第26話 烈火の彗星《レッドスター》
レイラ・フロース。身長は百六十九センチ。体重に関しては乙女の秘密。年齢、永遠の二十歳(自称)。幼少期から魔術の才能に長けリナと同じ歳になる頃には、その才能を完全に開花していた。魔術を学ぶ最高峰の学園を首席で卒業。その後も充実した生活を送っていた。優しい夫を貰い、子も授かった。何不自由ない完璧にも近い理想の人生。そして、そのままゆっくりと老い静かに人生を終える。
そう、そのはずだった。
あの日が来るまでは……。
燃え盛る街。焦げた肉の匂い。それに混ざる異臭。空気中の酸素は薄く、呼吸すらまともに出来ない。荒れる呼吸。必死に動かす足も既に悲鳴を上げている。だが、止まる訳にはいかない。
腕に眠る赤い髪の我が子。ススのせいで真っ白だった頬っぺは黒い。この子を守る為なら足だってくれてやる。だから、止まらずその足を走らせた。
後ろを振り返ってみる。夫は、後ろから追ってきた何かを食い止めるためにレイラたちを先に行かせた。だからこそ振り返ったのだ。
しかし、後悔した。見てしまったのだ。
赤い噴水を。
倒れる肉を。
飛んでく優しい夫の顔を。
止めてしまった。止まらずにはいられなかった。故に、レイラはもう動けなかった。
絶望。その一言。たった一言がレイラの足を壊した。何度も頭の中で繰り返される。僅かに見えた夫だった人の顔が飛んでいく光景を。
乾いた地面を踏み、何かが近づいてくる。何かは分からない。記憶が鮮明じゃない。黒くてざわざわした影のような何か。
それは目の前で止まる。レイラは見上げる。
一瞬で理解した。
死ぬ。絶対に勝てない。
手に武器はない。あるのは眠る我が子だけ。力強く抱き締めた。守るようにして。
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何かが言った。思い出せない。何を答えたのかも思い出せない。
気が付いたら何かは目の前に居なかった。ただ腕の中でも眠っていたはずの我が子が、嬉しそうになぜか笑っていたのだ。
レイラは心の底から泣いた。頬を流れる涙はすぐに乾く。肌を焼くような炎が周りを囲んでいたからだ。
静かに奥歯を噛み締めた。真っ直ぐに睨む。何かは分からない。何が居たかも分からない。真っ直ぐに炎の中を同じ赤い瞳で睨んだ。
そして、揺らいだ炎の中で見た。
漆黒のような鱗を持つ黒い竜と何かを。
レイラ・フロースはこの日、ほとんど全ての物を失った。残ったものは数少ない。ただ、腕にいた我が子。そして、もう一つの記憶が、この先のレイラの人生の中心になった。
その記憶とは、街を襲ったもの、目の前にいた何かの記憶。
それが、魔族だったという確かな記憶だけがはっきりと頭の中に残っていた。
だからこそ、信用できない。
自らを魔族の王と名乗る銀髪の男を。
確かめるのだ。その真意を、その正体を。彼が何者で何がしたいのかを。剣を交え確かめる。
シルヴァという存在を。
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大剣が振り下ろされる。地面が砕け砂煙が立ち込める。手応えはない。
「避けんじゃねぇよ──っと!!」
すぐさま振り返る。
飛び散る火花。顔の横を通りすぎる刺突剣。あと数センチで頬を掠めていた。
「あぶねぇな、おい」
「油断大敵よ、魔王さん」
大剣を振り払いレイラの刺突剣を弾く。身軽に後方へ飛んでいくレイラ。また独特のステップを踏み始める。
シルヴァは、視界をクリアにするために砂ぼこりを振り払う。大剣が空を切り視界は晴れていく。肩に刀身を乗せる。
「やりにくいな、ったく」
独り言を呟く。
ステップを踏むごとに揺れるリナと同じ炎のような赤い髪。余裕そうな笑みと真剣な瞳の矛盾した表情にシルヴァは舌打ちをする。
「おい、さっきからテメェ手抜いてるだろ」
先程から何度か剣を交えているが、一度もレイラはフェイントを掛けずに一直線に剣を交えに来てる。剣術において、ただ斬るだけというのは剣を扱う者としてバカか未熟の二択だ。聖王騎士団に入っているという時点でバカでも未熟でもあるはずがない。つまり、そこから導き出される答え。それは、レイラが手を抜いているという事実。
レイラは、小悪魔的に微笑む。
「あら、バレちゃった?」
「どういうつもりだ」
「いいえ、別に大した意味はないわ。ただ貴方程度なら魔術を使わなくてもいいかなって思って」
「……ほぉ」
シルヴァの瞳から油断が消えた。
「ならいいんだな?」
「……何が?」
レイラが答えた瞬間。シルヴァがレイラの視界から消える。
「──殺す気で行っても」
その声はレイラの背後から聞こえた。すぐさま、レイラは振り返る。
だが、振り返るよりも早くレイラの体を爆発が包み込む。弾ける炎が黒煙を上げながらレイラの体を消し飛ばした。
「って、んな、簡単には行くわけはねぇよな」
シルヴァは振り返る。なぜか、目の前で炎に包まれたはずのレイラの姿がシルヴァの後ろにあったのだ。
「やっと使ったな」
「今のは危なかったわ、あと少しで当たってた」
安堵の息をわざとらしくつく。
シルヴァは、楽しそうに口角を上げる。
「次は、ぶち当てる」
「私の速さに付いてこれるかしら?」
「なめんなよ、人間!」
無詠唱でレイラの目の前に転送する。そして、同時に横に凪ぎ払うようにして大剣を振っていた。だが、それを察知していたかのように腰を曲げ顔スレスレで避ける。レイラは体を回転させ横から刺突剣を払いカウンター。それをシルヴァは膝で弾く。
一時的に互いは距離をとる。
大剣を構えるシルヴァ。地面と平行するようになるべく姿勢を低くレイラは刺突剣を構える。左手を地面に付けアキレス腱を伸ばすように足をしっかり地面に押し付ける。軽く地面が砕けた。
「次は、私が行くわよっ!!」
その声と同時にシルヴァの目の前にレイラが現れた。
「なにっ!?」
あまりに速すぎた。いや、速さだけで言えばシルヴァの方が速い。なぜなら先程、シルヴァが使った魔術は転移魔術の転送だったから。だが、レイラの使った魔術は転送ではない。ただの身体強化を使っただけの一駆け。それなのに転送とほぼ同じ速度のようなスピード。
だから、シルヴァは意表を突かれた。
そしてその一瞬の隙をレイラは見逃さなかった。構える刺突剣の剣先に小さな赤い魔法陣。
「──大爆散!!」
魔法陣を突き破るように刺突剣は魔法陣を通り抜ける。
刹那、シルヴァを爆発が襲う。地響きを起こすほどの威力。軽く山の噴火くらいの威力だ。立ち込める黒煙を刺突剣は払う。
「こんなもんかしら」
なんでもないと言った風に刺突剣の刀身を撫でる。
神速の如き速さで動き、まるで太陽のように熱く燃やし続ける炎の使い手。
皆は、彼女のことをこう呼ぶ。
烈火の彗星と。




