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5. 安心して流されて、気づけばもう動けない

最近の日々はとても、とても息苦しい。


ほんの少し前までは、結構自由にさせてもらえてた。

大人を納得させるには、一にも二にも勉学が有効。

それは私の両親も同じだった。


中学生のときの成績は常に上位をキープしてたし、高校も新設校ではあったけど、偏差値の高いところに合格した。

志望校の決め手は制服。

昔からのだっさいのを三年間も着たくなかったし、伝統なんかクソくらい!

家から程よく遠いこともあって、それなりの範囲を遊び回れる定期券を手に入れられる。

色々吟味はしたけど、最終的に『誠新学園高等学校』への進学を決めた。


……お姉ちゃんも行ってるから、どんな学校なのかを噂以上に知ることが出来てたし、やっぱり何より制服が可愛かったから。


姉妹一緒に通学することは少なくて、同じ学校にいった同級生も多くない。

新しい友だちは出来たけど、行き帰りは違う電車に乗る。

誰にも合わせなくていい自由時間が増えた。


両親は私を褒めてくれたわ!

お姉ちゃんも中学のときは良い成績をとっていたけど、高校に入ってからは、大体が中の上。

全教科平均点以上で悪くないけど、特別良くもない。


『もう少しだけ頑張ってみたら?』


って言うお母さんには、いつも気のない返事を返してた。

『どうしてあの子はああなのかしら?

やればもっとできるはずなのに』

深夜帰宅したお父さんに愚痴っているところを偶然聞いてしまった私は、お姉ちゃんより良い成績をキープしようと心に決めた。

だってそうすれば、今まで駄目だって言われていたことも、それなりに許してもらえそうじゃない?


私の予想は当たってた!


進学校なだけあって、授業は難しい。

でも、やっと受験から解放されたのに机に齧り付くような人たちも少なくて、初めての中間試験はかなり良い方だったと思う。

もちろん、既に何処の大学に行くかを口に出してるような生徒もいたから、一番、って訳じゃ無かったけど。

それでもお姉ちゃんのときよりは、ずっと良い成績を取ってたの!

お父さんは一言、頑張ったな、と言ってくれただけだったけど、お母さんはびっくりするくらいはしゃいでた。

順位が張り出されたりはしないけど、去年のお姉ちゃんがとった点数と見比べると、どの教科もプラス十点くらいはあったから!

成績分布表を見ても、学年で十位以内には入ってるはず。


『すごいわ雅!これなら難関大学も狙えるわよ?

まだ一年だからわからないけど、この成績をキープしなさいね。

そうすれば、やりたいことが見つかったときに焦らなくても良くなるわ。

何にでもなれるわよ!』


お母さんは応援してるからね?


そう言って、その日の夕飯に、私の好きなものを沢山並べてくれた。


お姉ちゃんにもやる気を出してもらおうと、私の成績を見せて色々言ったらしいけど、あまり効果はなかったみたい。

何日かして、


『雅はお姉ちゃんみたいになっちゃ駄目よ?

出来るのにしない子は、見てればわかるの。

社会に出たら、お姉ちゃんみたいな人は嫌がられる。

怠けてる、ってことだからね?

一生懸命、精一杯やってれば、みんなその努力を認めてくれる。

雅は間違わないで!』


そう言った。

お姉ちゃんに勝てた優越感はあったけど、それだけじゃなくて、なんだか少し、嫌な気分になった。


……だって、お姉ちゃん。別にあんなこと言われるくらい悪い成績じゃないもの。


ただ、必死に上位を目指そうとしてないだけ。

一回も、赤点とった!なんて聞いたことないし、実力テストでもそこそこ良い成績を取ってる。

もっと出来る。って思ってる、お母さんの期待に応えようとしないだけ。

将来の夢とか聞いたことないけど、我武者羅に勉強しなきゃいけないほどには、必要ないのかも知れない。


見てればわかる。


眉間にシワを寄せてガミガミ叱るお母さんと違って、お父さんはお姉ちゃんに何も言わない。

ううん。何度か話してるのを見たことはある。

お姉ちゃんの部屋にあるノートパソコンも、何かのソフトも、どっちもお父さんがお姉ちゃんにプレゼントしたもの。

いつだったっけ?

私も欲しいもの聞かれて、ブランドの腕時計を頼んだわ。

金額的には、私のものの方が高かった気がするけど、お母さんは顔を顰めてた。

OS、スペック、CPU、などなど。

何がどう違うのか私やお母さんにはさっぱりなものを、お姉ちゃんとお父さんは時間をかけて話し合ってた。

結局決めるまでに何日もかかって、お母さんは、理解できない、って凄く嫌な顔をしてた。

そんな、引きこもりを助長するようなものじゃなくて、せっかくなんだから、もっと女の子が欲しがるものにすればいいのに!って。

二人に何度も口を挟んではいたけど、意見を全く聞いてもらえなかったことが不満だったんだと思う。

……お姉ちゃんへの当たりがキツくなったのは、そのあとから。

お小遣いやお年玉くらいじゃなかなか買えないプレゼントにテンションが上がって、腕につけては外しを繰り返してたのを見たお母さんが、腕時計に合わせたお出かけ用の服を見繕ってくれることになった。

休日に二人で何軒もブティックを回り、お母さんの着せ替え人形になりながら何着も買ってもらったわ。

中には私の趣味に合わないものもあったけど、お母さんの機嫌をとらないといけなかったから、多少の我慢は仕方ない。

その分、私の好みのものもお強請りできたからよしとする。

流石に腕時計と同じくらい高価なものは無理だったけど、靴にバッグやアクセサリーといった小物も買ってもらえて大満足。

家にいる。って言ってついてこなかったお姉ちゃんへの優越感が増していった。

お母さんも、『興味がないものを買ってあげても勿体ない』って言ってたし。

お姉ちゃんには、お土産のスイーツだけを買って帰った。


後日、引き落とされてたクレジットカードの明細と、外出用の服が私の分しか増えてないのを目敏く見つけたお父さんが、お姉ちゃんにも、と何か買ってあげたらしいけど、お母さんとの口論が起きてたくらいしか、私は知らない。


お姉ちゃんの部屋には、私の知らないものが溢れてる。

モノ自体は知ってるし、どんなことに使うのかも知ってる。

でも、お姉ちゃんが何を思ってそれらを欲しがったのかは知らないしわからない。

CADを使って、複雑な何かを作ってたのは見たことあるし、他にも色々。

それをしてる間のお姉ちゃんは楽しそう。

どうにか言うことを聞かせようと小言を言うお母さんの相手をしてるときとは、雲泥の差だった。

パソコンの前に座ってる時間は長いんだけど、それでも一定以上の成績をキープしてるの。

だからお母さんも、それ以上は言えないみたい。


私も、お姉ちゃんも、平日昼間は学校に行って、放課後は友だちと寄り道しながら帰るのが私。お姉ちゃんは真っ直ぐ帰宅してパソコンに向かい合う。

お母さんが愚痴ってた。

両方とも部活には入ってない。

私も帰宅したあとはすぐ夕飯になることが多くて、そのあとは宿題とか予習かな?

お姉ちゃんが何をしてるのかは知らない。

休日は逆ね?

お姉ちゃんは外に出かけて行くことが多い。

私は日頃遊んでる分を取り戻すために自宅で勉強。

たまに外出することもあるけど、参考書や問題集を買うためだったりで、遊びが目的じゃない。

代わりにとびっきりおめかししていくの!

用事が終わったあとは、お洒落なカフェでケーキセットを食べたりしてストレス解消。

根を詰めないように、って、お母さんがショッピングに誘ってくれることもあって、その度に色んなものが増えていった。



……だから、かな?


私、勘違いしてた。

調子にのってたんだと思う。


お姉ちゃんに溜め息を吐いて、私を褒めるお母さんにくっついて、


『私はお姉ちゃんみたいな人間にはならない』


って、お姉ちゃんを見下してた。

あの程度の成績でどうするつもりなんだろう?って。

言動や行動がだんだん大胆になっていく私に、お姉ちゃんは何も言わなかった。


『勉強するのは悪いことじゃないし、頑張ってる雅は凄いと思うけど、それを理由に人を見下すのはどうかと思うわよ』


とは言われた。

お母さんの言うことをずっと聞いてた私は、お姉ちゃんを悪く言うお母さんの思考に染まってしまっていて、お姉ちゃんの忠告を鼻で笑い飛ばした。


『私に勝てないクセに?』


その言葉に全てが集約されていたように思う。


努力をしない姉。

私より出来の悪い姉。

母が褒めるのは私ばかりで、姉には溜め息ばかり。

何故か優しい目で姉を見る父が、私と母は不思議でならなかった。


その夜。


『学校の成績だけが全てではない。

雅は視野が狭すぎる。たかが高校の成績で有頂天になっても、社会では何の役にも立たないぞ』


厳しい父の言葉に硬直し、けれど、


『貴方は何を言ってるの!

雅は努力してるわ、那和なんかよりずっと!

何度言っても私の言うことを聞かない那和と違って、雅は成績もトップクラスよ!?

そもそも貴方がパソコンなんてものを那和に与えた所為で、あの子の将来は引きこもりまっしぐらよ!

毎日どれだけのめり込んでるか知ってるの!?

あんなのは家族で共有すればいいの!

それを個人用に与えたりなんかするから、那和は勉強しないのよ!!』


と言う金切り声を聞いて我に返った。


出来の悪い子ほど可愛い


父が姉を庇うのは、それに違いないと信じて疑わなかった。



それからは私とお母さん、お姉ちゃんとお父さんに別れての冷戦が始まった。

違うわね。私とお母さんが一方的に敵視してただけ。

次の日からお母さんは、お姉ちゃんとお父さんを無視しだした。

戸惑いはあったけど、昨日の理不尽な責めを思いだしたら、こんな対応をされるのは当然だと、私もそれに倣った。

帰宅したお父さんにお姉ちゃんが何か言ったみたいで、

『気に入らないことがあるからといって、子どもの食事すら用意しないとはどういうことだ!』

と怒鳴ったお父さんの言葉を聞いて、お姉ちゃんの朝食も夕食もなかったのを思い出した。

単に顔を合わせ辛い私より早く食べたものとばかり。

流石にやり過ぎなんじゃ?とも思ったけど、そんなお父さんの形相にも、お母さんは知らん顔をしていた。

『那和にもお父さんにも反省が必要なの。

謝ってこない限り、私は絶対に許さないわ!

なあなあにして同じことを繰り返されても困るし、雅の邪魔になるからね』

少しの間だから我慢してね?

そういって、こんな中にいたら息が詰まるから、明日は一緒に外食にしましょう、と微笑むお母さんに頷いたけど、心の中には言いようのないモヤモヤが生まれていた。


相変わらず部屋に籠っているお姉ちゃんを放って、お母さんと二人、両手が荷物で一杯になるくらいショッピングを楽しんだあと、レストランで夕食をとった。

家に帰ったのは九時前で、外は真っ暗。

玄関前の門灯がついてないのを見て、

『何もしてないんだから電気くらいつければいいのに!』

って憤ったお母さんの言う通りだと思った。

そして……、


家に入って異変に気づく。

玄関だけじゃない。

どこの電気もついてない。

キッチン、リビング、……お姉ちゃんがいる筈の部屋さえも。

お母さんは全く気づかず、ぷりぷり怒りながら電気を灯していった。

お母さんの手前、お姉ちゃんの部屋へ行くことはできず、かといって、お父さんを待つことも許されない。

お母さんの機嫌は最悪だった。

不安が的中したのは翌日。

勝手に用意をするお父さんを無視して、出勤を見送った。

いつまで経っても姿を見せないお姉ちゃんに痺れを切らしたお母さんが部屋へ押しかけ、


『どういうこと!?何でいないの?

あの子、何も言わずに外泊したんじゃないでしょうね!』


と、お姉ちゃんがいない部屋の中で叫んでた。

私も登校の時間が迫っていたし、簡単に調べてみたら、制服や学校の教科書が見当たらなかったことから、私たちと顔を合わせたくなくて早くに家を出たのだろうと結論づけて、更に怒りを露わにしたお母さんを宥めてから、私も家を出た。

騒動のせいで危うく遅刻しそうになった私は、休み時間に念のためお姉ちゃんの所在を確認しに行ったけど、ちゃんとクラスにいるのを見て、安心するとともに怒りが込み上げてきた。


自分勝手な我儘で家族を心配させた挙句、平然としてるなんて何様!?

お母さんの言ってた通り、私にまで被害がきた!

許せない!!


そう思った。

一言言ってやらないと気が済まなくて昼休みに押しかけたら、


『家で顔を合わせても全部無視。洗濯、食事、全部自分でやれといわんばかりに放置して、遊びに行ったのは誰?

深夜まで帰ってこなかったんじゃないの?

しかも理由が理由。子どもが自分の思い通りにならなかったから世話を放棄した。

あの人は専業主婦よ?開いた口が塞がらないって、こういうことをいうのね。勉強になったわ。

私だって気分が悪いの。お望みどおり、顔を合わせないようにしてあげたのに、今度は何の文句があるのよ』

『なっ!当たり前じゃない!!姿が見えないと心配するでしょ!?

お母さん、那和が勝手に外泊したんじゃないかって怒ってたのよ!

我儘、自分勝手好き勝手にしてないで、朝くらい挨拶しにきなさいよ!!』

『……心配?ふ〜ん、心配ね。

朝になって外泊したのかどうかを疑ったってことは、昨日は確認してないんだ?

昼過ぎに出て行ったのに?そのときは確かにいた私に、な〜んの用意もしないで、声すら掛けないで出ていって、しかも帰ってきてからも放っておいて?

冷蔵庫にも大したものは入ってなかったから、全部自分で用意したのよ?

昼食も、夕食もね。私の貯金から出したわ。

何処にお札の一枚さえ渡さずに、複数いる子どもの一方だけを連れて遊びに行く母親がいるの?

それって、育児放棄。酷い言い方をすれば虐待よ?

私が幼児じゃなかったから如何にかなっただけ。

自分たちのしたことを、もう少し冷静に考えてみるといいわ。

ショッピングもどうせ、前にお父さんが驚いてたみたいに、全部クレジットカードで落としたんでしょ?

今度は何を買ったの?

帽子?ネックレス?夕食はまたレストラン?

お父さんのご飯も作らない癖に、そのお金だけは好きに使うなんて、どういう思考回路をしてたらそんなことが出来るのかしら?理解に苦しむわ。

働いてくれてる人を蔑ろにして、子どもの片方だけを推奨して、推奨されてる方も自分たちの傲慢さを棚に上げて非難する。

……私はね、いないように扱われるのがわかってるのに、わざわざ気分を害するところへ行かなかっただけ。

自分たちはよくて他は駄目なんて、我儘はいい加減にしたら?

私は貴女の人形でも何でもないし、母親のストレスを解消するためのサンドバッグでもない。

文句も、やるべきことを最低限してから言いなさいな』

『〜〜うるさい!私なんかよりずっと勉強できないくせに!!

あんたこそ、学生の本分全うしてから文句言いなさいよ!』


意にも介してない風に反論してきたお姉ちゃんに苛立って、思わず大きな声がでた。


瞬間。


教室内の空気がザワッと総毛立ち、その異様さに周囲を見渡せば、お姉ちゃんの側にいた女の子が、恐る恐るといったふうに声をかけてくる。


『あの…、茨木さん、の妹さん、なのよね?』

『そうです。茨木雅って言います』

『さっきの言い合いは取り敢えず置いといて、一緒に住んでんのよね?』

『?…そうですけど』

『………それなのに、知らないの?』

『?何のことですか??』


歯切れ悪く聞いてくることの意味がわからず返答を返すと、質問してきた人だけじゃなく、お姉ちゃんの後ろに見えていたクラスメイトの殆どが、信じられないという顔をした。


『那和…』

『……父は違うんだけど、母はテストの点数以外に興味が無くて』

『はあ!?通知表は?見せないの??』

『一年のときは見せてたんだけど、無駄だって。最近は見せてない』

『……………ある程度は聞いてたけど、もの凄く苦労してんのね。

那和って補習対象になったことないわよね?それって全教科、赤点は取ってないってことでしょ?

前に、教科によっては成績にかなりの差がある、って聞いたことあるけど、理数系科目はかなり上位じゃないの??

そうじゃなきゃあんなのは到底無理だろうし……、でも、現国は得意だったよね?古典、漢文が苦手なの??

歴史なんかも詳しかったし、副教科で問題が?

うちは貼り出しもないし、順位も配られたりしないから断言は出来ないけど、那和って相当成績いいはずよ?

なのにどうして、存在拒否られたり食事抜かれんのよ!

そんなことしてんの母親なのよね?

那和が言うこと聞かないって、それこそ何のこと言ってんの??

成績だって充分じゃない!!』

『お姉ちゃんはもっと出来るはずなのにしないの!

お母さんはそれを怒ってるのよ!!

家ではパソコンばっかり。休日は殆ど外出して遊んでる。

もうちょっと真面目にしてれば何も言われないわよ!』

『いやいやおかしいでしょ!

私もそうだけど、那和にわかんないとこ教えてもらった子って結構いるよ?

この学校通ってんだから知ってるだろうけど、ココって特進クラス!学年で七クラスあって特進クラスは二クラスだけ。

単純に考えても那和の成績って、最低でも上から二割に入ってんのよ?

そこにいて、人にスラスラ教えられるくらいの実力があんの!

それだけでも出来る子だってわかんでしょ??

休日に外出するのは、家族が煩くて勉強の邪魔だって聞いてるよ?

近くにいる祖父母の家でやってんのよね?私もお邪魔したことあるもん!

静かで集中できるって。それも知らないの?

今は悪い意味で煩くないのかも知れないけど、言い合い聞いてただけでもわかるわ!

絶対見当違いの小言言いまくって那和の邪魔してる。

那和がどうこうじゃなくて、アンタたちが那和の邪魔になってるのよ!

間違いないわ』

『なっ…!?』

『パソコンだってそう。

買ってもらった経緯って、雅さんの入学祝いじゃなかった?

去年、那和のときも二人してお祝いしたんだよね?

那和がパソコンで、雅さんがブランド時計だったって聞いてる。

自分こそ勉強関係ないじゃん!

そもそも那和がパソコン欲しがったのって、今年の夏に企業へ応募するプログラム組むためでしょ?

将来就きたい仕事の腕試しじゃん!

何が悪いの?

それに必要な科目の成績は上々。他もそれよりは劣ってても平均以上。

私たちからしたら、アンタたちの方が信じらんない。

子どもの、姉の邪魔を散々しといて、成績が〜、遊び過ぎ?

アンタたちの言う真面目って、何?

那和は真面目よ!真面目に将来のこと考えて行動してる。

一緒に住んでる筈のアンタたちが、私たちより那和のこと知らないのも信じらんないけど、自分たちが邪魔しまくった子にする所業も大概よ!

耳もとで喚いて、外へ逃げられたら遊んでる?

存在無視って挨拶しに来い??

メシ抜きで結果出せ???

やることなすこと全部が全部、下げマンの典型的特徴じゃん!』

『……ついでに付け加えといて。

パソコンするヤツは、将来ニートか引きこもりだと思ってる…』

『…へっ!?それ本当?

ありえない!あ〜り〜え〜な〜〜い!!

英語と一緒よ!今の時代にパソコン扱えなくてどうすんの?

将来の夢語る前に、つける職業の範囲激狭じゃん!!

別に思ってんのはいいと思うよ?人の勝手だもん!

だからって自分の子とはいえ、押し付けだけはノーサンキュー!ありえない!!

専業主婦って言ってたわね。自分の時代で刻止まってんじゃないの?

母親はそれでもやってけるかもしんないけど、子どもに時代遅れ押しつけちゃダメだわ!

それこそ時代の波に乗り遅れて取り残される。

脛齧り一直線じゃない??

……もしかしたら、ソレ、狙ってんのかも。

そしたら離れていかないだろうし、自分が優位に立てる。

那和の邪魔してんのも怪しいわ。

小言言って、文句言って、失敗すれば、自分の言うこと聞かなかったからこうなったんだ!これからはちゃんと聞きなさいって支配できる。

それ以降のやることなすこと全部に文句つけて破棄できる。

蔑んで、嘲笑って、飽きたらポイ。貴女が悪い!まるで奴隷ね?

今の状況聞いても容易に想像できるわ。

那和、悪いことは言わない。

早めに対策考えた方がいいよ?』

『………そうする』


私とお姉ちゃんの話し合いだったのに、最後は知らない女の独断場。

予鈴が鳴って、急いで教室へ帰るハメになってしまった。

次の授業中は、教師の説明なんか上の空。

一方的に捲し立てられた言葉ばかりが、頭の中をグルグル回ってた。

私が在籍してるのは、『普通』クラス。

『特進』クラスのことは知っていたけど、お姉ちゃんがそうだとは知らなかった。

お母さんは…、知ってる筈、だよね?

それであの態度なの??

知っていたなら、私とお姉ちゃん比べるのって、おかしくない!?


チャイムに遮られて中途半端なまま別れちゃったから、放課後急いで教室を訪ねた。

お姉ちゃんはもう見当たらなくて、でも、


『申し訳ないけど、茨木さんの妹さんだとしても、あんな騒動持ち込まれちゃ私たちとしても迷惑なの。

テストの点や通知表の成績は、私たちだって気にするわ。

でもね?それだけじゃないのよ。

『特進』ってのは、成績が優秀ってことの他に、突出した才能があるってことでもあるの。

だから色んな考えを持ってる生徒が集まってるわ。

貴女の言いようは、私たち全員に喧嘩を売ってるのと同じ。

巻き込まれたくないの。

茨木さんには悪いけど、ここに家庭の問題を持ち込んでこないで!

あのあと、茨木さん、私たちに頭を下げたのよ?

彼女、友人どうし以外じゃ、教室でそんな話題だしたことないの。

言いたいことがたくさんあるみたいだけど、問題定義もそれに連なる騒動も、最終的な決着も、全部自分の家でして頂戴。

鬱憤ばらしのために来ないでほしいの』


言葉はキツく、やんわりした態度で追い出された。

目の前で引き戸を閉められたとき、私を襲ったのは大きな不安と、ほんの少しの後悔。



お母さんがたくさん褒めてくれたから、私は自信を持った。

お母さんが溜め息ばかり吐くから、お姉ちゃんはダメな子なんだと思い込んだ。

お姉ちゃんの注意を鼻で笑い、お父さんの言葉を意図して無かったことにした。

家族内で燻っていたことを、私が外に持ち出して、今日、手痛い深手を負わされた。

みんなお姉ちゃんの味方だった。

私の、お母さんの言葉に頷いてくれる人は、一人もいなかった。

お母さんがいつもしてたみたいに、お姉ちゃんが深い溜め息を吐いていて、それをお姉ちゃんのクラスメイトが、赤の他人が、気の毒そうに見ていた。


ウソだ!


と言いたかった。

間違ってるのはお姉ちゃんで、私たちが正しいのだと。

なのに言えなかった。

だって私、お姉ちゃんが特進クラスにいることさえ知らなかった。

入学時点で偏差値がずっと上だったお姉ちゃんと、目に見える数字だけを比べていた私の、何と滑稽なことか!

知ってる筈ことを教えられなかったことは、私がお母さんに持っていた信頼を、そのまま全部疑惑に変えた。


家に帰ってから、それとなく聞いてみたの。

『…お姉ちゃん、就きたい仕事があってパソコンとかしてるらしいよ?

お母さんの知らない仕事かも知れないけど、そのための勉強は頑張ってるんだって。

その努力は認めてあげられないの?』

って。

お母さんの答えは、こう。


『那和が言ってるのは、くだらないお遊びの言い訳よ!

頑張ってるのも努力してるのも雅のほう。

雅は那和のようにならないで』


私は…、那和のように時代の波に乗ってはいけないの?

まだ『夢』と言えるものはないけれど、お母さんが示したレールをハミ出るのは、存在を否定されるほどいけないことなの??


『誠新学園高等学校』という、時代の最先端を行く新設校の生徒たちが、こぞってお姉ちゃんの言葉に頷いたからだと思う。


お母さんの言うことも間違いではないけど、お姉ちゃんだって間違ってなかった。


……じゃあ私は?


私はどうだった?

お母さんの言うとおりに頑張ったけど、良い成績を取り続けるために努力したけど、私が率先してしたことじゃない。

お母さんが言ったから。

褒めてくれたから頑張った。

そしてそうじゃないお姉ちゃんを見下した。


……もしかして、一番間違ってたのは、私なのかも。


どうすればいいの?

お姉ちゃんはもう私の味方なんてしてくれない。

お父さんにもきっと嫌われた。


ここでお母さんに反抗したら?


きっと私もいない子にされる。

誰も味方になってくれないまま。


こわい、コワイ、怖い。


あれから、お姉ちゃんと家で顔を合わせることがなくなった。

お父さんは何度か見かけたけど、お母さんが来て私を遠ざける。



雅はお母さんの言うこと聞いてくれるわよね?

雅は悪いことしないわよね?


雅は……、お母さんを裏切らないよね?



助けて、誰か助けて!

私は、誰かの人形になんてなりたくない!!

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