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9. 同意がなければ穴がある

(っくそ!こういうことかよ!!)


咄嗟に持っていたバッグを投げつけて逃げたから、相手との距離は近くない。

それでも追ってくる連中に対して、自分は一人。

視界には入ってなくても、其処此処に俺を捜してるんだろう足音が聞こえてくるから、見つかるのも時間の問題だ。




事の起こりは、俺が通っている高校の食堂で、ちょっと見た目が可愛いと噂になっていた女子による公開告白だった。

学年は俺より一つ下で、今年入学した新入生だ。

何処にでもミーハーな連中はいて、男子女子を問わず、異性への容姿ランキングなどというどうでもいいものを仲間内だけで作成していた。

去年は俺もそこそこ上位に入っていたらしいのだが、とにかく医者になるために今すべきことで頭がいっぱいで、そんなことを気にする余裕はなかった。

俺の他に友人含め四人で丼物を食べていたのだが、二人ずつ向かいあう形で座っていた席の横に数人の女子が来て、


何してんだろう、邪魔だな。


なんて、顔も上げずに思ってた。


『!…あの!!香月くん!好きです!付き合ってください!!』


……だなんて、予想できる筈ないだろ!?



唖然としたのは俺も友人たちも同様だった訳だけど、一瞬の沈黙後、聞き耳たててた無関係な周囲が、わっ、と沸いて我に返った。

慌てる俺と冷やかしてくる友人たち。


今はそんなこと考えられない


と返した俺に、


嫌いじゃないならお試しでいいから付き合って欲しい


と言われて押し切られた。

告白してきた女子に付き添って来た二人組が、


勇気を出したこの子に悪いと思わないの!?

みんなの前で女の子に恥かかせるなんて酷いことはしないよね?


みたいなことを矢継ぎ早に言い募ってゴリ押しされてしまった。


勇気も何も俺には関係ない!

恥も何もこんなとこで告白して来たのはそっちだろ!?


といった反論が出来ないうちに頷いたことにされてしまって、目の前で、


良かったね!おめでとう!!


って大はしゃぎする他称彼女とその友人たちを、他人事のように見ていた。


後になって冷静に考えたら、狙って態としたんだろうと思ったが、あれだけのハシャギっぷりだ。放課後には俺とその子がカレカノなのは学校中に広まっていて、満面の笑みで教室まで迎えに来た名も知らない彼女をクラスメイトが案内してくる上に、揶揄いながら背を押してくる友人たちもいて、俺の意思など関係なく腕を絡ませてくる女に引き摺られて帰宅することになってしまったが、嫌な予感しかしないので、強引に友人数人を巻き添えにしたが後悔はない。女には始終二人きりになりたいと訴えられたけど、強張った顔のまま梃子でも頷かない俺の様子を見た友人たちが、女の言葉に賛同することなく一緒にいてくれたことが救いだった。


それから数日。

流石に家まで押し掛けては来なかったけど、学校では事あるごとに俺の側に寄ってくる。

昼食を一緒に食べることを強制され、放課後は女一人の所為で男友だちとの寄り道も出来なくなった。

俺が事の次第を問い正そうとする度に言葉を遮られ、そいつの連れがいれば丸め込まれる。

二日して、様子がおかしくなっている俺に気づいた友人の一人に訳を聞かれてありのままを答えたら、顔面を蒼白にして謝られた。

四日目からは、せめて朝は顔を合わせないようにギリギリを狙って登校し、それなりにあった交友関係から俺の言い分を広めてくれたおかげで、自分の教室で肩身の狭い思いをしなくても良くなったのには感謝するしかない。


雰囲気や対応の変わった俺や周囲に女は不満気だったが、何故か突っかかってくることはなかった。


一週間ぶりに、彼女擬きとではなく、いつも一緒に食べていた友人たちと昼食を共にすれば、如何に自分がストレスを溜め込んでいたのかが理解出来てしまった。

溜め息を吐きながら胃に優しいうどんを啜る。

行儀悪くテーブルに懐きながら力を抜いていたら、「ホントに悪かったな」と苦情混じりの謝罪が来た。

わかってくれたならいいんだと返して、ホッと息をついたのが耳に届いて安堵した。

あいつらにとってもまさかな事態だったんだから仕方ない。


ひと月にも満たなかったが、一度も女と二人きりになったことはなく、友人たちの誤解が解けたからにはこれからも無い。

女も女の付き添いとも顔を合わせない日々が何日か続き、また、食堂でかち合った。

俺にとっては悪夢の日々の始まりでもあったキッカケが、この食堂での公開告白だった訳から、あの日の女たちの様子に覚えがなくても、目が細まるのはしょうがないと思う。

俺の表情を見た女が一瞬戸惑い、それでも唇を噛みながら見つめてきた。

女の両側には、これもあの日に見た連れの二人。

こちらは女と違って、俺を睨みつけている。


あのときにいた連中が、今度はなんだと興味津々にまた聞き耳をたててたが、俺の友人たちは皆事情を知ってるので不用意に口を挟んできたりはしない。

そんな俺の友人たちをチラ見しながら、また女が戸惑いを見せていた。

大方、彼女を構ってやれとでも言ってくれることを期待したんだろうが、俺を含めて反応しないのが気になるんだろう。

それでも、たった数日間しか行われなかった強引さにさえ嫌気がさしていた俺は、元凶である女に少しの優しさを見せるのも億劫で、こちらから何かする気は一切持てなかったんだ。



「……ねぇ香月くん?仮にも彼女に向かってそういう態度は無いんじゃないの?」


陶器の丼鉢と箸が触れ合う音と、食べ物を咀嚼する音。

会話の無い沈黙の中に落とされたのは、用があるんだろう本人ではなく、俺に一番キツイ視線を送ってきていた、これまた名前の知らない女の友人?

言葉だけでなく、言い方自体も酷く刺々しい。

………多分、だが、YESの返事をしないことに文句を言ってきた女子だったように思う。


『勇気を出した女に恥をかかせるな』


そう言って、知らない不特定多数の学生の前で愛の告白をするというパフォーマンスを行いながら、周囲に見せつけるように恥じらい、話し掛けることを戸惑っているように振る舞う女の味方をする。

あのときは俺も、急なことに混乱して為すがままにされてしまったけれど、冷静になると、どう考えても演技にしか思えなかった。

何処に自分の意見を他人に言わせるような恥ずかしがり屋が、食堂という大衆の注目を最も浴びるような場所で告白が出来るのか!?


……答えは簡単だ。


ありえないシチュエーションを想定し、実行することで相手の思考を停止させ、そこにつけ込んで思うままに場を操るためだ。

俺はものの見事に引っかかった訳だが、その場に居合わせた関係の無い学生たちが面白がって囃したて、思考が正常に戻る前に逃げ道を塞がれてしまった。

人間の性質、というか、野次馬の習性を巧みに利用した戦術と言っても過言では無い。

ヒトは、自分に責任が伸し掛ることなく、被害も来ないとわかっていれば、安心して大胆になれる。

罪悪感と無責任のバランスを取ることは難しいが、自らは安全であると確信すれば、より面白くなりそうなほうへと方向性を促すくらいはする。

決定権さえ相手に委ねておけば、自分の責任にはならないからだ。

幾らでも言い訳はきくだろう。

後は自らも、ほんの少しだけ関わった事象の行く末を見ていれば良い。


今回俺が巻き込まれた件は、正にソレ。


当事者であれば不愉快極まりない。

やんわりとではあったけど、俺は確かに『NO』と言ったのだから!


「…俺、断ったよね?」

「はあ!?どこが!確かに『お試し』って言ってたけど、彼女は彼女でしょ?

アンタは彼女でもないのに、腕組んだり、デートしたりすんの??

ダメならそう言えばいいじゃない!この子の気持ち考えたらどうなのよ!!」

「……はぁ。

俺が言ったのは、『今は考えてない』ってことだけ。

『お試し』はその子が。キミたちは、『その子の告白を無下にするな』『恥をかかせるな』だっけか

頷いてないよね?俺。なのにどうしてあのとき、みんなにソウ見えるよう吹聴したの?

『恥をかかせるな!』ってどういうこと?

俺が頷いても断っても、どうしたところで大勢の学生に広まる場所でコトを起こしたのはそっちなのに、どうしてキミたちは、被害者面してるんだい?」


そう言ってやると、食ってかかってきた子が怯んで、後ろに隠れるようにしていた女の顔が一瞬歪んだ。


(……、ああ、間違いなかった)


「!で、でも、一緒に帰ってたじゃん?

次の日からお昼も二人で食べてたじゃん??

アンタもそう見えるようにしてたんだから、誠意って必要じゃん?

ならなんでそんなこと……!


「俺、は。

…俺からは、一度も誘ってない。

あまりの強引さに唖然とはしたけどね?

気がついたらキミたちはもう目の前にいなかったし、その日の放課後までの数時間でカレカノ事情が学年超えて広まるなんておかしいよ?

俺自身の認識じゃあ、ドラマの撮影でもしてるんじゃないか?ってくらいの演技観てた気分だったからね。

放課後になって教室に来たその子に呼び出されて、どれだけ驚いたと思ってるんだい??

クラスメイトから揶揄われて、逆に怖くなった。昼間の騒動が即座に頭よぎって、『嵌められた!』って思ったくらいだ。外堀埋めも何もあったもんじゃない!!

わかってしてたんだろうし、かなり性格悪いよ」

「ワザとな訳ないわ!

だったら何でカレカノしてたのよ!!」

「どう観たらアレがカレカノに見えたんだ??

学校の中なら、キミたちも側にいただろ?

二人きりになったことなんかないぞ!?

一緒にいるときは、その子が百パー俺を捕まえてる。俺から話しかける話題は、あの食堂での出来事の真相。カレカノの誤解を解こうとしたら言葉を遮る。コレはキミたちもしてたことだよ?立派な共犯しててなに言ってる?と言いたいのはこっちだ!

女子に手をあげれば悪者にされるのは俺だ。泣かれても同様。かといって話は聞いてもらえないうえ、こっちを無視して彼女面。周りは囃し立てるし。

どれだけ迷惑してたと思ってるんだ!

数日で友人たちが気づいてくれたからよかったものの、だからクラスメイトたちはキミたちにいい顔をしなくなったんだ。次は自分かも知れないからね」

「!っっそんな……」

「こんなの盛大な茶番だろ。

誠意?最初から何処にもなかったじゃないか!」

「…この子は貴方が好きで、悩んで、恥ずかしくて、それでも、どうしても想いを伝えたくて勇気を振り絞ったのに!そんな言い方は酷過ぎる!!」


「告白に勇気振り絞るほど悩んだ恥ずかしがり屋が、食堂なんて拓けた場所で、とかあり得ない!

どんな自虐羞恥プレイだ。ほぼ罰ゲームじゃないか!

そんなに言うなら、キミは好きな人に告白するとき、知らない連中が大勢いる中で出来るのか!?

殆どの奴がしないぞ?そんなことは。

するのは相手に何かしら思うところがある奴だけだ!

………ってことで、俺はアンタに覚えが無いけど、アンタは俺に何がある??」



「「「えっっ!?」」」



突っかかって来ていた女と、何故か俺を無理矢理彼氏()にした女。……そして、俺たちの言いあいを不安げに、けれど黙ったまま見ていた女。

あの日の女たちが、三人揃って間抜けな声を上げた。


「………あ、の。かづき、くん?」


数日間を彼女()として楽しそうに過ごしていた女が、今度は困惑を通り越して狼狽えながら、震える声で聞いてきた。


「……アンタ、俺に一度でも名乗ったか?

確かに名札があるから苗字はわかる。んで、そっちは俺の名前も知ってるだろう、…散々呼んでたしな。でもさ、俺は最初から疑問だらけで混乱の隙を突かれたようなものだったんだ。それに学年も違うだろ?同じクラスになった奴ならともかく、何の関係もなかった奴のことなんか、よっぽどじゃ無いと覚えてないよ?

しかもこっちの話は聞かないし、不信感しかなかった。そんな奴にわざわざ自己紹介もしないし、早く離れようとばかり考えてて気が回らなかった」


と言えば、蒼白になりながらも悔しそうに唇を噛む。

俺たちの周囲は少し騒めいてたが、それこそ女たちの当初の思惑どおりに野次馬と化していたので、興味の無い連中以外は聞き耳を立てていて誤魔化しは難しいだろう。

話し合いが始まった最初とは違い、明るく揶揄うような雰囲気は消え、反対にねっとりと絡みつくような視線が増えた。

明らかに悪い意味で揶揄するような笑いと、ヒソヒソ囁く声があちこちから聞こえだす。

公開告白のときと同じように、俺に不利な既成事実でもでっち上げようとしたんだろうが、ああいうのは大体初見だから効果があるんだ。二度目以降は警戒もするし経験もあるんだから、よっぽど工夫しないと成功しない。

一度目が上手くいきすぎて調子にのったんだとは予想できるが、精神的ストレスが酷いので、例え余裕があったとしても付き合ってやる気はなかった。


「………と、いうことだ。

俺のアンタへの返事は『NO』だし、名前も知らない。

カレカノになった覚えもなければなるつもりもないから、親しそうに名前を呼ばれるのも御免被る。俺が呼ぶ気はもっとない。まあ知らないけどね?

勝手に盛り上がられた数日間はとても迷惑だだったから、これ以降は演技でも付き合いたくない。

誠意がなかったのはどっちかも理解しただろ?

ここにいる学生全員が聞いてるからね。ハッキリ言っておく。

俺はアンタが好きじゃない。告白は断った。カレカノじゃないのに無理矢理付き合わされたのは迷惑だった。

態となのかそうでないのかは関係ない。こっちの言いぶん自体を言わせて貰えなかったからね。カレカノ以前に友人付き合いもしなくない。


だから、


…もう付き纏って来ないでくれな?」


そう締めくくれば、一瞬怒りで目を釣り上げはしたものの、すぐに悲しそうに俯いて、足早に食堂を出て行った。

そいつの代わりに俺を罵倒していた女は、

『!英里待って、待ってって。ねえ!!』

と、そいつの名前を呼びながら、慌てて後を追って出て行って、最初から最後まで口を開かなかった女は、何度も離れていく女と俺を交互に見ていたが、女が視界から消えたところで、数秒俺の顔をジッと見て唇を戦慄かせ、結局何も言うことなく走り去ってしまった。


彼女たちの足音も聞こえなくなってから、


ハア〜〜


と長い溜め息が出た。

それが合図になってか、食堂に喧騒が戻りだす。

耳に入ってくる会話は、先ほどの騒動のことばかりだ。

俺に対する好奇の視線もかなりあったが、気力が削られすぎてて相手をしてやるほどの余裕はこれっぽっちもなかった。すでに食べ終わっていた丼鉢を少し横に移動させ、テーブルに交差させて置いた腕に額をつけて突っ伏すことで無言の意志を示す。


「……おつかれさま、」


と友人の一人が代表してか、一言。

ポンっと肩を軽く叩いた後は、予鈴のチャイムが鳴るまでそのまま放っておいてくれたのが、心底有り難がった。


食器返却というささやかな手間を掛けさせ、労わりのつもりか、苦笑と一緒に缶ジュースを一本押し付けられた。

力無く笑いながら教室へ帰る途中で、



「………でもさ、女ってすっげー根にもつって兄貴が言ってた。男なんかより回りくどくエゲツない報復してくる奴も多いから気をつけろ!ってさ。

香月…、お前も気をつけた方がいいぞ?」


って言われて、

心配してくれたんだろうけどさ……?



正直、そんな追い討ち情報聞きたくなかった。

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