第22話 あの事件
リナから貰った一撃から数分。脇腹には未だ痛みが残っている。だがずっとこうしている訳にもいかずニックは、脇腹を抑えながら立ち上がる。
「もういいのか?」
壁に寄りかかっていたシルヴァが、壁から離れる。珍しいことにシルヴァは、ニックが立ち上がれるようになるまで待っていてくれた。いつもならこんなことがあれば、さっさと行ってしまいそうなのに。明日は雨だろうか。
「うん、もう大丈夫。でもまだ少し痛いかな……」
「そりゃ、良い一撃だったからな。数日は痛み残ると思うぜ」
「え、マジ……」
数分したらじわじわ残る痛みも消えると思っていたニックの浅はかな考えは、呆気なく砕け散る。
「それ、痛みが残るっていうか骨折れてない? 大丈夫だよね、僕の体」
「立てるなら大丈夫だ、たぶん。てか、普通に鍛えていれば数分で消えるだろ。普通に鍛えていれば、な」
たぶんて。後、なぜ二回言った。
明らかに特訓を持ち越された事を根に持ってる。それに関しては、謝罪の言葉を述べるしかないわけだが。
「ごめんって、帰ったらちゃんと特訓はするから。僕だって、魔術がちゃんと使えるようになりたいだ。それに……」
夢幻祭で見せつけなくてはならない。ニック・ハーヴァンスという存在が落ちこぼれでないことを。
「帰ったら覚悟しとけよ。今までの特訓の数倍は厳しく行くぞ」
「……うん!」
ニックは力強く頷いた。
ニックとシルヴァは並んで廊下を歩く。最初は静けさが少し気持ち悪かったが、もう慣れた。というよりは、痛みのせいでそんなことに構っている余裕はなかった。……本当に折れてないだろうな?
ちなみにだが、ニックの脇腹に肘を食らわせた犯人のリナと若草色の髪をした猫耳少女、獣人族であるアーミル。この二人は、ニックが立ち上がれない間に先に行ってしまったようだ。おかげで、案内役が居なくなり完全に迷子状態である。
「シルヴァ、リナの場所とか分からない?」
「無理だな。お前も分かるだろ、無理だって」
「一応聞いてみただけだよ、一応」
なぜ無理なのか。探す方法がない訳ではなかった。人にはそれぞれ魔力がある。大なり小なりだが、魔力を持たない人は稀だ。噂では、魔力を一切持たない病気もあるが、リナはそれに当てはまらない。リナも魔力を持つ。しかも相当な魔力量と質だ。必然的にそれを辿っていけばリナの元へたどり着くのだが……。
ニックたちが今いる王城は、他人の魔力がいまいち掴みづらいのだ。近くにいれば容易に分かるのだが、離れると何かが邪魔をして魔力が分からなくなる。
「たぶんだが、この城自体に結界か何か刻んであるんだろうな」
「それって──」
「あぁ、分かりやすく言うなら、この城全てが魔術器具みたいなもんってことだ」
器具の規模を完全に超えている。術式を刻んだ建物は数が少ない。確かに、常時結界を張れるならそれに越したことがないが、問題は結界系の魔術は全て上位魔術だということ。それを術式におこして建物に刻むのは中々に大変なのだ。詠唱の量や長さを一つ一つ刻まなければならない。
「これじゃ、リナとアーミルさん見つけられないね」
「いや、それでいい」
「え?」
隣を歩くシルヴァが、訳の分からない返事をしたので思わず足を止める。
「それでいいって、どういうこと? 僕たちはリナのお母さんに会う為にここに来たわけで──」
「それは分かってる。だが、今はそんなことよりお前に聞きたいことがある」
「聞きたいこと? それって今じゃなきゃダメなの?」
「アーミルが居ない、今じゃなきゃ駄目だ」
それでシルヴァが何を聞きたいのか、一瞬で理解した。ついさっきアーミルに聞いていた話。
「教えろよ、あの事件の話」
シルヴァの目から、絶対に教えてもらうという意思を強く感じた。ニックは、小さくため息を吐く。
「アーミルさんからも僕から教えてくれって言われてるし……うん、教えるよ。でも条件がある」
「なんだ?」
「絶対に獣人族の人たちの前でこの話はしないこと」
あの事件は、獣人族にとっての黒歴史。思い出したくないであろう過去なのだ。アーミルもきっと口にすら出したくなかったはずだろう。しかし、アーミルは獣人族を語る上で話す他はなかった。
もしかしたら杞憂なのかもしれない。ニックの余計なお世話かもしれない。けど、少なくともアーミルにとっての配慮として大切な事だ。
──その、あたしは、あの事件については……。
あの時のアーミルの表情。笑っていたはずの笑顔は、何かを失っていた。あれを見てしまっては、気遣うなという方が無理な話だ。
だから、シルヴァへの条件は、獣人族の前で話してはいけない。
「良いだろう。その代わりこっちも条件だ。お前が知ってる限りのこと、隠さず全部話せ」
「うん。約束する」
そして、ニックは語る。
獣人族のあの事件について。
「先に言っておくけど、僕もそこまで詳しい訳じゃないからね?」
「あぁ、知ってる限りでいい」
再び長い廊下を歩き出した二人。どこに向かっているか分からないが、とりあえず歩いている。歩いていれば、リナとアーミルとも会えるだろう。これは、その間の会話だ。なのに、少し緊張した空気が歩く二人を包む。
響く足音。その中にニックの語る声が静かに入り込む。
「あの事件が起きたのは、たぶん二年前だったと思う」
「二年前か。随分と最近だな」
「そうだね。でも根本的な問題は、それよりずっと前からあったみたい」
「根本的な、問題か。それがあの事件とやらの発端って訳か?」
「うん。そうなるかな」
「それで? なんなんだ。根本的な問題ってのは……」
ニックの口は、少し語るのを躊躇う。だが、シルヴァの条件はニックが知っている限りのことを全て話すこと。
深呼吸で心を落ち着かせる。そして、息を吸い込み言葉と共に吐く。
「獣人族の奴隷化だよ」
「──なに?」
シルヴァが驚いたのか、こちらに顔を向ける。しかし、ニックは目を合わせることなく前を歩き続ける。長い廊下の先を見ながら。シルヴァもニックの様子を見てまっすぐ前を向く。そして、ニックの言葉を待つ。
「獣人族は、僕たち人間よりも頑丈だし体力もある。それは、どの種類の獣人族にも言えること。人間より二倍から四倍くらいかな。だから、獣人族は奴隷として扱われることが多かったんだ」
「ちょっと待て。そりゃおかしくねぇか? 人間より遥かに体力も力もあるんだったら、奴隷になんてなるはずがねぇ。普通、反抗するだろ」
ニックはかぶり振った。
「人間には獣人族のような力はない。けど、その代わりにあるじゃないか──人間には魔術っていうものが」
「魔術……。いや、それでもおかしい。獣人族は、人間と獣の混血種だろ? なら、獣人族にだって魔術は使えるはずだ。それに、あのアーミルにはしっかり魔力を感じたぞ」
「それが、当時の獣人族に魔術は使えなかったんだ。魔力を持つ者はいるんだけど、その術を獣人族は、持ち合わせていなかった。だから、奴隷になった。僕たち、人間の手によって」
「っ……」
シルヴァの表情が曇る。横目で盗み見たシルヴァの表情は、苦悶に満ちていた。初めて見る顔だった。まるで獣人族の味わった苦しみを自分で噛み締めているような。
「なら聞く」
眉間にシワを寄せたままシルヴァは、ニックに問う。
「いつからだ」
「え?」
「獣人族が奴隷として扱われていたのは、いつからだって聞いてんだ!」
シルヴァが怒鳴る。シルヴァ自身も怒鳴る気はなかったのだろう。自然と出た言葉に気が付いたシルヴァは、足を止める。静かに額に手を当てる。
「悪い……」
「……ううん、大丈夫。シルヴァの方こそ大丈夫?」
「あぁ……」
シルヴァは、壁際に寄ると壁に背中を預ける。
ニックは、シルヴァを見ながら改めて思う。
魔王っぽくない。むしろ人間らしい。人間よりも人間らしい。獣人族が奴隷として扱われていたことを心の底から苦しんでいる。自分のことではないのに。
「それで……いつからなんだ……」
目を隠したままシルヴァは、尋ねる。ニックは廊下真ん中でそれに答えた。
「確か、十年以上前から、だったと思う。そこは、僕もいまいち……」
「そうか……」
吐いたシルヴァの息は震えていた。
「十年以上も獣人族は耐えてたってのか……」
「そう、だね……まだ、話す?」
シルヴァの様子を見て、聞かずにはいられなかった。とても苦しそうなシルヴァ。もう話さない方がいい気がする。だが、
「あぁ。話してくれ」
全てを聞く覚悟は、少し見えた青い瞳から伝わってきた。だから、ニックは他には何も言わず続ける。
「使われた魔術は、強制紋」
本来、強制紋は使い魔が言うことを聞かなかったりするときに使い、強制的に従わせる魔術である。
「ある人が、使い魔に使えるなら同じ獣の獣人族に使ったらどうなるんだ。って言って獣人族に使ったのが奴隷化の始まりらしい」
「……それ言った奴はまだ生きてんのか?」
「さぁ? 噂程度の話だから、本当に居たかどうかも……。だから、あんまり信憑性はないと思うよ?」
「そうか」
もしその人が実在していたらシルヴァは、どうしていただろうか。と、少し怖い想像をしてしまった。
「その奴隷化ってのは、もしかしてこの国でも行われてたのか?」
「いや、逆だよ。むしろこの国は獣人族の奴隷化をなんとかしようとしてたみたい。獣人族を奴隷として扱っていた所は詳しく知らない。でも裏社会でよく取引されてたみたいだよ」
「裏社会ってどういうことだ」
「ごめん、そこも……ただ労働として使わされたり……その……他にも色んなことで酷い目にあっていたみたい」
「腐ってんな……」
シルヴァが小さく笑う。嘲笑にも似た腐った世の中に対して何か。シルヴァは、顔から手を離すと腕を組んでニックを見つめる。続きを語れということらしい。
ニックは、体ごとシルヴァに向ける。
「けど、二年前事件が起きた」
遂に語るときが来た。シルヴァにその事実を告げる。
「獣人族約五万人の反乱」
「約、五万……。それだけの人数が奴隷だったってのか」
「うん、たぶんそれ以上。その反乱に参加しなかった人も居たみたいだから」
「なるほど。だが、どうやって反乱したんだ。強制紋を掛けられてたんだろ?」
「だから、それを解く魔術を学んだんだよ。十年以上掛けて」
そう。獣人族は元々魔力を持っていた。なら魔術を使えない訳がない。今までは、魔術無しでも生活が出来たから使わなかっただけ。使おうと思えば使えるのだ。だが、魔力を持っていても魔術を使うとなると話は別。一からのスタートだ。
強制紋を解く魔術を学ぶのに長い年月を掛けた。
「そして、彼らは十年掛けて得た。術式解除を」
「確かにな。それなら強制紋を解除できる。だが、そうなると反乱ってのはどういう意味だ」
「文字通りだよ。そのまんま」
ニックは、瞼を閉じてゆっくりと持ち上げた。
「人間への反乱。──復讐さ」




