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4.砂嵐

「ねえ、甘いの好きなの?」


僕の肩くらいまでしかない小柄な彼女は、自然なようでどこか緊張した面持ちをしながらこちらに話しかけてきた。


「え、別にそういうでもないけど……」


隣のクラスの立川たちかわあずさだとすぐに分かった。先日雅智から話を振られたものの僕が断りを入れた子だ。

優しそうな顔立ちとそれに似合うショートボブ、それから大きい目がくりっとしている。確かに可愛いと言われるだけあるな、なんて納得する。


社会見学の昼休憩中のことだ。三つくらいあるコースの中で僕の班はジュース加工工場を選択した。


工場内を見学して、それから直前まで歴史やら製品の説明やらが行われていた。いまいるここはそういう特別な研修だとかに使われる場所だそう。

長テーブルのあるそこを開放してもらってそこでさっきまで数人と弁当を食べていた。

だが、今その班のメンバーは近くにいない。

他の班の友達の元へやらトイレやらとにかくどこかへ行ってしまったようだ。


なんとなく寝不足気味だった僕は、今にも寝そうな位に眠くて座りっぱなしだった。

説明を受けた時にもらったジュースのペットボトルに巻かれたラベルを意味もなく眺めていたからそうとられたのかもしれない。


「違うの?それ、じっとみつめてたけど」

「んー普通、かな。どっちかっていうとそうでもないかも」


横から話しかけられたから見えなかったのだろうが、それまでは完全に目の焦点が合っていなかったと思う。


「あっ急に話しかけてごめんね。神無くん一人みたいだったから」

「別にいいけど……どうして?」


そういってボトルをもてあそびながら受け答えしていると、彼女はテーブルを挟んで目の前の椅子に腰かけた。

正面で向かい合う形に座る形になる。そこから動く気はなさそうだ。


「神無くんってよくパックジュース飲んでるでしょ。そうなのかなって」


そっちだったか。あれは単に甘いものが好きと言うよりあの味が好きなだけで――なんていちいち説明する気にはなれなかった。

別にこれといってこだわりが強いほどではない。なければなくてもいいようなもの。


「うん、あれはまあなんとなく」

「なんとなくって、好きだからじゃないの?ふふっ面白い」


嫌味のない話し方だ、表情も笑顔が浮かんでいて好感が持てる。

ただ、気を使ったにしても今の僕の話を聞いて笑える点なんてあっただろうか。

正直、あまり話すことなんてない。適当に話を流して聞いて、それでつまらない奴だと思ってくれるだろうと思ったのに。


「三國と仲いいでしょ。いっつも神無くんの話題でるんだよ」

「そうなの?」


まさか自分の知らぬところで話題にあがっているとは思わなかった。

呼び捨てで呼んでいるあたり結構仲は良さそうだ。

雅智が何か喋ったのだろうか。楽しそうに彼女が話すものだから、僕は苦笑いする。


「そういえばあいつも立川さんの話、前にしてたな」

「えっ私のこと?うそうそ!!どんなの」


嘘は言っていない。雅智が彼女を僕にやたらと勧めてきた時を思い出す。

それまでは特に話題にも出たことがなかった、とはこの空気だと言い出せなかった。

とりあえず忘れたふりしてはぐらかす。


「もしかして、眠い?説明してる時も頭揺れてたよね」

「うんまあちょっと」

「えー、何時に寝たの昨日。顔疲れてるもん」


心配そうに言われたが、実際寝たのは二十一時を少し過ぎた頃。小学生並に早く寝ている。


ただ夜中にうなされて起きたのが原因だとは言わなかった。

雅智にすら言っていないくらい。なんとなく夢見が悪くて寝られなかったというのも気恥ずかしい。

遅くまでゲームしてた、なんて嘘をついてしまった。


このまま離れてくれるだろうか。そう思ったのも束の間、言い方はあまり適切ではない気がするが彼女は頑張った。


とても話が上手いのだ。丁度いい具合に途切れそうになればあれやこれやと話題を出しては次々に話を転がしていく。

普段長話の苦手な僕だがうっかり会話を弾ませてしまった。


それなりに楽しいなんて思い始めた時、ふと首の後ろにちりりとした痛みを感じた気がした。

別に実際痛かったわけじゃない。ただ、なんとなく振り返る。


「っ……!」


自分でも驚くらい肩が跳ねた。


この部屋の二つある入口の後ろの方で雨崎夏音がこちらをみていたから。


いや、気のせいだったかもしれない。

ほんの一瞬の出来事で、すぐに彼女はくるりと踵を返して部屋を出ていってしまった。

もしかしたら偶然だったのかも。まさか彼女が僕をみているはずはない。普段あれだけ僕を視界にいれようとしないのだ。


だって、そうだ。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような性格じゃない。


悪い事をしていたわけでもない。

それなのになぜだかどきりとして、訳の分からないざわざわした気持ちになる。


「どうかした?」

「ううん、なんでもない」


ああ、そうだ。今、立川さんが座っているのは直前まで彼女の座っていた場所だからか。


今回の班はクラスの席の近い者ごとに勝手にグループ分けされている。そんなわけで雨崎さんも僕と同じ班なのだ。

僕が疲れた顔をしていたのは、今日一日のほとんどをずっと彼女の近くで行動しなければならないせい。


きっとトイレから戻って自分の席に他の人が座っていたから困った。それであんな顔をしたのだろう。

悲しそうに見えたのだって見間違いに違いない。僕がみたのは困惑した顔だったのだ。

そう考えると納得した。それでもなにか引っかかる気はしたが気にしないことにした。

また少し話をして、昼休憩が終わる前に僕の班のメンバーが戻り始めたのを見計らって彼女は自分の班の元へと帰っていった。


ほどなくして戻ってきた雨崎さんも今度はこちらをみることなく自分の場所に着席した。

通常運転。結局午後も同じ班なのに彼女とだけは会話もせずにその日を終えた。


――その次の日のこと。


廊下で雅智とくだらない話をしている時、立川さんが現れた。

あと三分くらいで休み時間は終わってしまうというのに。


「神無くんちょっといい?」


少し上目遣い気味に、見上げた彼女は何かを言いたげにしていた。


そんな様子を見て、なにを察したか雅智はにやにやと笑う。どん、と僕の肩を強く叩き一人自分の教室へと戻ってしまった。

残された僕はなんとなく嫌な予感がして、彼女と向き合った。


「えっと、なに」


頭を掻きながら彼女の様子を伺う。


「昨日、さ。紅茶好きって言ってたでしょ」


そんなこと言っただろうか。言った気もする。

覚えている限りの昨日の会話を思い返した。いつも飲んでいるパックジュースが微糖の紅茶だとかなんとか言った記憶がないわけでもない。


「二丁目にあるカフェがあるの知ってる?美味しいって聞いたから……私、友達皆部活しててね。中々行けなくて。それで、もしよかったら今日とか、時間ない?」


昨日あれだけテンポよく会話していたのが嘘のようにしどろもどろだ。

勇気をだして誘ってくれたというのはすごくよく伝わる。だからこそ、僕は言った。


「ごめん。ちょっと用事が――」

「ええー!!いいなあ俺も行きてえなあ!」


突然、割り込んできた雅智によって僕は邪魔された。

何たる強引なやり方だろうか。絶対今のは僕が断るのを分かっていて遮ったに違いない。


「ちょ、雅智!」

「俺ら暇だよな?な?んじゃ立川、放課後行こうぜ」


こいつ。一回シバく。


目で訴えるが困惑する僕をそっちのけで勝手に約束を取り付けてしまった。

いや、行くつもりはないし断る。そう言おうとした途端、今度は慌ただしくチャイムが鳴ってしまった。


「えっちょっと、三國?」

「ほら予鈴なったし戻るか。そんじゃ諒、放課後な!絶対だぞ」


立川さんもさすがにここまで後押しされるとは思っていなかったのだろう。

思いがけぬ力技だ。さすがに強引すぎて固まっていた僕に何か言いたげだったが、角を曲がって先生が見えたから諦めて教室に入っていった。


最悪だ。どうしてあいつはここまでしてくっつけようとしてくるのか。

面白がっているなら性質が悪い。だが、それにしたって人の話も聞かず無茶苦茶だ。


自分の席に戻っても、放課後までにどうにかして断れないか文句を探す。

駄目だ。全然浮かばない。いっそのこと黙って帰ってしまおうか。

そんなことをしたらさすがに雅智にも悪い気がする。


悶々と考えていたら時間が過ぎるのは早かった。


「悪い!今日家に財布忘れてきたから俺帰るわ」

「は?」


放課後早々、僕の教室までわざわざきたこの男は飄々と言ってのけた。

さすがに今のは聞き捨てならない。確信犯に決まってる。


「いや、ほんとごめん。二人で楽しんで来いよ!」

「お前さすがにそれどうなの」

「今度ラーメン奢るから!悪いな。そんじゃ」


僕がなにか言うより早くさっさと逃げ出したこの男。

廊下で待ち構えていた立川さんは迷ったように佇んでいる。


こうなれば断るにも断りにくくなってしまった。なんてことだ。

重い気持ちを引きずったまま僕は軽いはずの鞄を持つ。


「あの、ごめんね。ほんとは嫌だったでしょ」


こちらの様子を伺うように僕の顔を覗いた。

なんだかその顔が泣きそうに見えて、僕は思わずそうではないと否定してしまう。

認めてしまえば楽だったのだろうか。「ほんとに?」なんて確認されては可哀想になってくる。

だから、つい大丈夫だと言ってしまった。


するとぱっと花が綻ぶような笑顔を見せて、彼女は安堵したように笑った。

きっと他の奴ならかなりラッキーな出来事だと思う。なのに自分はあまり喜べないでいる。


なぜだろう。


胸中に複雑な思いを隠したまま僕は彼女と共に学校をでた。

その後ろ姿をじっとみつめる少女がいたことに気づかずに。

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