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28話 「刺客」

 街道を歩く。道の両脇には、旅人が休めるようにという配慮であろう。日差しを遮る青々とした葉を付けた街路樹がある。

 その間を抜けていく。遠目にようやく城下町の姿が見え始めた。


「もう一息か。……このままいくと無事お城に着いちまうなあ」


 新有松織の新意匠を凝らした献上品を両腕で大切に抱えながら、俺は独りごちた。


「……大山様」


 護衛の一人が俺の傍に一歩詰め寄りながら、ぼそりと呟く。その護衛の警戒心に満ちた眼差しに、俺は事態の変化を悟った。


「噂をすれば影……か。いや、少し違うか? 実際にはまだ口にしていないしなあ」


 上手い文句が出てこない。しいて上げるなら『フラグを立てる』だが、この時代に横文字はしっくりこない。

 それに、下手に口にすれば、ブランドの二の舞になりかねない。

 などと、少し抜けたことを考えていると、先程耳打ちした護衛の男、弥七が、何とも言えない目でこちらを見ている。


「ん、んん! ……で、どうだ?」

「いささか、想定より数が多いやもしれません」


 弥七はそう言って、周囲に視線を走らせる。他の護衛たちも同様だ。

 俺も周囲の様子を観察する。右手には街路樹の下でどっかりと腰掛けた二人組。逆の左手に目を向ければ、所在なさげに立っている男が一人。そこでふと、前方からこちらに向かって歩いてくる三人組の男が視界に入った。


 揃いも揃って笠を深くかぶっている。その人相は窺い知れない。腰元には大小を差している。

 その三人組が近づいてくると、右手の街路樹の下で腰掛けていた二人組がやわら立ち上がる。左手に立っていた男も、明確な意思を以てこちらを見据えている。


「……後ろからも来ますな」


 その声に振り向くと、確かに後ろからも四人ほど走り寄って来る。


「ふむ、十人か。……頼んだぞ」

「承知した」


 そんな俺たちのやり取りを経て、弥七含む六人の護衛たちは刀を鞘から抜き放つ。

 向こうさんも最早隠す積りもないのか、自らの刀を抜き放った。


「大山様、下手に動かぬよう」

「ああ」


 六人の内五人の護衛が、俺を中心に円陣を組む。弥七は俺の直ぐ傍に立った。


「大山だな?」


 感情を消したような第一声。正面から来た笠をかぶった男の一人が、不躾に確認してくる。


「左様ですが……。そう問う貴方様は、武家の風上にも置けぬ鼠男様ですか?」

「ッ! ……精々囀っておれ。生意気な口を叩けるも今日で最後であるからな」

「それは困りました。死ぬ前に一度くらいは、織田様に人使いが荒すぎると、苦言を申し上げてみたかったのですが」

「……殺せ」


 ざっと、地を力強く蹴る音。刺客たちが躍りかかって来る。閃く刀身が陽光を反射して白く輝く。

 何とも華麗なものだ。そんな、場違いな感想が頭につく。


 まあ、自分は守られてばかりで、命がけで剣を振るっていないから出てくる感想だ。

 また、自らの護衛たちに対する信頼故でもある。それぞれ、馬鹿みたいに多い銭を払って雇い入れた達人だからな。

 むしろ多少の数的劣勢は跳ね返してもらわなくては困るというものだ。


 剣閃の煌びやかさと異なり、斬り合いそのものはどこか泥臭さを思わせる。

 面胴小手といった部位を狙う剣道と違って、何と言うべきか、そう無秩序さを感じさせる。

 ルールに守られた試合でなく、何でもありの死合であるからだろう。


 弥七は円陣を抜けた刺客から俺を守るために、実際に斬り合いには参戦してない。

 つまりこちらは五人で、丁度倍する刺客たちを相手取っているのだが……。

 流石は銭に物言わせて集めた男たち。一人も脱落することなく、円陣を堅守している。しかし……。


「……防戦一方だな。まだ刺客一人倒せていないぞ。これはどうなんだ?」

「数は想定内に収まっていますが……。ふむ、思いの外、刺客たちの腕も悪くない。……もしかすると、追い払うしか出来ぬやも」

「そいつはいただけないな」

「されど、命あっての物種。欲をかいて痛い目を見るわけにもいきますまい」

「……そうだな。最悪生き残ることを優先しよう」


 俺はむっつりとしながらそう吐き出す。そんな時であった、遠くから近づいてくる蹄の音を耳が拾う。

 遠目に見えるは、騎乗した男一人と、その周囲を徒歩で駆ける三人の男。おそらく騎乗の男の供回りであろう。


 ……不味いな。まさか新手か? 俺はここで初めて強い緊張感を覚える。そうして近づいてくる騎乗の男を注視した。

 刺客の一人、斬り合いの前に問答した男もまた、騎乗の男の顔を見る。図らずして、俺たちの声が重なることとなる。


「「柴田!?」」


 驚くべきことに闖入者は、織田家の重臣、かの柴田勝家であった。しかし、勝家が何故?

 勝家は戦闘の様子を見回すや、口を開く。


「何たる曲事か!!」


 地を震わすような大音声の一喝。そうしてドスンと音を立てながら馬上から飛び降りると、供の制止を振り切り自ら刀を抜く。

 一体どうなるんだと思っている内に、勝家は刺客の一人に斬りかかる。

 どうも勝家は刺客ではなく、こちらに助勢する積りらしい。

 同じくそれを悟った刺客側は一斉に逃げ腰になる。と思ったら、一人二人と逃げ出した。

 その様に焦ったのは、例の笠を深くかぶった男だ。


「逃げるな! くそ、くそぉぉおおおお!」


 そう叫ぶや、正に捨て身という風情に円陣の中央目掛けて突貫する。

 勢いだけは凄まじく、肩や脚を刀で斬りつけられながらも、円陣を突破して見せる。

 どうも浅かったようだ。あるいは興奮で痛覚が麻痺しているのか? 尚も勢いは衰えぬ。


「大山様!」


 弥七が叫びながら俺の腕を強く引く。その行為の甲斐あって、突貫する笠の男の軌道から俺の体は外れる。しかしその弾みで、腕の中から信長への献上品たる新有松織を収めた風呂敷を落としてしまう。


 突貫が空振った男は、落ちた風呂敷と俺の顔を交互に見る。やがて決断したのか、地に落ちた風呂敷を拾い上げると駆け出す。


「どけ! どけぇぇええええ!」


 片手で握った刀を滅茶苦茶に振り回しながら再び円陣を突破しようと試みる。

 これに円陣を形成していた護衛たちは、滅茶苦茶に振り回される刀を嫌がるように、容易く道を開ける。そう、容易く道を開けた。


「逃げるか! 卑怯者が!」


 勝家は逃げ行く笠の男、首謀者と思えるこの男を追いかけようとする。


「お待ち下さい、柴田様!」


 俺はそう言って、勝家の袖を引く。


「何をする!」

「落ち着いて下さい、柴田様! 逃げるなら逃がしてしまいましょう。深追いして火傷をしても詰まりませぬ!」

「無礼な! ワシがあのような卑怯者に後れを取るとでも言うか!?」

「いえ、手前が案ずるは柴田様でなく、己の身です! 刺客が今ので全てとも限りますまい。傍にいるお味方が減るのは心細く思います。どうか、どうか!」

「……袖を放せい。相分かったわ」


 その言葉に俺は掴んだ袖を放す。勝家は鬱陶し気に腕を払った。


「……柴田様」


 勝家の供の一人が声を上げる。その男は、血溜まりに沈む男の笠をはぎ取って、その顔を改めていた。


「知った顔か?」

「はっ。……足軽小頭の中川新左衛門の弟です。名は中川……何といったかまでは覚えておりませぬが」

「つまり、家中の者なのだな?」

「……はい」

「ッ! 何と嘆かわしいことか!」


 勝家は唸るような声を上げると、天を仰ぐ。

 俺はしばらく待ってから、勝家に話しかけた。


「柴田様、御助勢頂き、ありがとうございました。……しかしどうして?」


 その問い掛けに、勝家は俺の顔を見る。


「……先の有松村での一件は、織田家中が恥を晒した痛恨事であった。同じ轍を踏むわけにもいかぬであろうが」


 そこまで言って、勝家は首を振るう。


「だというに、家中では変わらず貴様への悪評が立つ。市井では、家中と商人たちの不仲が囁かれる。そんな時勢に、貴様が殿に新有松織を献上するため登城するという。万一のことがあっては不味いと顔を出せば、この始末よ」

「そうでしたか。成程、納得いきました。されど……ご無礼ながら一つお聞きしても?」

「何じゃ?」

「その、柴田様は手前のことを気に食わぬと思っているものかと……。見殺しにしようとは思わなかったのですか?」


 少し突っ込み過ぎか? と思いながらも、勝家の真意を推し量るため敢えて問う。

 その問い掛けに、勝家はふんと鼻を鳴らした。


「無論気に食わぬわ! が、斯様な曲事を謀る卑怯者の方が気に食わぬ。それに……」

「それに?」


 勝家は眉を顰める。つい零れ出た言葉だったのだろう。それを指摘され、苛立った様子だった。

 これは言葉の続きは聞けぬかと思ったが、予想に反して勝家は言葉を続ける。


「ワシは武辺者じゃ。しかも古い男だ。……ワシには殿の考えられることが、トンと理解できぬ。理解できぬが故に、殿に背いたこともあった」


 勝家は昔を思い出すように目を細める。


「されど、恥を忍んで殿の元に帰参することを決めた。殿も愚かにも背いたワシを再び迎い入れてくれた。……その時誓ったのよ。理解できずとも、殿の背中を追うことを」


 勝家は真っ直ぐに俺の顔を見詰める。


「貴様は、殿の描く未来に必要な男なのであろう? なれば、ワシは武辺者らしく刀を振るって殿の未来を守る。それだけじゃ」

「相分かりました。不躾な問い掛け、平にご容赦ください」

「構わぬ。……それより何時までもここに突っ立っているわけにもいかぬだろうが。城に向かうぞ。殿も待っていよう」

「はい」


 俺は柴田勝家という男を、少し色眼鏡で見ていたのかもしれない。

 そのように反省しながら、城の方へと足を踏み出した。


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