「荒業だって自覚があったんだ」

『つまりだ。お前を信用して俺は試料を託したと』

「いいことっぽいことをいわないで」

『だってよ。俺とお前以外にその試料の価値を本当にわかるヤツがいるのか?』


 う、と言葉につまる。

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