第21話 獣人族のアーミル
王城へと入って、芝生にしかれている石畳の上をゆっくりと歩いている四人は静かに歩いていた。静かに歩いているのには理由がある。それは、三人の目の前にある小さな背中にあった。
聖王騎士団の一人だというアーミル・コーランド。若草色のくせ毛を持つ少女。騎士団に入るには幼すぎる気がするが注目すべき点だが、今回ばかりはそこじゃない。
三角の耳が時折、ピョコピョコっと小刻みに動く。そして、お尻の辺りで八の字に揺れるもふもふした長い尾。
ニックだけでなく、シルヴァ、リナもその尾と耳を何度も見直す。
「そんなに気になるっすか?」
立ち止まりアーミルは振り返る。顔は少し赤くなっていた。
「そんなにジロジロ見られると恥ずかしいんすっけど……」
「あ、ごめんなさい。アーミルさん。つい……」
「まぁ、最近じゃ隠さない方が珍しいっすからね。あっ、あたしのことはアーミルでいいっすよ。たぶんお三方の方が年上ですし」
「いえ、そんな……」
見た目的にはきっと十二歳とかそこら辺だ。だが聖王騎士団に所属している以上、ニックたちより偉い立場にある。なら馴れ馴れしく話すものではない。はずなのだが……。
「おい、アーミル」
シルヴァにはそんなこと端から関係無いようだ。そして、それはニックたちにとっても今回は好都合だった。
「なんだそれは?」
もちろん指差す先は耳と尾。本来、人間が持つべきものではない物質。しかし、現に目の前に存在する。猫のような耳と尾を持った人間。
「変装してる、って訳じゃなさそうだな」
「ええ、そうっすよ。正真正銘あたしの体に付いて、生えているものっす。取れたり消えたりしないっすよ」
アーミルは尾を揺らし、自分の耳を軽く撫でる。
「さっきも聞きましたけど、見るのは初めってすか? 三人とも」
「は、はい。そういう種族もいるってのは知ってまし、一応学園にもいるらしいんですけど……。実際にこうして見るのは初めてです」
リナもニックの言葉に同意するように首を縦に振る。
「えっと、確かシルヴァさん、でしたよね? 貴方も?」
「あぁ」
「意外っすね。魔王と聞いていたのでてっきり見たことあるものだと」
「それは──」
「いいんすよ。最近はこんな風に大っぴらな人はいませんから。当然です」
アーミルは前へ向き直り、再び歩き出す。歩きながら話すと言うことだろう。三人は黙ってその背中を追いかけた。
「まぁ、この耳と尻尾を何か、と聞かれたら耳と尻尾としか答えられないんすけど……。一応聞きますけど、獣人族は知ってるっすよね」
「はい、もちろん」
獣人族とは、文字通り獣と人の混血種だ。そして獣人族には色々種類がある。獣の数だけその種は存在するとされている種族だ。その為、必然的に獣人族の人数は多い。だが、今の獣人族は絶滅の危機にあるとされている。二年前のとある事件のせいで獣人族は極端に数を消した。生き残っている者たちもひっそりと姿を隠して過ごしている。
だから、ニックもリナも見たことがなかったのだ。
シルヴァも見たことないらしいが本当だろうか? ニックは心の中で少し疑問に思う。
「獣人族を知ってるならあの事件も知ってるっすよね。この国に住んでるなら当然ちゃ当然なんですけど……。まぁ、ともかくその事件の生き残りなんすよ」
「事件? なんだそりゃ」
シルヴァが首を傾げる。アーミルは驚いてシルヴァの方を振り返る。
「知らないん、ですか?」
「……あぁ。んで、その事件って?」
「…………それは……」
アーミルは、目を伏せる。そして、そのまま少しの時間が過ぎる。シルヴァが待てどもアーミルの口が開くことはない。そんな様子にシルヴァは詰め寄ろうとする。それをニックは、シルヴァの前に体を出して止めた。
「邪魔だ、どけ」
「シルヴァ。それについては後で話すから……。今は……」
「…………チッ」
歩き出そうとしていた足を退く。シルヴァは、納得いってないような表情をしつつ一先ずは納得してくれたようだ。その事件は、アーミルと深い関わりがある。アーミルというより、獣人族といった方が正しいだろう。そしてその事件を知っているニックにとって、その事をアーミルに尋ねるのはあまりに酷であった。
「すみません……」
「いえ、その、ごめんなさい。シルヴァが……」
「き、気にしないで欲しいっす。知らないのなら聞きたくなるのも無理はないっすから。その、あたしは、あの事件ついては……。ニックさんから後で話してあげてくださいっす」
アーミルは、少し複雑な表情で笑った。その喪失感の籠った表情が語っていた。アーミルにとってあの事件は、色んなものを失い、壊し、消え去った黒い歴史。獣人族にとっての闇であった、と。
「さっ、とりあえず歩きましょう。目的地はもうすぐなので」
無理矢理明るい声を上げる。そして、再びアーミルは歩き出す。目の前を歩く小さな背中に深い悲しみのような感情を感じ取ってしまう。アーミルに付いていくニックの足は、ほんの少し重かった。
少し気まずい空気が流れながら歩くこと数分。未だに目的地には着かない。というか、どこに向かっているのだろうか。リナが来ることを知っていたところをみると、向かっているのは間違いなくリナのお母さんのもとなのだが……。王城の中がこれでもかと広いため、本当に着くのか不安になってしまう。廊下の幅はこんなに必要なのだろうか。
以前、王令で来たときも思ったがやはり広い。とりあえず無駄に。四人の歩く音が反響している。
「さっきの件だが……」
唐突にシルヴァがアーミルに話しかける。アーミルが足を止めることはない。しかし、シルヴァの言葉を聞いたとき肩が少しビクついていた。振り返ることはないが、しっかりと聞いている。
「お前も色々あるのは、なんとなく理解した。だから、とりあえずは聞かないでおく。その代わり教えろ。お前その歳でなんで騎士団なんかにいる? ニックやリナよりも若いだろ?」
アーミルは振り向くことなくシルヴァ言葉を受け取る。ため息のような息遣いが小さく聞こえた。ため息というよりは、安堵の息だろう。あの事件について蒸し返されると思ったのかもしれない。
「……まぁ、それぐらいなら教えてもいいっすよ。けど、あたしの話なんかつまんないっすよ?」
「別に構わん。教えろ」
「そうっすか? ならいいんすけど……。あたしがここにいる理由は色々あるっすけど、やっぱりあれっすかね。とある人への恩を返すためっす」
「とある人への恩を返す、ですか?」
リナが尋ねる。
「そうっす。三人は知ってるんじゃないっすかね? あたしが恩を返したい人。聖王騎士団が一人ジゼル・スコット」
三人がその名前を聞いて少し驚く。
黒い竜を使って町を破壊したとしてニックを処刑しようとした、顔から表情の見えない顎髭の男。ジゼル・スコット。
まさかあの人の名前が、ここで出るとは思っていなかった。ジゼルが、人から恩を得ているとは到底思えなかったからだ。なぜなら、ジゼルは何かの為なら人を殺すことだって厭わない、というような人のように思っていたからだ。
だからニックは、単純にその名を聞いて驚いていた。リナもシルヴァも同じような意味で驚いているはずだ。
「あの、恩って一体……」
無意識にそうアーミルに聞いていた。
素直に気になった。あの無表情の男が何をしたのか。目の前のアーミルがどうしてあの男に恩を感じたのか。
「それは……」
考えるように少し頭を上に上げる。そして、アーミルは歩きながら肩越しにニックを振り返る。そして、自分の唇に人差し指を縦にし、そっと触れる。
「──内緒っす」
少しいたずら心のある小悪魔的な笑み。その表情にニックの心臓が跳ね上がる。猫耳少女の不意打ちの攻撃をもろに受ける。思わず口を開け見とれてしまう。魂がどこかへ飛んでいきそうになった。
脳の思考が停止しようか、というところで脇腹にものすごい衝撃が走る。一瞬で現実に引き戻される。
「ぐへっ!?」
まるでハンマーで思いっきり殴られた感覚。
脇腹を押さえ蹲る。脇腹痛い、痛い、痛い、痛い!!
何が起きたのか分からなかった。誰が何をしたのかも。だが、その犯人は素直に自供してくれた。
「あ、ごめんニック肘当たっちゃった」
いつの間にか冷たい視線になっているリナがニックを笑顔で見下ろす。明らかに怒っている。理由が全く思い当たらない。そして、あの表情からして絶対にわざとだ。さっきのアーミルの笑みと同じようにこっちも完全に不意打ちだ。
「当たっちゃった、って絶対、嘘でしょ……それ! てか、今の威力、絶対に身体強化使ってたでしょ! 明らかに人間の威力じゃないんですけど! 当たっちゃったっていう威力じゃないんですけど!!」
「ナニヲイッテイルノカ、ワカリマセン」
「片言!?」
アーミルが心配そうにニックに駆け寄ろうとする。それをリナは微笑みながら止める。ちょっと笑顔が怖い。
「あのどうかしたんっすか?」
「大丈夫ですよ、アーミルさん。さっ、早くいきましょ。私のお母さんが待ってますよ」
「え? でもニックさんが──」
「ニックのことはいいんですぅ! ね! ほらほらっ、早く早くっ!」
「あっ、ちょ、ちょっと、待ってくださいっす!? 押さないで欲しいっす! 押さなくても歩けますからぁ……」
ニックを置いてアーミルはリナに背中を押され、先に行ってしまう。そんな二人をぼんやりとした表情でシルヴァは眺めている。そして、廊下の真ん中で蹲るニックを見下ろす。
「お前、何したんだ?」
「わ、分かってたらこんな痛い目に、遭ってないんですけど……」
「確かにそうだな…………理由は分からんが……まぁ、ドンマイ」
哀れみの言葉がシルヴァから送られてきた。
一体、何をしたというのだろうか。誰か教えて欲しい……。




