第24話 リナのお母さん
ニックとシルヴァ。その前を歩くジゼル。三人は、ただ無言で歩いていた。ニックとシルヴァだけならば、会話の一つでも出来ただろう。実際、ジゼルが居なければあのまま話が続いていたはずだ。
しかし、目の前にジゼルがいる以上今までのように会話しずらい。と、ニックは思っていたのだが……。
「おい、ジゼル。お前に聞きたいことがある」
なんと驚いたことにシルヴァは、ニックではなく気まずい空気を作り出したジゼルに話を振ったのだった。
ジゼルが肩越しに振り返る。
「なんだ」
「お前、獣人族のあの事件は知ってるよな?」
ほんの少しジゼルの瞳が驚いた。だが、前を向いたせいで細かい表情は汲み取れなかった。
「……知っているが、それがどうした」
「アーミルにあの事件のことを少し聞いてな」
「っ……! 何っ!?」
さっきまで無表情だったジゼルが血相を変えて振り返った。ジゼルの瞳に見える怒りの感情。機械のような人だと思っていたが、その表情を見てニックは少し人間らしさをジゼルから感じた。
「貴様、アーミルにあの事件のことを聞いたのか」
「ああ……だが勘違いするなよ? アーミルから、聞いたんだ。その時、俺は事件とやらのことを知らなかったからな。思わずアーミルに尋ねちまった」
「……」
「アーミルからは聞けなかったんで、ニックに大体の話は聞いた。だが、結局は確証のない話だろ? ニックがその場にいた訳じゃねぇんだから。だから、お前には聞きたい。あの事件について」
「……なるほど。そういうことか」
ジゼルは、考えるように瞼を閉じる。しかし、すぐに持ち上げまた歩き出す。そして、声だけをシルヴァに向けた。
「あの事件については機密事項だ。外部の者に口外は出来ん」
「チッ……だろうと思った」
「──だが……」
「?」
ジゼルの言葉が詰まる。何を考えているかは、分からない。ただあの事件について思い出しているのだろうか。顔を少し上げて歩いている。そして、顔だけ軽く振り返る。
「あれは地獄だった」
その時のジゼルの表情は、今までに見たことないほど人間味溢れ悲哀に満ちた表情だった。
また前を向いて声だけをシルヴァに向ける。
「あの事件について知ったなら、アーミル……いや、獣人族にその話だけはするな」
「分かってる。それに、あんなこと話せるわけねぇだろ」
「ならいい」
その後は、全員誰も会話することなく黙って歩き続けた。
「ここだ」
とある扉の前でジゼルが止まる。中庭が廊下を挟んで扉の前に広がっていて、建物の中にいるのに少し不思議な気分だ。それほど、中庭にある手入れされた緑の芝生が綺麗なのだ。
ニックとシルヴァは、ジゼルの後ろで中庭と扉を眺める。少し大きめに作られた豪勢な扉。城というものは全部の扉がこんな感じだ。さぞお金がかかっていることだろう。
「貴様ら、少し下がってろ」
「は? なんでだ」
「いいから黙って少し下がれ」
しぶしぶといった感じでシルヴァはその場から少し離れる。ニックもそれについていく。なぜ離れなければならないのだろうか。
だが、その答えはすぐに分かった。
ジゼルは、扉を軽くノックする。小さく二回音がなる。
「失礼する」
そう言って、ジゼルが扉を開けた瞬間。
炎が目の前で爆ぜる。ものすごい爆発音と共に扉が弾け飛んだ。それにジゼルは、巻き込まれる。ニックはというと瞬時にシルヴァに抱えられその爆発を逃れた。だがそれも、少し離れていなければニックたちも巻き込まれていたかもしれない。ジゼルは最初から爆発すると知っていたのだろうか。
色々な疑問がニックの頭を駆け巡る。
黒い煙が立ち込め何がどうなっているのか、全く分からない。とりあえず、爆発に巻き込まれたジゼルが立ち上がり無事なのは確認できた。
「はぁ……」
ため息をつきながら、いつの間にか抜いていた剣を鞘にしまう。よく見ると吹き飛んだ扉が四つに斬られている。もしかしてあの爆発の中、扉を斬ったとでもいうのだろうか。
「毎度も言っていますが、扉を破壊するのはやめてください」
黒煙に向かってジゼルが声を上げる。すると、黒煙から女性の声が聞こえてくる。
「レディの部屋にノックも無しに入って来るからよ」
黒煙の中に人影が見える。その人影はゆっくりと黒煙から姿を現す。
ジゼルたちと同じような白い鎧。しかし、鎧は女性用の鎧だ。赤いスカートがひらりと揺れ白い太ももが少しだけ見える。腰にある鞘に収まっている剣に手をかけながら歩いていくる。
ニックは、素直に驚いた。あまりに同じで。姉妹かと疑ってしまうほどに似ていたのだ。きっとあの部屋から出てこなければ姉妹だと疑ってしまう。むしろ、本人だと間違えてしまうだろう。だが、その声と口調と格好でなんとか別人だと理解できた。
「ノックはしましたよ、ちゃんと」
「いいえ! してないわ!」
「貴女の耳はどうやら爆発の影響で壊れているようだ。治癒魔術掛けた方がいいんじゃないですか?」
「残念ながら私の耳は至って正常よ。この通り、貴方の声もしっかり届いているもの」
フフン、とドヤ顔でジゼルを見下ろす。ジゼルは、呆れたようにニックとシルヴァの方に顔を向ける。
「なら、そこの二人にも聞いてみてください」
「そこの二人?」
頭にハテナを浮かべながら、彼女はこちらへ顔を向けた。ばっちり目が合う。
やっぱり似すぎだ。彼女と同じ赤い瞳。
「確かにそいつはノックしてたぜ」
シルヴァがその人にそう言った。
「え、嘘」
「嘘じゃねぇよ。てか、嘘ついてどーする」
「……」
その人は、ジゼルを眺める。ジゼルは何事もなかったかのように鎧に付いた埃を払う。そして、無表情の顔がその人とぶつかる。
「えっと…………ごめん」
「別に、いつもの事ですし。気にしません、ただ」
「ただ?」
「片付けば貴女がやってください。後、この事は団長に報告しておきますので」
「え、報告すんの!? ちょ、ちょっと待ってよ、ジゼル君! いえ、ジゼルさん!」
「待ちません、報告します」
「そんなぁ~」
完全においてけぼりにされているニックとシルヴァ。だが、黒煙の中から見知った顔が現れた。
「ちょっとお母さん! 急にどうしたの? ダメだよ、扉壊しちゃ」
「あらら、今回も派手にやってしまったっすね~」
数十分前まで一緒にいたリナとアーミルの姿だ。二人もニックたちのことに気が付く。
「あれ、ニックとシルヴァ。なんでこんな所に?」
「あ、ニックさんとシルヴァさん。ちゃんと来れたんっすね。良かったっす。あたし迎えに行こうと思ったんっすけど。捕まっちゃって、あはは……」
困ったように笑うアーミル。
「えっと、ジゼルさんに連れてきてもらいまして」
「え、ジゼルに?」
アーミルが驚いたような表情で中庭にいるジゼルを発見する。ジゼルもアーミルの存在に気が付いたようだ。
「アーミル。お前、客を案内するなら最後まで責任を持ってやれ。そこの二人を置いていくんじゃない」
「えっと……それには色々事情があってっすね……」
「まぁいい。話は後でたっぷり聞かせて貰う。私に報告しなかった件についても、だ」
「げ……! そ、それはちょっと……困るといいますか、なんと言いますか……」
なぜかアーミルの目が泳いでいる。
ジゼルは、疲れたようにため息を吐く。中庭から戻ってきたジゼルは、ニックとシルヴァへ声をかける。
「とりあえず案内はここまでだ。後は好きにしろ。帰りはあの人に案内して貰え」
「あ……えっと、ありがとうございました」
ぺこりとニックは頭を下げる。
「これも仕事だ。お礼を言われるほどではない。それじゃあな」
ジゼルは、そのまま帰るかと思いきやアーミルの首根っこを捕まえる。
「ちょ、何するんすか!?」
「逃げられても困るからな」
「逃げないっすよ! 逃げないから離して欲しいっす!」
顔を赤くしてじたばたするアーミル。だが疲れたのかすぐに大人しくなる。これでは完全に猫だ。母猫が子猫の首根っこをくわえている、そんな光景がニックの頭の中で再生される。
アーミルを掴んだままジゼルは、そのまま立ち去っていった。
「ジゼル! あのいい加減離して欲しいんすけどー!」
「ダメだ」
「これ地味に恥ずかしいっす! 乙女としてちゃんと扱って欲しいんすけど!」
「ダメだ」
「ダメなんすか!? それは色々ショックっすよ!?」
そんな会話が離れていっても聞こえていた。
ジゼルたちの背中は見えなくなり、扉が本来あった場所の黒煙も晴れた。故に、目の前の光景に少しばかり違和感を持つ。
声も口調も違う。しかし、外は瓜二つだ。髪型、服装が違わなければ全くと言っていいほど分からない。
「ふぅ、とりあえず中に入ってて頂戴。私はこれ片付けちゃうから。リナ、さっきの場所に案内してあげて」
「分かった。ニック、シルヴァ、こっちだよ」
「……あ、うん」
リナに中に案内される。シルヴァがリナに付いていき、ニックもその後ろを追う。その最中、爆発した扉があった場所を振り返ってみる。すると扉はすでに元に戻っていた。最初、見たときと何も変わらない。爆発なんて最初からなかったかのよう。
その扉の前で満足げな表情であの人は立っていた。つまりは、彼女が直したのだろう。たった数秒で。どうやったかまではニックにはさっぱりだった。
中に案内され豪華なソファに座らせられたニックとシルヴァ。リナもニックの隣に座る。そして、戻ってきた彼女は、向かい合うようにして大きなソファのど真ん中に座る。
さっきまで飲んでいたのだろうか。紅茶の良い匂いが部屋に充満している。これで焦げ臭い匂いが混じっていなければ最高だった。
「さてと、とりあえず紅茶でいいかしら?」
「あ、そんなお構い無く」
「いいのよ。お客さんなんだから、そんな遠慮しなくて」
そう言って立ち上がろとする。それをシルヴァが止めた。
「待て」
「ん? 何かしら?」
「大体の予想は付くけどよ……。俺は名前も知らねぇやつの飲みもんなんざ飲みたくねぇんだが?」
「……ええ。そうね、完全に失念していたわ。私ったら肝心なこと忘れてたみたい」
ソファから立ち上がり胸に手を置く。表情や雰囲気が少し変わる。
「初めまして、お二方。此度は、私の為に来て頂きありがとうございます」
少し腰を折り一礼する。
「私は、聖王騎士団が一人」
彼女を象徴するのはやはり、これだろう。
炎のように赤い髪。それがさらりと揺れる。
「私の名は、レイラ・フロース。リナ・フロースの母です。以後、よろしくお願いいたします」
リナとほとんど同じ顔でもやはり別人だということが、今この時分かった。
静かに笑う。大人の雰囲気を纏った笑みはニックの心を僅かだがざわつかせる。
そして、同時にレイラをどこかで見たことあるような気がしてならなかった。




