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15.霖

結局、雨崎さんが現れたおかげで本借りる気が削がれてしまった。


妙に気になっていたのにその気持ちも今は萎んで本にかけていた手を引っ込めた。

おまけに内容が面白くないとまで言われてしまっては尚更だ。


用のなくなった図書室にいつまでもいる意味はない。

異空間のように静かな場所から扉を開くと昼休みの喧騒が聞こえてきて急に現実に戻って来たようだ。


そのまま廊下へ足を踏み出そうとして、留まった。


「あれは……」


廊下のずっと先、さっき出ていったはずの雨崎さんがいた。

一緒にいるのは雅智だ。予想だにしなかった組み合わせに僕は少し驚いていた。

そっとドアの陰から二人を覗き見る。声も聞こえないし表情も見えないけれど二人して何かを話している様子。

別に隠れる必要なんてなかったのに、僕は身を隠す。


二人が普通に会話しているところを初めてみた気がする。

一応、口では雨崎さんを嫌っているような発言をしていたけれど僕よりは随分と溝が浅いだろう。


どうしたものかと扉を半分開けたまま頭を引っ込めて思案していると誰かの足音が近づいてくる。

そのまま通り過ぎるかに思われたそれはどうやらここを目指しているらしい。

仕方なく何食わぬ顔をしてさも今ドアを開いて出るところです、という顔を作って自然に見えるように一歩踏み出した。


「おっ、居た諒!」

「っ!……どうかしたの」


鉢合わせたのは雅智だった。なんだかバツが悪そうな顔をしている。

いつの間に雨崎さんとの会話を終わらせたのだろう。


「良かった探してたんだよ。教室行ってもいないしさ。頼む、数Ⅱの教科書貸してくんね?」


そう言うと両手を合わせて頭を下げた彼をみて得心した。


「珍しいじゃん。忘れ物なんて」

「そうか?間違って別のやつ持ってきててさ」

「まあいいけど。次?」


雅智はどちらかというと外見はルーズそうに見えるものの中味は結構しっかりしている。

課題とか予習とかは大体きちんとしてくるし人から物を借りるなんてことがあまりない。

そんな友人を珍しいと思いつつ二つ返事で了承する。


「なんかあった。変な顔してるけど」

「ん、まじ?俺変な顔?どんな」

「浮かない表情、って感じ。教科書忘れたのそんなショックだったわけ」


具体的に言うならすごく申し訳なさそうとでも言おうか。

まさかそんな程度のことで落ち込む男じゃないけれど僕はあえて茶化すように尋ねた。

普段の雅智だ。何ら変わりはない。

けれどちらりと雨崎さんと一緒にいた姿が浮かぶ。もしかしたら彼女絡みのことかもしれない。


「んなわけないじゃん。いやあ教科書借りんの悪いなと思って」

「あははっ、なにそれ。別に友達だし普通じゃん」


突然殊勝なことを言いだしたから思わず笑ってしまった。

他の友人達だって普通に教科書の貸し借りくらいはしているのに。


「っ…笑うなし。いやでも予習したノートも忘れたからやっぱショックだったかも」

「冗談下手かよ。今日調子悪すぎでしょ」

「んなことねえよ」


不貞腐れたように一人先に行ってしまった友人を追いかける。


ふ、とその時だった。


じりりと雅智の背に誰かがダブったように見えた。

古い映画のようなスクリーンに映し出されたセピア色の映像。


その誰かの背を追って自分も走っている姿に覚えがあるような気がした。


既視感デジャヴ


いつかどこかで見たことのあるかもしれない光景。

夢か、それとも似たような過去の記憶か。

もちろん気のせいかもしれない。それでも僕は足を止めずにはいられなかった。


「今の、なんだ」


既視感を覚えるのはこれが初めてではない。

だというのに今までのものとは明確に一線を画するなにかを感じた。

なにかに揺さぶられたような違和感。気持ち悪い。


「おい諒?どうしたよ。急に顔色悪くして……大丈夫か」


目と鼻の先に教室があるのになかなか追いついて来ない僕に気付いたのか、雅智がいつの間にか引き返してきたらしい。

呆気にとられていたら肩を軽く叩かれて、日常が視界に戻って来た。


「諒?」

「ああ、ごめん。大丈夫だから」

「またぼーっとしてたのか」

「なんでもない。今一瞬何か思い出しそうになったけど忘れちゃって」

「なんだもう痴呆始まったのか」


きっと気のせいだ。多分前にも同じようなことをしたのだろう。

頭に疑問符は浮かんだがそれより今は教科書だ。


間もなく昼休みが終わるというのに人がまばらな自分の教室には、先に戻っていた雨崎さんがぽつんと座っていた。

いつも通りお互い知らん顔で横を通り過ぎる。彼女は文庫本を静かに読んでいる。


自分の机の中から抜き出した数学Ⅱの教科書を持って教室を出た。

廊下の方が人が多いのはいつものこと。賑やか過ぎてうるさいくらいだ。


教室前で待っていた雅智はぼんやり視線を雨崎さんに向けていたようにみえた。

もしかして、そうは思ったもののまさか僕の手前遠慮しているのだろうか。なんて余計なことを考える。

下世話だろう。もし仮に気があるなら彼のことだ、もう少し大っぴらに好意を見せるように思う。


僕はなんにも気付かないふりをして自分の教科書を彼に預けた。

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