第9話 味噌の申し子
「灰龍姫とは、初代の魔人王であるミノルの実子じゃ」
朝早くに移動を再開したオレたちは、昨日と同じく身を寄せ合いながら揺られていく。
レイラはアメリアの特異な気質を不思議に思い、マリィに問いかけた。
そして返ってきた言葉が先程のものとなる。
「初代って……今からどれくらい昔なのよ?」
「ふむぅ。妾とて魔人ばかりを見守ってきた訳ではない。ゆえに多少曖昧であるが、500百年は遡るものと思う。ちなみにタクミは、4代目の王と言えるかの」
「見守ってきたって、どういう意味?」
「あ、いや、こっちの話じゃ! なんというか、今のは言葉の綾じゃ!」
マリィは危うく口を滑らせかけた。
思い返してみれば、コイツは自身が女神であることを隠そうとしてるんだっけ。
理由は知らんが、きっと下らんものだと思う。
「その初代の王さまって、どんな方だったのですか?」
「あれを一言で言うのは難しいのう」
「じゃあ、やっぱり強かったの?」
「無論じゃ。大陸一どころか、向かうところ敵無し。今のタクミと良い勝負じゃろうな」
「うへぇ、タクミと? 完全に化け物じゃないの……」
レイラが珍獣でも見るような目線をオレに送ってきた。
なんて失礼な露出凶だ。
いっそのこと馬車から突き落として、車内のゆとりを確保したくなる。
「それで、その初代様は大陸を支配したのですか?」
「いや、そうはせんかった。グレンシルだけを統治し、アシュレイルの都、今のアシュレリタに君臨したのじゃ」
「ふぅん。あまり野心を持っていなかったのかしら?」
「あやつの願望は味噌。あまねく豆を奪い、味噌を創り出すことにあらゆる情熱を向けておったな」
「そんなもんの為に? 嘘だろお前」
「タクミからすれば馬鹿げた話に聞こえよう。じゃが、あの男はやり切りおった。全ての王家を屈服させ、そして遂には己の願いを実現したのじゃ」
初代の人物像なんて知らなかった。
それはマリィ以外の全員が同じようで、あのイリアですら目を丸くしている。
それもそのはず、アシュレリタは1度焼け落ちているので、こちらに資料の類いは一切ない。
人間側も魔人憎しの反感から、まともな記述を残していないのだ。
歴史書では軒並み鬼だの悪魔だの、通り一編の表現に終始してる。
それが検閲の賜物かどうかは知らんが、読む価値の欠片もない内容だと記憶している。
「そんで、すっげぇ昔に産まれたはずのアメリアが、どうして今ここに居るんだ?」
「もちろん、封印されていたからじゃ。その残忍な気質ゆえにな」
「残忍……」
「ミノルは子宝に恵まれ、多くの賢人を世に残したのじゃが、この娘だけはな……。最も色濃く力を引き継いだは良いが、善良なる心までを持つことは叶わんかった」
マリィは言葉を切ると、乱暴に辛味噌トンボを齧った。
「じゃあ、封印したのって……」
「親心、というものじゃろう。勝負がついても命を取ることはせんかった。実の娘と刃を交える度に見せた苦悶の表情を、今となっても忘れられぬわ」
ミノルというヤツは、もしかすると子育てのやり直しをさせたかったんだろうか。
そして意図した結果かは知らんが、アメリアは赤子の姿で現れた。
皆が子供たちを見る。
ダイチたちが話に付いてくるハズもなく、互いに両手をつきだして『クルミどっちだ』と遊んでいる。
2人のやり取りには微笑ましさしかない。
だが、アメリアの手の大きさは、既に兄を上回ってしまった。
人智を超えた成長速度に、うすらと寒気を覚えた。
それからの車内は比較的静かだった。
散発的な会話は長続きせず、表情も比較的重たいものだ。
とても旅行中の様子とは思えないが、子供たちの楽しげな声だけが救いだった。
そうして馬車を走らせ、日暮れごろには目的地へと着く。
大きな木製のゲートには『ようこそ、ジャパン村へ』と書かれていた。
「はぁぁ、やっと着いたわね。もうお尻が痛くなっちゃった!」
暗い気持ちを追い払うように、レイラが体を伸ばしながら言う。
その調子に合わせる者はなく、曖昧な返事だけが返ってきた。
三々五々、宿へと向かう。
そこでオレたちを出迎えたのは、前回に鬼神のごとき武力を示した女将である。
「タクミ様、お待ちしておりました。お部屋の準備は整ってございます」
「久しぶりだな。また世話になるぞ」
彼女の穏やかな態度を前に、うちの女連中は身を固くした。
イリアなどは僅かに腰を落とし、静かな闘気を湛えだす。
手もなく敗けた記憶は未だに生々しいようだ。
せいぜい大人しくして欲しいもんだと思う。
「お食事のご用意もすぐに出来ますが、いかが致しましょう。先に湯浴なさるようでしたら……」
「そうだな、飯を先にしよう。みんな腹が減ってる」
「それではすぐにお持ちします。当館の名物料理『味噌づくし』をご堪能くださいませ」
「味噌? ねぇ、ここの名物って味噌料理だっけ?」
「なんじゃ。もう忘れおったのか? 前回もあれほど味噌料理を食べたであろうが」
「そうですよレイラさん。ジャパン宿といえば味噌。それくらい子供でも知ってますよぉ?」
「あれ、そうだっけ!? あれれ?」
唐突に記憶喪失となったレイラはさておき、オレたちは部屋へと通された。
一番の大部屋を手配したおかげなのか、急な人数変更にも対応してくれた。
荷物を降ろしながら料理を待つ。
その流れでレイラが掛け軸を指差し、「誰か読める?」と問いかけた。
そこには達筆で『悶絶死』と書かれていた。
漢字で書かれていたので誰も読めず、そしてオレは知らんフリをした。
一体誰に向けたメッセージなのかと思いつつ。
そうしているうちに、給仕たちが料理を持ってやってきた。
ちゃんと人数分あるので奪い合いはせずに済むだろう。
並べられた料理の数々はどれも旨そうで、思わず涎が溢れてきた。
取り分け『猪肉の味噌鍋』がグツグツと食欲をそそる音をたてている。
「おいしい! お鍋がほんとおいしい!」
「うむ、美味じゃな。魚の味噌漬けも絶品じゃぞ」
「アメリアちゃんはどうかな?」
「おいしいの! すっごく、すっごくおいしいの!」
アメリアは子供とは思えないペースで平らげていく。
さすが味噌狂い野郎の娘、とは言わないでおいた。
「おいしいの! おいしいの!」
小さな体に次々と料理が飲み込まれていく。
味噌鍋、味噌焼き、味噌漬けのあらゆる料理が。
一体どこに入っているのかと不思議に思っていると、『ブチ、ブチチ』と、布を割くような音が聞こえてきた。
「た、タクミ様! アメリアちゃんが!」
「体が……膨らんでる!?」
まるでバルーン人形に空気を注入したかのようだ。
不規則に体を揺らしながら、幼女の体は一段、また一段と成長していく。
そして、突如あたりに閃光が走った。
凄まじい程の魔力が集約する。
そして、再び姿を現したのは……。
「フフフ、ようやく本来の姿を取り戻せたか。窮屈な暮らしもこれまでよ」
見知らぬ女だ。
酷薄な微笑みと膨大な魔力を見せびらかせる、1人の若い女だった。




