第8話 邪竜との戦い
竜の片翼は切り口から血を吹き出しながら地面に落ちる。地面に落ちた翼からは蒸気のようなものが出ていた。
男が身に付けている黒い鎧から血がポタポタと滴っていてこの男の特徴的な銀色の髪にも血がついていた。
ニックの所からでも血の独特な鉄のような臭いが臭ってくる。
竜は、苦痛に耐えながらゆらゆら宙に浮かせていた尾を男のいるもとに降り下ろす。物凄い音と砂煙が立ち込めニックたちのいる場所に物凄い震動と衝撃波が襲う。ニックとリナは、腕で顔を庇いながら必死に衝撃波に耐えていた。油断すれば体が飛んでいってしまう。
数秒が経ち静かに風が吹いて砂煙がゆっくりと消えていく。
竜の尾が地面にめり込んでいたが、大きな音とともに地面から離れる。地面が抉れているせいで男がどうなったのか分からない。しかし、そこに男の姿はないのだろうと理解できた。
なぜなら、男の姿はすでにニックたちの視界に入っていたから。竜の背後に半壊した建物の屋根の上。黒々とした大剣を肩に乗せながら小さく笑っていた。
「移動したの全く見えなかった……」
あまりにも速すぎる気がした。竜の尾が叩き付けられる寸前まで男の姿は確認できた。なのに、彼は今屋根の上で竜を嘲笑っている。
「ニック、あれってもしかして……転移魔術の転送じゃない?」
リナが小さく呟く。だが、それをはっきりと聞いた。魔術に関して言えば詳しいニックだからこそ、その魔術の名に反応した。
「そうか、転移魔術の転送なら一瞬して別の場所に移動できる。けど、この魔術は上位魔術。そんなのをポンポン発動できるものなのかな。それにあの人、さっきから全部無詠唱で魔術使ってるし」
上位魔術の無詠唱は、誰もが憧れることだ。けど実際、上位魔術の無詠唱を実現するのはとてつもなく難しい。腕のある魔術師だって相当の年月を要する。短縮するのはまだ簡単だが、無詠唱となれば話は大きく変わってくる。
「無詠唱がどれだけ難しいか、それが上位魔術となればもっと難しくなるのはリナだってよく知ってるでしょ」
「知ってるけど、魔術のことに関したらニックの方がよく知ってるはずだよ。私より、ずっと」
「それは……」
もう薄々分かっていた。きっとあの男がとんでもない実力者であることを。
竜は、男を踏み潰した感覚が感じられなかったのか重い頭を動かして男を探す。
「どこ探してんだ。後ろだ、バーカ」
男は、竜の後ろから挑発的な口調で声をかける。
その声に反応した竜は、首を後ろに向け鋭い眼光を男に向けた。
竜は、勢いよく口を開ける。瞬間、男に向かって赤い炎がまっすぐに放たれた。その炎は、建物をも容易に溶かすほどの火力だった。地面は焦げ瓦礫など最初からなにも無かったように消え去っていた。地面が、ジリジリと生々しい音が微かに聞こえる。
「なっ……」
あの至近距離で、炎を吐かれたら普通避けられない。だが、避けられる方法が、あの男にはあった。
「転送なのか……本当に……」
自然とそう漏れた。その言葉は空高く見上げたからこそ出た言葉だった。
竜の後ろにいたはずの男は、竜の正面に移動し遥か頭上に浮いていた。
「さて、そろそろ終わらせるか……」
そう言って男は、大剣を持ち上げ剣先を天に向ける。
するとその大剣から、禍々しいほどの魔力が放出されその黒い刀身は徐々に長く大きくなっていく。
竜もとてつもない魔力に気がつき男の方へ顔を上げる。そして、男に向けて大きく口を開けさっき大地を溶かした程の炎を再度男に吐こうとしていた。
「確かに、お前は強い。さすが伝説の邪竜ってところか……。だが、相手が悪かったな」
男の持つ黒い大剣は、目の前にいる竜よりも大きくなっていた。その剣はまさに異常だった。その剣から発せられる魔力にニックとリナは息を飲んだ。
上空に浮いて剣を上げている黒い鎧を身につけた男は、冷たい目で竜を見下ろす。
「───眠れ」
小さくそう言って黒く長い剣が竜の頭上に降り下ろされる。それと、同時に竜も炎を吐いた。だが、その炎は黒い大剣によって裂かれそのまま竜に叩き落とされる。
竜にその剣を避けられずはずもなく剣は、竜の吐いた炎ごとその体を真っ二つに斬った。
竜は、鳴き声を上げることもなく二つに分かれ体が大量の血を吹き出しながらゆっくりと左右に割れる。
二つに割れたその体からも蒸気のようなものがたっていた。
「……」
言葉が出てこない。
さっきまで炎を吐いて町を破壊していた竜は、真っ二つにされ生きてるはずもなく辺り一面を大きな血溜まりとなって周囲を赤く染める。そんな光景を目の前にしてニックは震えが止まらなかった。
男は、ゆっくりと上空から降りて来た。さっきまで持っていた竜よりも長い大剣は、初めて見たときと同じような剣に戻っていた。だが、地面に着いた男一つ息はくとその剣は空気に溶けるように消え去った。
怖い。
ニックは、心の底からそう感じた。けど、恐怖心より何故か興味の方が気持ちは大きかった。自然と口は動き言葉を発していた。男の背中に向かって今、自分が一番聞きたいことを率直に聞く。
「あなたは……誰……?」
その言葉が聞こえたのかゆっくりと男は、振り返る。竜の血によって少し汚れた銀色の髪が風で靡く。快晴の空のような青い瞳がニックの黒いメガネを通して見つめてくる。
男は、ニックに向けてハッキリとした口調で喋った。低い声がニックに届く。
「俺の名前は、シルヴァ」
シルヴァ、と名乗ったその男はさらに続ける。
「魔王シルヴァだ」