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2.雨

「はあ」


高校二年生、新学期。席替えが終わったばかりの窓際で外を見つめていたらため息が出た。

温かな陽光と薄桃色の桜に彩られて、いかにも希望に溢れたうららかな春といわんばかりの校庭にすら今は無性に腹が立つ。


それもこれも原因は僕の右隣二つ前の席。雨崎夏音が座っていた。


「じゃ、これから一年同じクラスだから一人ずつ名前とまあ一応出身中学、あとなんか一言自己紹介よろしくな」


担任、高浜たかはま先生は四十半ばくらいのベテランだ。見た目は少しお腹を気にし始めたくらいのどこにでもいる普通のおじさん。それ以外は外見に特徴もない。

熱血過ぎず、かといって生徒に無関心なわけでもなく、どことなくニュートラルな感じが人気だった。

あれこれと今後の予定だとか諸々説明を終えてようやくお決まりの自己紹介という流れになる。


順に一番端の席から挨拶していく。ごく普通の流れだ。

あと二列。彼女が立った時、僕は少しだけ眉を寄せた。


「雨崎夏音です。北中出身で、趣味は読書とそれから映画もよく観ます。仲良くしてください」


揺れるポニーテール、華奢な肩。ごく普通で人当たりの良さそうな何の変哲もない挨拶。

けれど僕にとっては知りたくもない情報だ。彼女の後姿すら見たくなくて視線を外に向けた。


本当に憎たらしいくらい空は晴れ渡っていい天気だ。

僕の中では土砂降りの大荒れなのだが。

もしも、今の天気が僕の心を表していたら大変だろうなんて空想をする。きっとものの数分で町が水底に沈むだろう。


ぼーっとしていたらいつの間にか自分の前まで順が回ってきていた。


神無かんなりょう、北中出身です。えーっとゲーセン行くのが好きです。よろしくお願いします」


誰の印象にも残らないくらい当たり障りのないことを言ってさっさと座った。

もちろん彼女もこちらを振り向いたりなんかしない。お互い知らん顔で。


自己紹介が終わってしまえば後は休み時間だ。

先生が出ていった教室は、まだどこかぎこちなさを残しながらも一年の時にはなかったどことなく賑やかさがある。


前を向いていればおのずと彼女が視界に入る。外を見るのももうだいぶ飽きてきた。

仕方がないから机に突っ伏そうとしたところで、視界の端に誰かの制服が映った。


視線を上げれば、予想通りの笑顔。


「よっ、寝るとこ邪魔したな。遊びに来たぞ」

「なんだ雅智まさともか」


中学からの友人である三國みくに雅智まさともだった。


クラスは離れたが朝からよく遊びに来る。

僕の適当な返事に若干不服そうにしていたが、彼のことだからどうせ気にしてなんかいないだろう。

快活という言葉がよく似合う彼は人と仲良くなるのが得意らしい。

交友関係も広いのだが、妙に僕と気が合ってなんだかんだとよく一緒にいた。

それにしても雅智のおかげで都合よく視界が遮られた。知っていてわざと良い位置に立ってくれたのかもしれない。


「すげー顔だな。老けて見えるぞ」

「うるさいよ」


もう一度溜息を吐いたら暗い顔をしていると笑われてしまった。


「てか、()()同じクラスなんだな」


一瞬、彼女の席をちらりとみて雅智がやけに神妙な顔で呟いた。


そう“また”なのだ。


「ほんと、毎回毎回なんなんだろ」


頬杖をついて半目で天井を仰いだ。


僕は今まで一度たりとも彼女とクラスが離れたことがない。

それも一度や二度どころではなく幼稚園からずっと、高二の今までだ。


地元は公立校しかないような田舎だから中学まではまだ分かる。

しかし高校に入ってまでまた同じとは思ってもみなかった。

実家から出るという選択を取らない限りは進学先の高校もある程度限られるけれど。

入学式の日最初に入ったクラスで彼女を見つけて愕然とした。


あの日は一日、目が死んでいたと思う。


でも大抵これを話すと他の男子は羨ましがるか気のせいと笑い飛ばすかどちらかだ。


美人の幼馴染と言う点にしか注目しないから。

そして彼女もまた決して愛想の悪い方ではなく、僕以外には普通に接しているから。


しかし生憎と露骨なほど彼女には全力で避けられており、かつ自分もそんな彼女と関わりたくはない。

誰がすき好んで自分を嫌う人間と一緒に居たいものか。出来ればクラスもいい加減離して欲しい。


一時は本気で先生にクラス分けのことで直談判しに行こうか悩んだ時期もあったくらいだ。

行ったところで相手にされないだろうと思い止まったし、なによりもっともらしい理由も思いつかなかった。


「まあ元気出せよ。こっちからも関わらなきゃいいんだしさ」


雅智は唯一、そんな僕の話を茶化さず真面目な顔で聞いてくれた貴重な友人だった。

茶化されないだけでも随分気が楽だ。


「そうできるならいいんだけどな」


乾いた笑いを顔に張り付けているうちに休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。



それから数日後のこと―


「雨崎さん、先生が呼んでたんだけど」


僕は機嫌の悪さを隠しもしないで、次の単元の準備をしていた彼女の前に立つ。

よそよそしく僕は彼女を雨崎さんと呼んでいる。


用事があって職員室へ寄った僕は先生から彼女を呼ぶよう言われてしまったから伝えないわけにもいかない。

先生の前で顔をしかめなかった自分を褒めたいと思う。

言った端からこれだ。


彼女もまさか僕から話しかけられるとは思ってなかったのだろう。その時ばかりはほんの一瞬だが驚いたように目を丸くしたようにみえた。

珍しい反応だ。なんて思うより早くいつもの無表情に戻ってしまったけれど。

目が合っているのに合っていない。ビー玉みたいな目だ。


「職員室?」

「職員室」


とても淡々とした完全に業務連絡だ。聞かれたことに答えただけ。

ある意味それ以上に言葉が少なかったかもしれない。


一応止むを得ず話しかける用事がある時に限ってのみ、どうやら必要最低限会話は成り立つらしい。

反面、徹底したガン無視ではないから尚のこと性質が悪いと思う。

何を考えているのか分からない。得体の知れない彼女に少し恐怖感すら覚えてしまう。

物理的に近くにいるけれど心理的に遠すぎて奇妙な距離感。


かたんと席を立った拍子に彼女の髪がさらりと背中から肩へと流れ落ちた。

気を使ってるんだろうなくらいの感想が湧いたけれどどうでもいい。


(関わらなきゃいいって言ったの誰だよ)


さっそく自分から話しかけにいかなければならない状況に心の中で悪態を吐く。

それだけ伝えて自分のは席にさっさと戻ってきた。


これだから同じクラスは困る。必ず全くの無関係ではいられない。

どれだけ嫌がろうと席が近くになれば、グループワークが一緒になるし先生に頼まれたら断れない。


いじめと言うには嫌がらせされているわけでもなく、ただただ無関心を貫くだけ。

そこだけ目を瞑れば憂鬱ではあるが我慢できない程ではない。さすがに少しは慣れたものだ。


それに、僕は問題児だと思われたくはない。無難でいい。だから仕方なく優等生ぶって言うことを聞いてしまう。

面倒だけどこうやって今までやり過ごしてきたから、今更彼女に強く言ってやろうという気にすらならなかった。

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