最終話 どうにかなるさ
突如姿を現した女が不敵に笑う。
表情からは僅かに幼さが感じられ、目鼻立ちにアメリアの面影が残している。
成人女性にしても手足はスラリと長く、子供特有のふっくらした丸みには程遠かった。
「フフフ、眠りにつくこと数万夜。ようやく力を振るえるというものよ……」
長い銀髪はややくすんだ色味でありながら光沢のある髪を、透き通るような肌に絡めている。
そのおかげで一糸纏わぬ姿であるが、クリティカルなパーツは絶妙に隠すことにも成功していた。
「アメリアちゃん! 何てこと!」
アイリスは絶叫すると手近な布を手にして、それを裸ん坊に巻き付けてやった。
いや、真っ先にすべきことはそれで良いのか。
もっと気にすべき事があると思うが。
「ぬぅ! 恐れるべき事態がとうとう起きよったか!」
「マリィ、こいつの何が脅威か教えろ!」
「妾とキャラが被っておる……これはゆゆしき事態じゃ!」
ダメだこの面子、ブレインが1人も居ねぇ。
こんな事ならリョーガを縛り付けてでも連れてくるんだった!
「なぁアメリア。そんな姿になって、どうするつもりだ?」
まずはコンタクト。
案外、気の良い娘さんかもしれない……。
「とと様、知れたことよ。天地を砕く我が力にて世界を支配し、そして邪魔な連中を皆殺しにするのだ!」
本格的にダメだコイツ!
そうこうしている内にアメリアの元へ魔力が集積し、そして放たれた。
体にまとわり付くような風が室内に吹き荒れる。
「いかん! 早く魔法防御を……」
「ええ! ちょっと、何よこの魔法!」
辺りに幾つもの大きなシャボン玉らしきものが漂う。
異様なのは、オレ以外の全員が中で囚われの身になっている事だ。
自力でそこから抜け出すことは不可能だろう。
術者本人による解除か、外部から破壊するしかなさそうだ。
「ほう、さすがはとと様。この程度の力には屈さぬか」
「アメリア……お前!」
「ならば。これならどうだッ!」
先程とは比べようもない風圧が押し寄せてきた。
両手で魔力による壁を即席し、どうにかそれを阻む。
力は恐らく五分だ。
足を踏ん張って必死に抵抗を試みる事でどうにか耐えた。
アメリアの発した風は出口を求めて暴れまわり、ついには壁や屋根を突き破って夜空へと飛び出した。
瓦やしっくいが重力を忘れて宙を泳ぐ。
レイラたちを封じた玉だけが無事であり、風の暴力を受け付けず、依然として室内を漂っていた。
「ほれほれ、とと様。こんなものではないぞ? まだまだ重たくしていくぞ?」
「クソッ! どうすりゃ良いんだ……」
「タクミィ! はよう炎龍を撃て! お主まで囚われとなれば、それこそ世界の終わりじゃぞ!」
アメリアに必殺の一撃を見舞わなくてはならないのか。
心に冷たいものが走る。
相対するのは、ついさっきまで共に暮らしていた家族だ。
凶相に歪んでいても娘同然の存在だ。
ーーそれを、討てるのか。
ミノルという、顔すら知らんヤツの嘆きが聞こえるようだった。
自然と舌が鳴った。
そして両手に籠めた魔力は引き続き防戦に充てる。
「タクミィ! 臆するな!」
「クックック。手加減をする余裕があるとは。父の威厳、とでも言うつもりか?」
「……やるしか無いってのか、アメリア!」
「良い機会だろう? ここでどちらが強いか、みきわめ……」
そのとき、アメリアの体が揺れた。
まるで穴の空いたバルーン人形のように、ユラリユラリと萎みながら揺れた。
風は既に止み、囚われた連中もすべて元通りだ。
そうなった今もアメリアの収縮は止まらず、体に巻き付けた布もスルリと地面におち、本人はそれに包まれる形となった。
「あれ……? あれぇ!?」
目の前に居た女は、再び3歳程度の幼女に戻ってしまったのだ。
「アァーーン! ちぢんだぁーー! ミソちょうだいよぉぉ!」
もしかすると、味噌食が成長条件なのか。
だから食後に膨らんだのだろうか。
真相はさておき、料理の数々は先程の風に飛ばされ、あちこちに飛び散ってしまっている。
壁も屋根も総吹き抜けとなったこの部屋に、味噌どころか食べ物ひとつ残されてはいなかった。
「のうタクミ。今なら封印も容易いが……?」
「ふざけんなよマリィ。オレがそんな意見を取り入れると思うか?」
「まぁ、そう言うと思ったわ」
「これは味噌が原因か?」
「間違いあるまい。流石は味噌の申し子よ。今後は味噌を食ろうたなら、存分に魔力を消費させよ」
そうすれば暴走はない、と言いたいのだろう。
ダイエットみたいなもんか、心の。
アメリアは泣きじゃくり続けたが、どうにか急場を凌げたようだ。
付近も建物以外に損害はなく、少なくとも死人は出していなかった。
それらの情報は、青い顔をしながらやって来た女将によってもたらされる。
もちろんすぐに、今回の騒ぎはウチの子のイタズラであると告げた。
「左様でございましたか。それで、修繕費についてですが……」
「まぁうちが払うべきだよな。いくらだ?」
「概算しますと、この通りにございます」
「システィア。受け取れ」
システィアは額面を確認すると、鼻汁を勢い良く吹いた。
よほど楽しい事になってるらしい。
「タクミさぁん! これ、この間のスケルトンたちの貢ぎ物が全部吹き飛んじゃいます!」
「へぇ。ちょうど良いじゃん。どうせあぶく銭だし」
「いやぁぁ! 投資でも出資でもないのに大金を投げ出すなんてイヤァァ!」
かつてない絶叫とともにシスティアが昏倒。
レイラは瓦礫の中、救護に駆けつけようとしたが盛大に転び、マリィに痛烈なヘッドバッドをかます。
そこで2人、計3名が轟沈。
アメリアは延々泣いて、アイリスは必死の形相で娘を抱きすくめる。
後に残されたのは、ダイチ、そして請求書くらいか。
「パパァ……」
「なんだい?」
「これ、どうするの?」
「そうだなぁ、何とかなるさ。人生ってそういうものだからな」
「何とかなる? ほんとに?」
「リョーガっていう熊みてぇなオッチャンいるだろ? アイツに任せときゃ大抵どうにかなるのさ」
ここでふと、背後に有るか無きかの気配が漂う。
それは変態が持つ特有のものだった。
「なんだよイリア。用なら無いぞ」
「陛下が私めをお忘れでないかという、老婆心からくるものにございます」
「お前みたいなヤツを忘れるわけねぇだろ。敢えて放置してた。不服か?」
ここでイリアは両手を顔に押し当て、頬を真っ赤に染め上げた。
「とんでもない事にございます。これまでの為さりように、もう腰が砕ける思いにございます」
「あっそ。気持ち悪いっすね」
「今ならば何本でも入りますが、しばし外に出て中に……」
「黙ってろ」
「承知致しました」
それからその場は金に物を言わせて解決。
しばらく出禁扱いだろうが、そのうち解除を頼もうか。
ミレイア王に介入して貰えば簡単だろう。
それからオレたちはどうなったか。
アメリアの暴走は防げたかについては、ダイチが頑張ってくれた。
兄が妹を折檻して止めるという図式は、良い大人になっても続くのだった。
オレたち親世代はいつの日かこの世を去るだろう。
そうなった時、2人の子供たちの危うさが気がかり……とは思わない。
次の世代は、その代の連中が考えるべき事だ。
オレのようないい加減な親を持った事は宿命だと思って諦めてほしい。
まぁ、それでも何とかなるさ。
意外と世の中ってのは、バランスを取るように出来ているのだから。
ー完ー




