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3話 「予言者の真似事も少し楽しい(前)」

 畳の上に正座して瞑目する。

 背中はぴしりと真っ直ぐに、一切の乱れすら見せず。

 人に自分がどう見えるか、見られているか、それに注意を払えないような輩は、商人の風上にも置けない。


 常に折り目正しくしろ、そんなことを言っているわけではない。

 むしろ、堅苦しいばかりでは、人に敬遠されるだろう。

 時には、隙を見せてやるのもいい。

 しかし、それらは全て計算した上で見せるのだ。


 などと、少し語っちまったが、ようはTPOを弁えろ、そういうこった。



「お前さんが客人か。ほーん、ずいぶん若い商人さんだな」


 部屋に入ってきた男が、開口一番そんなことを口にする。

 俺はその男に対して黙礼する。

 平伏はしない。しかし如才なく、深く頭を垂れて見せる。


 そして、数秒置いてから、口を開いた。


「此度は、手前に会談の機会を下さったこと、御礼申し上げます、鈴木様」


 そうして頭を上げる。


「礼はいらんよ、仕事の話を持ってきたのなら、聞くのが当然だわな」


 何でもないという様に、手を振って見せる男。


「いえ、手前のような若造に、鈴木様のような方が時間割いて下さるは、大変有難きこと。喩え、手前が客の立場とはいえ」


 そう、目の前の人物は、高名な男であった。


 ――鈴木孫一、あるいは、雑賀孫市。

 鉄砲傭兵集団、雑賀衆の棟梁が襲名してきた名を、受け継ぐ男なのだから。



 雑賀衆、彼らは、ご近所さんの根来衆と共に、鉄砲集団として、戦国の世にその武名を高々と掲げて見せた。

 

 彼ら雑賀衆の立ち位置は少し特殊なもので、紀伊半島南西部を支配していた勢力だが、大名家や、寺社勢力というわけではない。

 語弊があるやもしれないが、一番しっくりくるのは傭兵集団という呼称である。


 傭兵集団というだけあって、彼らは各地の大名に依頼され、報酬と引き換えに各地の戦場に顔を出した。

 鉄砲集団としての彼らの戦働きは凄まじく、雑賀を味方にすれば必ず勝つ、だなんて言われるほどであった。


 後に、信長を最も苦しめることになる石山本願寺、彼らに雑賀衆は味方して、織田側にそれはまあ、酷い損害を与えたりもする。



 そんな油断ならぬ、油断していいわけがない、傭兵集団。

 その棟梁が、目の前の男。


 俺は、孫市を不躾でない程度に観察する。


 着ている服は上質なものだ。

 が、どうも粗野な雰囲気が溢れ出んばかりだ。

 折角な上等な着物を着崩し、髪はぼさぼさ、無精ひげがなんとも厳めしい。


 これが傭兵だ、そう言われれば、成程と納得しそうな風態。


 さて、問題なのは、これが孫市の真の姿かどうかだ。


 見てくれ通りの男なら、交渉相手として、相手にもならない。

 いくら腕っ節が立とうが、簡単に掌の上で転がしてみせよう。


 ああ、しかし、孫市が意識して、敢えてこのような風態をしているのなら、交渉事においても油断ならぬ手合いだ。


 まあ、きっと、後者だろう。

 そう思っておくのが無難だ。外れていても痛い目を見なくて済む。



「しかし仕事の話とは言ってもね。兄ちゃん、尾張の織田様の御用商人だっけ? そりゃ、俺らは基本、銭ッ子貰えりゃ、一緒に戦うがねえ。だけんど、尾張はちーっとばかし、離れ過ぎちゃいないかね」


 今回、俺は客としてここに来た。つまり、彼らを雇おうというわけだ。

 単純に銃を調達するだけより、鉄砲手もスカウトした方が、戦力化を図る上で手っ取り早い。


 が、孫市は懸念を示す。

 そう、当然と言えば、当然の懸念を。


 だが、問題ない。俺は今、彼らを雇おうというわけじゃない。

 本格的な火縄銃の大量導入を、未来の目標に掲げているのと同じく。

 彼らも、将来雇うつもりであった。

 ようは、前もって唾を付けに来たのだ。


「鈴木様、これを」


 ずっしりと重たい銭袋を、すっと孫市の前に差し出す。

 孫市は、銭袋を手に取らず、一瞥するだけに留める。


「何だい、こいつは?」

「手付金です。将来、雑賀衆を雇う。その報酬の一部を、手付金として前払い致します」

「……手付金、ね。でだ、その将来ってのはいつだ? 戦場はどこだ?」

「時は、十年以内。場所は……雑賀衆に御足労頂くまでもありません。戦場は、この畿内になりましょうから」

「はあ? 何を言って……」


 真実困惑した様子の孫市の目を、俺は真っ直ぐ捉える。


「十年以内に、織田は、斎藤を下し、六角を下し、上洛を果たしているでしょう。そして、畿内制圧に取り掛かる。雑賀衆には、畿内制圧の助力をお願いしたく」


 孫市は、あんぐりと口を開けている。


「どうかされましたか、鈴木様?」

「どうもこうもねえ。本気で言ってんのか?」

「無論。……戯言と思われますか?」

「そりゃ、お前……」


 孫市は、落ちつかなげに、自身の顎鬚を撫でる。


「仮に戯言でも構わないじゃないですか」

「あん?」

「そうでしょう? 鈴木様に何の損もありません。後になって、手付金を返せなんて、せこいことは言いません。織田が畿内に到達できねば、雑賀衆は戦働きすることなく、その手付金を懐に入れられるのです」

「確かに、そうだが……」


 俺はふっと微笑みを浮かべる。


「余りに現実味のない話に、戸惑っておいでですか? 無理もありません。鈴木様の御視点では、理解できなくて当然です。私が鈴木様なら、私の今の言葉を、唯の戯言と切り捨てるでしょう」

「俺の視点では? どういうこった? てめえ、俺の目が曇ってるとでも……」


 俺は手の平を前に押し出す。そして、首を横に振った。


「そうではありません。私と、鈴木様の視点の違い。それは、唯一つの事を見知っているかどうか、それだけに過ぎません。そう、鈴木様は、織田上総介という男を伝聞でしか知らない。だから、理解できない。……鈴木様も、織田上総介と直接顔を合わせれば、自ずと気付くでしょう。彼の男こそが、いずれ、天下に大号令を掛ける人物であると」


 孫市が俺を見る目は、戯言を宣う阿呆や、狂言を口にする異常者を見る目を通り越し、まるで幽鬼を見ているかのような、そんな目になる。


「それでは、手前はこれで失礼させて頂きます。……鈴木様、今日の話、くれぐれもお忘れなく」


 孫市が俺を引き留めようとしたのか、口を開く。

 だが、何の音にもならなかった。


 俺はそのまま立ち上がると、部屋の外へと歩み出た。



 ふふふ、予言者の真似事も悪くない。


 今この時点で、織田が畿内まで領地を広げる。そんなことを口にすれば、法螺吹きか、狂人かと判断されるだけだ。


 それだけに、もしこの予言が真実になれば、孫市の心胆を寒からしめることが出来るだろう。


 この段階で、一介の御用商人にそこまで確信させる。そんな、織田信長とは、如何なる大器を持った化物かと。

 そう、孫市は思うはずだ。信長という男に、畏怖を覚えるに違いない。


 なれば、こう考えずにはいられまい。

 

 ――本当に、そんな化物と敵対していいのかと。



 史実では、信長の厄介な敵になった雑賀孫市。

 彼の率いる雑賀衆、その中に楔を一つ打ち込んだ形だ。


 これだけで、信長に敵対しなくなる。

 そんな楽観視はしていない。だが、後々の調略で活きてくる。


 そも、雑賀衆とは、一枚岩の集団ではない。

 いくつもの小集団が寄り集まった共同体だ。必ずしも、その全てが親本願寺、反織田となるわけではない。


 実際、史実でも雑賀衆は分裂し、一向宗と関係の深いものは本願寺側に、織田に友好的であった根来衆に近しい太田党は、織田側についた。


 今の内から、織田に逆らうべきではない、そう刷り込ませることが出来たなら、来たる本願寺との戦いで、織田側につく雑賀衆を増やせるかもしれない。


 まあ、不確定ではあるが。やってみて、損はない調略ではなかろうか?



 さて、次は堺だ。ここで鉄砲を百丁ほど調達する。

 

 その信長からのお使いをこなしつつ、もう一人重要人物に会うとしよう。


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