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7.霧中

「きみは運命というものを信じますか?」


僕の他に客のいない店内で、このカフェの店員は何の脈絡もない突飛なことを聞いてきた。

昨日と同じく平日はやはり人が少ないのか。なんて思いつつ、柄にもなく手遊びしていた僕は自分の空耳を疑った。


この問いを投げかけた店員は今、食器棚を開けるために後ろを向いているので表情が分からない。

やはり後姿だけだと女性的な印象を受ける。なんて関係ないことを一瞬考えてしまった。


「……はい?」


たっぷり時間をとってはみたもののたった一言だけしか返答できなかった。


「そんな顔しないでください。聞いてみただけですよ」


カウンターに顔を見せた彼は困ったように苦笑していた。

どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。自分は一体どんな顔をしていたのだろう。


ゆったりとした手つきでグラスに注がれたオレンジジュースが僕の目の前に差し出される。

さすがにまた五百円も払って高いお茶を飲もうとは思えなかったから一番安いのを頼んだのだ。

決して甘くない紅茶が飲み慣れなかったとかそういう訳ではない。


「運命ですか」


ほとんど知りもしない相手に突然こんな意味不明な質問を投げかけられて即答できるだろうか。

意図がまるで読めなくて、頭には疑問符ばかりが浮かぶ。


「そう深く考えなくてもいいですよ」


そう言うとジュースの横にちょっと高そうなチョコを二つつけてくれた。

コーヒーの香りが染みついた空間には昨日と同じく静かな調子で外国語の曲が流れている。


「今日はお連れ様はいないんですね」

「まあ」


よく分からない人だ。もしかしたらからかわれているのかもしれない。


会話と呼べるほどの会話ではなかったが、それでも途切れてしまったせいで沈黙が訪れる。

あちらからはそれ以上話しかけてくるつもりはないようでこちらをみて意味深な笑顔を浮かべている。ちょっと怖い。


そのうちカウンターの片づけを始めてしまった。時折食器の触れ合う軽い音がする。


意を決して一人でこの店に来たまではいいが、どうやって話題を切り出そうか。

くだらないことが頭の中でぐるぐる回ってぐちゃぐちゃだ。


自分から話題を出してこないけれど、きっと彼は分かっている。どうして僕がここにやってきたのか。


「……あの、昨日言ったこと。なんで分かったんですか」


黙っていても埒が明かない。

普段近づきもしないこんなところまで一人で来るくらいには気が滅入っているのだ。


高坂さんは手を止めた。ゆっくりとこっちを向く時なぜだかその顔はほんの少し辛そうに歪んでいた気がした。

ニヤニヤ笑って勘だなんて言われたらすぐにでもお金を払って帰ってしまおうと思っていたのになんだか想像と違う。


「聞きたいですか?」


昨日自分で聞いてきたくせに、今は妙に渋るような素振りを見せる。


だがここまで来たのだからと返事の代わりに僕は一度だけ頷いた。他の客がいないのは好都合。

身に覚えもない悪夢ばかり見るせいでここまで来て相談なんてなんとなく恥ずかしい。


「隣、失礼しますね」


今日はカウンターの席に座っていたからか彼はわざわざこちら側に出てきて隣に腰かけた。


「先に聞いておきますが。私には人の前世がみえます、と言われたらきみは信じますか」


聞いた瞬間、悪徳商法と言う四文字が脳裏を過る。なにか高い壺とか買わされるんじゃないのか。

怪しさ満点、不審度百万点。真面目な顔してなにか押し付けられたらどうしようかという気持ちが湧き上がる。


「……えーっと……」

「まあ、普通は信じませんよね。それでいいです。信じてくださいとも言いませんし。ああ、おかしな壺を買えなんて言うこともありませんから安心してください」


まるで心を読まれたような気がして僕は舌を巻いた。


信じなくていいといってからの本当にそうだと信じ込ませて人を騙す手段を持つ人間も世の中にはいると思う。

内心ちょっと面倒な人だったかなと思いつつ顔に出さないように口を引き結んだ。


「正直考えたこともないんで分かんないんですけど、どっちかっていうと信じられないかも、しれません」

「なら、これから話すことが嘘っぽいと感じられたら話半分に聞いてくださって構いません」


そういうと昨日の絵が描かれたカードの入ったケースをズボンのポケットから取り出した。

占いの話だろうか。女子が好きそうだなという印象しかなく、それ以外の感想は特にない。

別に頼んだわけでもないし別に占ってもらいに来たわけじゃないのだが。


「さて。嫌な夢は頻繁にみるでしょう」

「まあ。ちょっと寝不足な感じはあるんで気が滅入ってるっていうか……」


ぱらぱらと手際よくカードを切ると僕の前に束が置かれた。全て裏向きで絵柄は見えない。


「さっきの問いに答えましょうか。どうしてきみが悪夢をみることが分かったのか、ですよね」


無言で頷いた僕は彼の答えを待った。

一度肩を落として息を吐くと、彼は口を開く。


「大抵の人は自分の前世なんて覚えちゃいません。それでも稀に、自分でも知らない遥か昔の記憶を夢に見る方はいらっしゃいます。私はそう言うのが時々分かるんです。はっきりとまではいきませんが」

「はあ……」


若干なにをいっているのだろうと思ったが空気を読んだ。雰囲気のせいでなんとなく本物っぽいのがまた妙に不気味だ。


「信じられないようですからひとつ占って差し上げましょう」


困惑気味に話を聞いていると彼は目の前のカードの山を指した。

一つの山を好きなところで三つに分けて並べろと言われたから、特に何も考えず適当に均等になるように分けて並べてみる。

昨日立川さんがやったのとは少しやり方が違う。


こういうのって確か知りたいことを念じながらやるんじゃなかったか。

時々テレビで特集してたりする気がする。大体チャンネルを変えてしまうからあまり覚えていないけれど。

既に分けた後だから今更だろう。


それから言われるとおりに順にその山の一番上を捲って並べて置いた。

僕から見て絵柄が逆さまになっているものもあった。


左端のカードをまず手に取って、じっくり他の二枚と見比べるい。その横顔は昨日ような和やかさは微塵も感じさせない真剣そのものだった。

時折落ちてくる髪を耳にかけながら考える素振りを見せる。


「炎と、死と、呪い」


僅かに沈黙が流れて、その後にぽつぽつと紡がれた不吉なワード。


「それから……恋人」

「っ!」


ぞくり、と背筋が寒くなった。


息を飲んだ僕は、そっと顔を上げた高坂さんと目が合った。

その表情は伏し目がちで、どこか暗く見える。


自分が“悪夢”と呼んでいる夢の中でも特によく見る光景が蘇る。

毎回違う夢をみて、朝になると忘れていることもあるけれどそれはもう飽きるほど繰り返しみた。


燃え盛る豪邸の中、傷だらけになって力尽き倒れた男性。最期の時を一人静かに待っている姿が浮かぶ。

恋人の顔を思い浮かべた時、それを追いかけてくるボロボロの恋人であろう女性。

火の手が迫り、互いに涙を流しながら言葉を交わし合って最後は二人寄り添って焔に抱かれ火の海に沈む。


偶然という言葉で片づけるにはちょっと怖いくらい当たっている。


「思い当たることがありますか」


聞いてくるくせにやけに確信をもった言い方をする。

悪夢と言われたら確かに今出た単語は真っ先にでそうなものではあるがあまりにドンピシャで言葉を無くす。


それでも、疑問が残る。


「呪いってなんですか」


一つだけピンとこない単語だった。

夢の中に呪いのような要素はなかったように思う。


「残念ながら私にもそこまでは分かりません」


首を横に振ると彼は形の良い眉を下げた。

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