第5話 魔物の影
第5話 魔物の影
「スケルトン・ロォド? なんだそれ?」
食堂にオレの不機嫌な声が響き渡る。
昼時から外れた時間のせいか、利用者は多くない。
だから端のテーブルにみんなでドカーって座ってた。
オレたち親組3人は昼飯をモグー。
ダイチも自力でご飯をパクー。
ミルク飲んだアメリアがンフー。
こんな家族団らんの真っ最中に、マリィとレイラがやってきた。
さらにはスケルトンがどうのって言い出すんだから、機嫌だって悪くなるさ。
飯の最中だっつうのにフザケんな。
「スケルトン・ロードは強個体の魔物じゃ。ロードを冠するだけあって、大抵は下位種族の集団を率いておる」
「はいはい。講釈どうも。んで、それがどうしたってんだ」
「私見ちゃったのよ! 南東の森でさ、人型の骨が歩いてるとこ!」
「ふぅん。……で?」
「いや、退治しないの?」
「なんで退治しなきゃいけないの?」
「えっと、その、危ないじゃない!」
敵かどうか判らんヤツをいきなり退治するとか、好戦気質も大概にしろ。
アマゾネスかお前は。
「タクミよ。スケルトンとは戦没者の怨念が、野ざらしの白骨に宿る魔物じゃ。生者への執着も強いと聞く。十分に危険な連中じゃと思うが」
「だから乗り込んで殲滅しろって? ムチャ言うな」
「事が起きてからでは遅かろう。悲劇を未然に防ぐのも王の役目ではないのか?」
「わーったよ、うっせぇな。森に近づくの禁止にして、攻め寄せてきたら郊外で倒す。それでいいか?」
「むぅ。もうちっとやる気を出してほしいが、落としどころか」
それきり2人は言い募るのを止めた。
オレもこれ以上譲る気は無かったから調度良い。
そもそも今はみんな忙しいんだよ。
リョーガは内政に掛かりきりだし、軍でも新兵の訓練が始まったばかりだ。
オレは子育てと昼寝で手が離せない。
無意味な外征なんか検討の余地すら無いってこった。
食堂での一件以来、特に異常は起きなかった。
平穏を絵に描いたような時間が、さも当然のように過ぎていく。
子供たちと楽しく遊び、疲れたら眠るという理想通りの日々だ。
スケルトンの話なんかすっかり忘れた頃、それは起きた。
「なんだ、この気配……?」
真夜中の静かな時間。
みんなが寝静まっている最中、遠くに不思議な魔力を持つ集団が現れた。
それは徐々にアシュレリタに近づいてきている。
ひとつひとつの力は小さいが、数はかなり多い。
まるで虫の集団を見つけたときのような、何とも言えない不快な気分になる。
「タクミさん、起きてますか?」
窓の外から声をかけられた。
そこにはリョーガが眠たそうな面のままで突っ立っている。
「起きてた。お前も気づいたか?」
「いいえ、僕がではなく、レイラさんです」
「レイラが?」
「ね、タクミ。この禍々しい気配は、きっとスケルトンよ! やっつけちゃおう?」
リョーガの背中に隠れるようにして、レイラが顔を除かせた。
その様子が少しだけ気にかかった。
暗がりでも解るくらいに震えてるし、顔色も悪そうだ。
「なんだお前、そんなに震えて。風邪か?」
「これは違うの。ちょっと苦手なだけ」
「苦手?」
「その、お化けとか! 幽霊とかが苦手なの!」
ここにきて明かされる、クソどうでもいい新事実。
レイラはお化けが怖い。
それを知ったところで、明日以降の暮らしに何ら影響の無いゴミ情報だ。
という事はだ、スケルトン退治を推奨してきたのも、自分が苦手な魔物だったからか。
公私混同も大概にしろ。
「どうします? 兵を起こしますか?」
「いや、まだ必要ない。オレらだけで様子を窺うぞ」
「わかりました、行きましょう」
「ねぇ、もしかして私も戦列に入ってるの?」
「当たり前だ。お前は魔道将軍を自称してるんだから、国難を前に逃げたりはしねぇよな?」
「クッ……。それを持ち出すのは卑怯よ!」
オレはリョーガを率いて、レイラを小脇に抱え、町外れに向かった。
夜中だから人の往来も無い。
目の前には無人の草原が広がっていて、遠くに森が見える。
例の気配はやはり森の方からだ。
「どうだ、視認できたか?」
「……居ました。容貌も話と合致します」
リョーガの言葉を合図にしたかのように、森から白い塊が続々と姿を表した。
真夜中に不似合いな白の集団が、隊列を組み直してゆっくりとこちらへ向かってくる。
ーーカシャリ、カシャリ。
骨が擦れるような嫌な音が聞こえる。
風向き次第では、微かな腐敗臭までが漂う。
死者の軍。
それがどれ程の力を持つか、オレは知らない。
強弱もそうだが、どんな特殊能力を持っているか不明だ。
だから、軍を率いての戦いを仕掛ける前に、オレたちで情報を掴んでおきたかった。
「タクミさん。真ん中に一回り大きいヤツが居るでしょう。アイツが群れのボスじゃないですか?」
「本当だ。あれがスケルトン・ロードかもしれねぇな。装備だって上等だし」
手にしているのは大抵が棒切れ、せいぜいが石斧という中で、立派な剣を持っている個体が居た。
遠目では剣の質までは判らんが、連中の中で一番強そうではある。
ーーまずはアイツを潰すべきか……。
そう考えていると、敵陣に変化が起きた。
ここから多少離れた場所で、スケルトンの軍は歩みを止めた。
そして親玉らしき個体だけが、こっちに向かって歩いてくる。
「何のつもりだろうな。一騎討ちとか?」
「まさか。そもそも自我なんて有るんですか?」
「ほ、骨が、骨がたくさんゥゥン……」
オレとリョーガは構えて臨戦態勢。
レイラは気絶して臨死体験。
迎撃の準備は完璧だ。
来るなら来い、スケルトン・ロードさんよ。
ーーガシャリ。
歩き続けたボスも、ほんの2メートル先の辺りで立ち止まった。
そこが間合いの外ギリギリなのかもしれない。
後ろのスケルトンどもが動く気配は無いが、ボスとの連携に気を付けなくては。
「さすがはロードですね。あの長剣はきっと業物てすよ。状態は良くないみたいですが」
「油断すんなよ。どんなスキルを持ってるかは未知数だからな」
「ええ、もちろん」
しばらくにらみ合いが続く。
スケルトン・ロードも眼球の代わりに埋め込まれたような、2つの真っ赤な光をこちらに向けている。
呼吸にして4つ。
状況はそこから動き出した。
「あのー、お兄さんたち。ちょっと訪ねたいんけども。時間くれるかー?」
陽気で気さくな声。
オレでもリョーガでもない。
もちろん気絶したレイラでも、第三者が現れた訳でもない。
目の前の骨がしゃべったのだ。
アゴの骨が開閉しているから、間違いない。
「驚かせてスマンなぁー。骨が喋って驚いとるっしょ? でもワシらに悪意は一切無いから、話だけでも頼むわー」
陰気な見た目に反して、異様な馴れ馴れしさで絡まれてしまった。
これ以降は戦ではなく、深夜の会談が始まることとなる。




