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20話 「清洲同盟」

 若狸さんとの交渉を終えた織田交渉団一行。

 暫し、お隣の三河観光でもと洒落込みながら羽伸ばす……なんてこと、あの信長が許してくれるわけもなく。

 早々に、尾張は清州城への帰途へと着いた。


 まさに弾丸ツアー、信長は部下を何だと思っているのか?

 そんなことだから(ry



 何はともあれ、草臥れながらも、どうにか清州城へと戻ってきた。


 あー、疲れた。何、報告は貞勝たちがしてくれる?

 有難い、有難い。俺たち交渉団が帰ったことを知った信長に呼び止められる前に、とっとと、熱田に帰るとしよう。


 俺は貞勝に、深く頭を下げる。


「此度の交渉、村井様がいなくば纏まらなかったでしょう。手前のブランドの件も、色々御助力賜り、御礼申し上げます。……交渉とはかくあるべしと、大変勉強させて頂きました」


 ――では、手前はこれにて。そう言って踵を返す。


「待て、大山」

「はっ。何でしょうか?」


 何で呼び止めるんだよ、そう思いながらも、おくびにも出さず振り返る。


「……いつぞやの発言は撤回しよう」

「は?」

「ッ! 察しが悪いぞ! ……清州城を出立した時の話じゃ。お主に期待などせぬと、そう言ったであろう」

「は、はあ。確かにそのようなことも……」


 ああ、あれか。顔を合わしていきなりの、足だけは引っ張るな発言か。

 ううん? それを撤回するというのは、つまり……。


 あれですか。まさかのデレ期到来?

 おいおい、四十のおっさんのデレなんて……。


 そんな馬鹿なことを考えていると、貞勝の冷たく怜悧な瞳が向けられる。


「殿が目を掛けるだけはある。お主は確かに、織田にとって有益な存在であろうよ。故に、一つだけ忠告しておこう」

「忠告、ですか?」


 とてもではないが、冗談半分の思考をしている雰囲気ではない。

 俺は気を引き締めて、貞勝の言葉を待つ。


「大山、気を付けろ。既に織田家中には、お主を敵視する人間も少なくない」

「はっ? いえ、手前は家中の方々とほとんど面識も有りませんが……」

「であろうよ。が、お主の話は織田家中に響いておる。その活躍と、殿の重用ぶりがな」

「…………」


 ああ、つまり。全ては、藤吉郎の言通りになった、そういうことか。

 俺は無言で佇む。貞勝は身を翻す。そして――


「柴田と、佐久間だ。特にこの二人に気を付けよ」


 俺に背を向けるや、最後に一言付け足す。

 そうして後は、何も語ることなく歩み去っていった。


 ……かかれ柴田に、退き佐久間、か。

 そうか。あの二人が……。


 俺は、貞勝の背が見えなくなるまで、じっとその場に立ち尽くした。



****



 永禄四年――清州城



 夕餉も終えて、もう夜も深くなってきた。

 その部屋の四隅には、燭台がちろちろと灯りをともす。

 開かれた障子からは、淡い月光と涼しげな夜風が入り込んでくる。


 部屋の中には二人の男が差し向かいで座っている。

 各々の前には、酒杯が置かれていた。


 この二人こそが、後に天下に、否、歴史にその名を轟かす男たち。

 初対面ではない。二人はまだ幼少の時分に顔を合わせていた。


「久しいのう、竹千代」

「ええ。お久しぶりです、上総介殿」


 とっくのとうに元服した者相手に、幼名呼びとは無礼千万。

 しかし、『竹千代』と呼ばれた男はどこか懐かしげに微笑んだ。


 竹千代――家康のそんな表情に、信長もふっと愉快気に笑む。


「しかし、数奇な運命もあったものじゃ。お主の身柄が、織田より今川に送られることが決まった時、ワシは二度とお主に会うことはあるまい。あるとしても、戦場で敵として見えるものとばかり、思っておったが……」

「事実、先の桶狭間では敵同士でした」

「そうじゃな。が、今は槍ではなく酒を酌み交わして話しておる」

「はい。確かに数奇な運命かと」


 家康の同意に、信長は一つ頷くと酒杯を手に取る。

 そして、ぐいっと中身を飲み干した。

 飲み干した後に、思い出したように尋ねる。


「おお、そうじゃ蔵人佐。酒は飲めるようになったのか?」


 かつて、今川に質に送られる筈であった家康が、誘拐同然に織田につれさられたのは十三年も前の事。

 当時、家康はまだ六歳であった。九つ年上の信長は既に元服も終えていて、当時から酒を嗜んではいたが。

 当然、その当時の家康が酒を飲んでいたということはない。


「ええ。武家の後継として恥ずかしくない程度には」


 そう言って家康も、酒杯に手を伸ばすや、ぐいっとその中身を飲み干す。


「であるか……」


 信長は家康の飲みっぷりを眺めながら言葉を続ける。


「蔵人佐、お主がワシの背を守れば、念願の美濃取りが叶う。この一歩目をどうして踏みあぐねておるが……。この先、躓かず踏むこと能わば、ワシは尾張、美濃二国の国力を以て一気に飛躍しよう。そして……」


 信長は言葉を切ると、少し間を置いて続きを語る。


「そして、天下取りへの道が開かれる」

「天下……」


 家康は思わずといった具合に呟く。


「そうじゃ。そのために蔵人佐、お主はワシの背を守れ。さすれば……お主に日の本の半分をくれてやろう」

「……御冗談を」


 言葉とは裏腹に、緊張した面持ちで家康は言葉を返す。

 対する信長は破顔してみせた。


「冗談と思うか? かかっ、そうじゃのう。日の本半分云々は、よく口の回る商人からの受け売りじゃ。……しょうもない戯言じゃが、中々夢があろう?」

「商人……あの、大山とかいう男ですな」

「うむ」


 信長は一つ頷く。


「成程……。確かに戯言なれど、夢がある。あの者の言葉には、不思議とこちらをその気にさせる力がありますな」

「夢……か。確かに夢じゃ。夢じゃからこそ美しい……」


 信長は酒を注ぎ直した杯に再び口を付ける。

 今度はゆっくりと飲み干すと、口を開く。


「のう、蔵人佐? 夢がうつつになった時、果たしてその美しき輝きを保ちえるのか、あるいは、取るに足らぬモノに成り下がるのか? 確かめてみたくはないか?」

「……是非。共に確認したく思います」


 そう答えると、家康もまた酒杯に口を付ける。

 ゆっくりとその中身を飲み干したのだった。




 この日、織田、松平の同盟が正式に締結される。後に言う、清州同盟である。

 この時を生きる者には知る由もなかったが、本来ありえた史実よりおよそ一年早い同盟締結であった。


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