第7話 血で汚れた男
「さて……どうするかな……」
半壊した町の中心部で男は、まだ壊れていない家の屋根に黒い大剣を担いで立っていた。目の前には、一匹の竜。黒い鱗に殺気の帯びた眼。白い牙を剥き出しにしてうなり声をあげている。
この竜を一度だけ見たことがある。いつだったかは、覚えてないが確かに見たはず。
「邪竜……ファヴニールか……」
その竜の名を自然と口に出していた。なぜ、知っていたかは分からない。
「まぁ、そんなことはどうでもいいか……」
担いでいた黒い大剣を竜に向ける。男の青い瞳が殺気に満ちていく。そして、男はゆっくりと口角を上げて言い放った。
「俺は、ただテメェを殺すだけだ。覚悟しろ……」
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結界の外に出たニックとリナは竜のもとへと走っていた。辺り一面、竜によって壊された瓦礫の山。その上を走っているせいで普通に走るよりも体力を大きく消費する。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が荒れる。自分の呼吸の音がうるさい。ニックの後ろで必死についてくるリナも呼吸が荒れるのか大きくする呼吸音が聞こえてくる。
「リナ、大丈夫?」
肩越しに振り返ってリナの身を案じる。
「だ、大丈夫……」
「なら、良かった」
大丈夫には見えない。無理してここまで付いてきている。正直、学園で大人しくしてほしい。リナが傷付くのは見たくない。けど、一度決めたことをリナは中々変えようとしない。それに行くと決めたときのリナの目を見てしまったら、そんな言葉はもう出せなくなっていた。
前を向き直る。すると、前の方で瓦礫を砕く爆発音が聞こえてくる。足を早めその光景を視界に入れる。
「なんだ……あれ」
「どうしたの? ニック」
後ろからリナも前の光景を覗いて口を開けて驚愕する。
「人が……竜と戦ってる……」
リナは、その光景を呟く。
目の前に映っているのは、突然ニックの前に現れた銀髪の男が黒い大剣を持って竜と戦っている光景だった。
竜が吐く炎の玉を俊敏な動きで男は、躱しすかさず、走り抜ける。竜の腹目掛けて前進するが、行く手を炎の玉が邪魔をする。だが、男は躱さず持っている太剣で凪ぎ払う。二つに割れた炎が盛大に爆発する。
爆風で男の体は後ろに持っていかれるが器用に着地した。
「す……すごい」
自然と溢れる。その声が男にも届いたのか、勢いよくこちらに顔を向けた。
驚いた顔をしたが、その顔は次第に遠くから見ても分かるほど怒りに染まっていく。
そして、男の姿は一瞬にしてその場から消えた。
「────また!」
消えた男に驚いていると、ニックの後ろでリナが小さく悲鳴を聞こえる。振り返ると目の前にいたのはリナではなくさっき一瞬にして消えた男が物凄い剣幕で立っていた。眉を中心に寄せている。
「……えっ!」
「テメェ! 何でここにいんだよ! 学園に居ろっつっただろ!」
黒い大剣を担ぎながらニックの胸ぐらを掴んでくる。呼吸がしにくい。二度目の男の声は、さっきの爆発のような声だった。
胸ぐらを掴まれ動きにくい状態で、降参のポーズを取る。
「く、苦しいです……」
「なんでこんな所に居るって聞いてんだよ!」
ダメだ、話聞いてないやこの人。
「そ、そんなこと言われても……」
「そんなことだと……! 誰の為に結界張ったと思ってんだ!」
「えっ! あれ張ったのあなただったんですか!?」
「他に誰がいる。あんな巨大な結界張れるやつなんて俺くらいしかいねぇだろうが!」
「いや、あなたのこと知らないですし……」
舌打ちしてリナの方にニックを引っ張り放り投げる。ニックは「うわ!」と声を上げながらリナの方に倒れる。無様に顔から倒れてしまう。
「ニック、大丈夫!?」
「アハハ……なんとか……」
駆け寄ってくるリナは、心配そうにニックの顔を覗きこむ。幸いにも怪我はない。
ニックは、男の方に振り返る。男の前にいる巨大な竜はこちらを捉え大きく咆哮する。間近で聞いた咆哮にニックとリナは咄嗟に耳を塞ぐ。咆哮だけで体が飛んでいきそうだ。
だが、男はそんな咆哮に微動だにせずただ竜を見上げる。
「いいか、お前ら。そっから動くなよ」
そう言って黒い大剣を構える。男の魔力が跳ね上がり、周りにある小さな瓦礫が震えている。
「死ぬぞ……」
背中から伝わってくる殺気に体が一気にして強ばる。
また一瞬にして男は、ニックたちの目の前から消えた。
「さっきから一瞬にして消えるなんて……」
「ニック! あれ!」
リナは、声を上げて空高くを指さす。指の先を見るとさっきの男が黒い大剣を両手で持ち上げていた。
黒々と煌めく剣。天高く掲げられた剣先は素早く振り下ろされる。男も剣と共に体を回転させ、円を描きながら標的に斬ってかかる。
「──────っ!!!!」
驚くほど静かに振り下ろされた。切れた音もない。
ただ、竜の甲高く苦しむ声と、竜の右翼が落ちた音だけがその後に聞こえた。
「グキャャャャャャャャャャャャャャヤヤヤ!!」
落ちた肉片と傷口から噴水のように血が溢れでる。下には血溜まりができ、上からは血の雨が降り注ぐ。
男は、その血を浴びながら振り下ろした剣を持って立ち上がる。
「ったく……きったねぇな……」
顔に付いた血を片手で拭いながら男は、冷たく言い放つ。銀色の髪も血で濡れている。
その姿にニックの背筋が凍った。血溜まりは、ニックの抱いた感情をさらに強くする。足が動かない。その姿から目を離すことが出来ない。逃げたい。
色んな感情が渦巻く。そして、その感情を一纏めにした言葉が溢れた。
「あ、悪魔……」
ニックには、目の前にいる男が、悪魔のように思えたのだ。