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4. とろける認識

午前中に内科医院で診察を受けた祖母が、院内処方と処方箋の両方を提示されたことで、うっかり院内処方の方をもらい忘れて帰ってきたらしく、学校帰りに受け取ってきてと、高校に入ってから持たされているスマホに連絡が入った。

中学までは小学校からの延長で、これでもかと言わんばかりの制限がかけられた携帯電話を与えられていたので、使い勝手自体はよくなったけど、まだそれほど多くの友人たちと番号その他を交換してる訳でもなく、家族からくる小間使い的な連絡が殆どだ。

特に予定も入ってなかったから、何も考えずに頷いたけど、まさか『香月夕』が住んでいる自宅兼診療所だったとは思いもしなかったのだ。


住宅街の奥まったところにある診療所。

周囲の住宅に溶け込んでいる外観からして個人所有、自宅隣接を容易に予想できる立地である。

事実、香月夕の自宅だった訳だが、中学までならともかく、高校は遠くから通学してくる生徒も多いので、彼もてっきりそのクチだと思い込んでいた。

大半の大人が冷めた目を向けるおイタも、近くでするよりは、ある程度離れた地区でする方がアシがつきにくいものだ。

彼であれば、凡ミスで正体を知らしめるようなことにはならないだろうし?


僕としては、恩人の一人である彼に何かしらの不都合を押しつける気は無かったので、早々に再会してしまった学園での様子をみて、すれ違えば頭を下げる程度の先輩後輩を演じようと決めていた。

必要があれば向こうから接触してくるはずだから。

色々聞きたいことは勿論あるし、あの人も交えて話が出来たら楽しそうだとも思う。

でも、ごく普通の学生である僕が、あの出来事についてとやかく詮索するには、それをしたことで起きるかも知れない何かに責任を取ることが出来ないのだ。

彼から投げかけられた言葉が拒絶でなかったから、きっとそのうちに話せる機会はくる。

そう思って、何もない風を装った。


薬を受け取るのを忘れたことへの謝罪と、逆に注意して念を押さないまま帰してしまったことへの謝罪を互いにしながら診療所を出たところで、ちょうど帰宅してきた香月夕と鉢合い、半ば強引に自宅の方へ連れ込まれた。

引きずるように案内された自室は、学園での、真面目そうな彼を彷彿とさせるものだった。

本棚には辞書と参考書が並び、勉強机の上は綺麗に整理整頓されている。

何冊か今話題の芸能人を特集した雑誌が無造作に置かれていたが、あまり読み込んだような形跡は見られない。

女子のことはよくわからないけど、同年代の男子が好みそうな、女性を惹きつける云々と銘打ったファッション雑誌の側に、彼が使用しているんだろう整髪料のスプレーが転がっている。

夜の彼を思い起こさせるようなものは、何処にも見当たらない。

その彼しか知らなかった僕から見れば、そう思われるように、無理して作っているようにしか思えなかった。


………ここは本当に、『香月夕』の自室なのだろうか?


そんな疑問まで湧きあがってくるほどの不自然さであった。


兄、であるらしい、『翔』と呼ばれた、夕さんよりは何歳か年上の男性に歓迎され、昨夜聞いたような若干荒い言葉遣いを披露する彼を見ながら、彼らの掛け合いが終わるのを待つ。


……あんまり似てない。


いつも診察してくれる先生の方にお兄さんの面影が濃く出ている気がするので、夕さんは母親似なのかも知れなかった。


夕さんは学園での様子と昨夜の様相から、日常ではかなり自分を作っていると推測したけど、お兄さんの翔さんも、こう、なんて言うんだろう?

意味深というか、歯にものが挟まったような言い方をする。

とにかく、素直に本音を話す人ではないと理解した。

夕さんが、考えの凝り固まった大人からは不良としか見られないだろう方との関係を隠そうとしているのはわかったので、会話を止めるために口を挟んでみたけど、思いのほかその言動が翔さんの琴線に触れたらしく、夕さんが気づかないくらいに向けられていた警戒心が消し飛んで、あっさり退室してしまった。


数分間の短い応答だったにも関わらず、どっと疲れた気配を醸しだす夕さんには悪いけど、気の抜ける筈の場所ですら、日々こんな腹の探り合いに近いことをしているのかと思ったら、ポロっと失言が飛び出して、今度は落ち込ませてしまったのは余談だ。



「……で?わざわざウチを選んでまで俺に会いに来たのか?」


鞄と共にフローリングの上に放置した薬の袋に目をやって、香月夕が投げやりに言葉を紡ぐ。


「?えっ、コレ、朝診察して貰ったお婆ちゃんの忘れものです。

昼前に家族からメールがきて、帰りに貰ってこい、って」

「………………………マジか、」


たっぷり間をとってそれだけを絞りだした香月夕は、本性を見せた相手とはいえ、会ったばかりと大差ない真田瑛二がいる前で、頭を抱えるようにしてベッドに突っ伏した。

自己嫌悪に陥ってるんだろう。

……理由はわかる。

優等生としての顔と、深夜の街をチャラい格好で徘徊する二面性。

そのことについて問い質すか、本当に言っていたような礼をしにきたのか。

香月夕が考えたのは、真田瑛二が『自分』を目的としてこの場所を訪れたのだと疑いもしなかった。

しかし現実は、ただ忘れものを取りにきただけ。

それも、家族に頼まれてのおつかいである。

タイミングよく顔を合わせてしまったことで、深読みしすぎた香月夕が先走った結果であった。


「…関わって欲しくなさそうだったので学校では声を掛けなかったんですが、夕さんって意外とおっちょこちょいなところもあるんですね?」


そして、無自覚に抉ってくるのが真田瑛二という人物であると、香月夕はこのときしっかりと認識したのだ。



「じゃあ、勘違いだったんなら帰りますね」

「え?はっ!?いや、連れてきたの俺だけど、お前はそれでいいのかよ!」


用が済んだのなら、と、何の名残惜しさも見せずに荷物を持って部屋を出て行こうとした真田瑛二を、香月夕が引きとめる。


「お前の考えはわかったけど、もうここにいんだろ?

翔も消えたし他の誰に聞かれるわけでもない。

外ではあの態度で通す気なら、今まさに聞きたいこと聞ける状態じゃないのか?

むしろ今聞かねえなら次があるかわかんねえぞ!?」

「……うん、まあ、そう言われればそうなんですけど?」

「なんだよ…」

「夕さんのいうところの、『聞きたいこと』を聞いたところで、僕の疑問が解消される以外のメリットってあります?

反対に本当なら知らなくていいことを知ったことで、要らん連中から目をつけられたりしませんか?

あのときみたいに胸ぐら掴まれたとしても、知らなけりゃ、単に人を甚振りたい連中以外は拍子抜けして捨て置いてくれますよ。

あれも運の悪さで捕まったようなものですし。

けど、夕さんの何かを知ってるって思われたら、ややこしいことになると思うんです。

ほら、あれだけ普段しっかり隠せてるんですから、それでもどうこう言ってくる人って、きっとそういうのには聡いと思いますし、変に『コイツ、アイツの弱みじゃね?』って勘違いされたら、僕としても迷惑ですから」

「………」

「それに、ですね?

僕、薬受け取ったらすぐ帰って来いって言われてまして、そろそろ催促の連絡が………」



ヴヴヴヴヴ


……真田瑛二の言葉を待っていた、と勘ぐりたくなるタイミングでのバイブ音。

話題を出した本人も驚いたようで、ズボンのポケットから出したスマホをタップしたんだが、やはり焦っていたんだろう。


「あっ」


しまった!というニュアンスの呟きが聞こえたと思ったら、


『薬取りに行くだけでいつまでかかってんの!

もうとっくに帰ってきてる時間の筈よ!?

今日はすぐ帰って来なさいって連絡したでしょ!!』


慌ててタップしたのがスピーカーのアイコンだったようだ。

殊の外大きい声が部屋の中に響き、真田瑛二が申し訳なさそうに眉を下げた。

今にもハアという溜め息が聞こえてきそうな様子でスマホを耳もとにあてる彼から、それを奪いとる。


「すみません、真田くんのお家の方ですか?

僕は香月夕と言います。

真田くんが薬を受け取りに来たときに会いまして、家へ誘ったんです。

前に良い参考書がないかって言う相談を受けていたので、ちょうど良い機会でしたし、僕の使っていたので良ければ見ていってはどうか、と。

無理に引き止めたのは僕なんです。

申し訳ありませんでした」


真田瑛二がポカンと口を開け、母親だろう声の主が通話向こうで絶句していた。


先に我にかえったのは真田瑛二だったが、スマホを取り返そうと迫ってきたのを躱したりしている騒動が伝わって、母親が慌てだした。

急に敬語になった母親は、俺と自分の息子がいつ知り合ったのかを問いかけてきたが、同学校の先輩後輩だとの言葉に納得して、それ以上は聞いてこなかった。

お得意の優等生演技とおべっかは問題なく機能している。

後は面倒な詮索もなく、『息子をよろしく』と言い捨てて、『なるべく早く帰します』との返答には、さっきの剣幕は何処へやら、いえそんなと前言を簡単に返上して、朗らかな声で通話を終了した。

『先生の息子さんなら』

との言葉には、大人特有の打算と媚びを少し感じたが、これはいつものことなのでスルーする。

それよりもコイツをこのまま帰す気がなくなったので、あちらの提案は願ったり叶ったりなのだ。

真田瑛二が、


「うちの母さん、真っ先に振り込め詐欺とかの餌食になりそう……」


という台詞には笑ってしまった。

俺もそう思う。


不貞腐れた顔でスマホを受け取り、不機嫌な様を隠さない対応をされたのも初めてで、妙に心が踊った。

なのに、いざ俺のことを話そうとすると、にこやかな表情で話しを逸らされ、

『それよりも、夕さんが言ったんですから参考書を見せてください』

と詰め寄られ、表紙の表記と出版社をメモに控え始める。

どこそこはこの単元がわかりやすいとか、この教科はこれ一冊で充分だとか。

そんな、普通の学生がするような会話が続いて、気づけば二時間が経っていた。


「ありがとうございました。

とても参考になりました!」


流石にそろそろ帰ります、と言う真田瑛二を見送って、


俺の目的は何一つ達成されないままだったのに唖然となった。

翔が、呆然となった俺を見つけてゲラゲラ笑っていた。



真田瑛二は天然に見えて、手強く鋭い。


次はどうやって捕まえようか?

そう思うくらいには、彼のことを気に入ったのだ。

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