第23話 反乱
「人間への、反乱……復讐か……」
シルヴァは、無意識にニックの言葉を繰り返していた。
確かにそのままだった。奴隷として扱われてきた獣人族が、奴隷としての役割を無視できるのなら取る行動は一つだけ。今まで奴隷として扱ってきた奴らへの復讐のみ。十年以上掛けて魔術を解く術を学んでこれたのもその願いを叶えるため。
二年前。その願いは成就された。
「獣人族は、全てを懸けて全てを破壊し尽くした。それが二年前の事件」
ニックは、静かに語る。静けさが漂う廊下の真ん中でニックの言葉だけが、静けさとはほど遠いものだった。
「至るところの国で反乱が起き、色んな国の街が壊滅した。死んだ人は多過ぎて数え切れななかったらしい」
「そんなに多かったのか。ま、当然っちゃ、当然か。人間よりも上の獣人族に攻撃されたらたまったもんじゃねぇわな」
「うん。でもそれだけじゃないんだ。獣人族は、術式解除を学んだ時、同時に他の魔術も学んでいた。だから人間が優位に立てていたはずの魔術すら、獣人族に上を行かれてしまった。だから被害はさらに大きくなった」
「なるほど……」
人間には、魔術だけ。しかし、獣人族には人間よりも遥かに高い身体能力に人間が待つ魔術まで加わった。そうなっては、人間など勝てるはずがない。
そこでシルヴァに疑問が浮かぶ。
「おい。ならどうやって反乱は鎮まったんだ? 人間が勝てない獣人族なんだろ。まさか、今も続いてんのか?」
「大丈夫、完全に終わってるよ」
ニックは、少し言いづらそうに目を伏せる。だが、少し時間をおいて続ける。
「どうやって、鎮めたか、だったよね?」
「あぁ」
「殺したんだよ」
「…………何を?」
シルヴァは、なんとなく察していた。だが、あえてニックに尋ねた。それが本当の事なのか確かめたくて。考えていることが真実でないと信じるように。だが、その考えは儚く消えた。
「獣人族を」
「……」
シルヴァは、ゆっくりと呼吸する。
街を壊し、人間を殺しまくっている獣人族の止め方は色々あったはずだ。だが、人間よりも上の存在の獣人族を止めるのは至難の技。術式解除を獣人族が得ている時点で、魔術での拘束は不可能。
「だから、殺すという形が一番の解決方法ってか」
「うん……」
最善で最適。話し合いなど不可能な状況にまで陥っていたはずだ。だから仕方がない。だが、それで本当に解決するのか? それが解決へと繋がるのか?
シルヴァは、一人そんなことを考える。
「シルヴァ?」
「いや、なんでもない。だが、各地の反乱、それも五万の数ってのは相当だろ。術式解除を持っている獣人族を殺すってなると並の人間じゃ太刀打ちできないはずだ」
「シルヴァの言う通り、獣人族の戦力は想像以上だった。国の騎士団が出向いても死体を増やすだけ。だから、ある国が動いた。そして、その国が全ての獣人族の反乱を止めた」
シルヴァは、素直に驚いた。驚いたのは魔術を解除できる獣人族の反乱を止めたという所ではない。もちろん、そこにも多少の驚きはあるが。そこではない。ある国が、という点だ。その口振りはまるでたった一つの国が各地で起こっている反乱を止めたかのようだった。
「まるで、その国だけが止めたみたいな言い方だな」
「そうだよ。その国が、全ての責任を負って全て片付けた」
「っ!? どこの国だ」
「ここだよ」
「は?」
「僕たちのいるエルステイン王国だよ」
ニックの口から嘘が出てくるとは到底思えない。だから、シルヴァは素直に信じた。しかし、やはり動揺がシルヴァの表情を曇らせる。
ニックは淡々と語り続ける。
「他の国が、何日か掛けてなんとか食い止めていた反乱をエルステイン王国は、たった一日で終わらせた」
「たった一日だと!?」
それは、余りに信じがたいものだった。各地で起きている反乱をたった一日で終わらせるなど不可能に近い。いや、不可能だ。反乱が起きていたのは、一ヶ所だけじゃない。各地で反乱は起きているとニックは言っていた。移動にも時間がかかるはず。だから、一日など絶対に不可能。
シルヴァは、ニックの瞳を見るが、やはり嘘をついている様子はない。不可解な謎がシルヴァの頭を巡る。
「おい、ニック。お前の言っていることが嘘じゃないのは分かる。だが、それは絶対にありえない。この国だけならともかく、他の国の反乱を止めたってのは明らかに嘘の情報だ」
それを聞いてニックは静かに首を振る。
「出来るんだよ。シルヴァも使えるでしょ?」
「使える? なに──」
何を。と問おうとして理解した。
移動は何も歩くことや馬を走らせる事だけじゃない。
「──転移魔術、転送か」
ニックは頷く。
「各地には転送の魔法陣が敷いてある。それを使ってエルステイン王国国王アーサー・ペンドラゴは、聖王騎士団十人、他騎士団約一万人を連れ全ての反乱を鎮めた」
「なるほど、それなら一日でも──いや、やはり無理があるだろ。五万と一万だぞ? それに各地で起きている以上、多少時間はかかるはずだ。最低でも二日か三日だ」
「ううん、一日だよ。この国は不可能であるはずの事を成し遂げた」
信じるとか信じないとか、そういう話ではない気がしてきた。ニックの言葉に嘘はないが、情報自体に嘘があるとしか思えない。噂が広まっていき大きくなっていったとした考えられなかった。
余りにもふざけた話。
大きすぎる話にため息をつく。思わず頭を抱える。
「まぁ、大体は分かった。表面上でなら理解してやる。だが理解できないことの方が多い。まず反乱を止めるにしては、早すぎる。一日ってのはさすがに理解できん」
「一応、国がそう言ってたらしいけど……」
「どうせ何かの間違いだろう。じゃなきゃ、説明できねぇだろ」
「う~ん。この国の戦力がヤバすぎるとか?」
「そんな訳……まぁ否定は出来ねぇか。それなら説明がつく」
シルヴァは、銀色の髪を掻きむしる。
「だぁー、分かんねぇな! くそ! こうなったら直接────」
「貴様ら」
突如、野太い声が二人の耳に入ってくる。シルヴァが勢いよく顔を今まで歩いて来た道へ向ける。ニックも同じようにその声と何か感じそちらに顔を向けた。
体をなぞる熱い何か。それは、魔力の反応だ。さらにニックたちに届いたその声は、何度か聞いたことのある男の声だった。
「ここで何をしている」
白い鎧。腰にぶら下げた剣の柄に手をかけながら男はニックたちに尋ねる。顎髭の生えた、無表情に近いまるで機械みたいな男。
「ジゼル……さん」
ニックとシルヴァの前に立っていたのは、聖王騎士団の一人でニックを処刑しようとし、アーミルが恩を感じているというジゼル・スコットだった。
張り詰めた空気が三人の中を包む。
そんな中でジゼルは、殺気に近い眼差しでニックとシルヴァを視界に入れていた。
「もう一度聞く……ここで何をしている。どうやってこの城へ入った」
「え、どうって……」
「王城への不法侵入は立派な犯罪だ。ここで斬られても文句は言えんぞ」
ジゼルは、鞘からほんの少しだけ銀色の刃を出す。
「落ち着け、ジゼル。俺たちは客だ」
「何? そんな知らせは受けてはいない。嘘も大概にしろ、使い魔」
「あ?」
使い魔と言われ、シルヴァがキレかける。シルヴァがジゼルに手を出せば、色々問題になってしまう。焦るニックは、あたふたと二人の間に入り説明する。
「えっと! あの僕たちは、リナのお母さんに会いに来たんです!」
「リナ?」
「えーっと、あのリナって言うのは、僕の友達で……ジゼルさんも一度見ていると思うんですけど……」
ジゼルは、リナという名前を聞いて少し考え込む。そして、思い出したようだ。
「あの赤毛の娘か……ん? 赤毛……?」
ジゼルは、何やら考えているが、とりあえず弁明しなければ。シルヴァと衝突されては色々ヤバイ。シルヴァがなんとか堪えているうちに!
「はい! その子です! それで会いに来たんですけど王城に着いたらアーミルさんが出て来てそれでアーミルさんにリナのお母さんに案内してもらおうしたんですけどちょっとはぐれちゃって──」
「大体は、理解した。どうやらこちらの不手際が原因のようだ。すまない」
ジゼルは、ゆっくりと剣を鞘に納めた。だが、小さく、
「全く……あの人は、また報告忘れか……」
ジゼルが深いため息をつく。そして、そのままニックとシルヴァの間を歩いていく。
「えっと、あの……」
「さっさと付いてこい。私が案内しよう」
さっきまでのピリついた空気が嘘のように消えた。ジゼルからも殺気じみたものは感じない。鎧が擦れる金属音を立てながらどかどかと歩いていく。
ニックとシルヴァは顔を見合わせる。現在、二人は迷子中だ。故に、ニックたちはジゼルの白い背中を追うことしか出来なかった。




