第19話 誘い
朱色の空。冷たい風が木々を揺らす。放課後の学園の敷地内。夕日が、とある二人を照らしている。
「そんで、実際のところ夢幻祭ってなんだ?」
唐突にシルヴァが尋ねてきた。
どうやら、本当に夢幻祭がどういうものか知らなかったらしい。ローリエから教えてもらったりしなかったのだろうか。
「したんだがな……」
朝のホームルームが終わった後、長い廊下をローリエとシルヴァの二人で歩いていた。
ローリエが出席簿を抱えながら、ニコニコとシルヴァに声をかける。
『いや~、驚きましたぁ! まさか、夢幻祭出場者、二年生の枠五人中四人が、わたしたちのクラスからなんて! わたし担任として鼻が高いです』
そんなローリエとは対照的にシルヴァは眉を八の字にしている。シルヴァは、夢幻祭を知らない。なぜならシルヴァには記憶の欠如がみられる。覚えていないのか、はたまた元々知らないのか分からない。
ここは、素直に聞いたほうが楽そうだ。
『おい、ローリエ。その夢幻祭ってのは──』
『あっ! もしかして、シルヴァ先生もお好きなんですか、夢幻祭! いいですよねぇ、夢幻祭!』
ローリエは輝いた瞳でシルヴァを見上げる。そんなローリエに気圧されながら、シルヴァは一歩後退る。
『いや、そうじゃなくてだな。それが、なんなのか──』
『わたしも好きなんですぅ! 特に、食べ物! 色んな所の名産がたくさん食べられるって素晴らしいですよね! 色んな所からお店が出張してくれて、あんな料理やこんな料理がた~っくさん!』
『おい、話を聞け、俺はだな──』
『あっ!? ちなみにわたしが、オススメしたいお店は、バルド王国の〈アーツェリカ〉って所でぇ、そこのピザがなんとも絶品で! あ、他にも──』
それからローリエはひたすら料理が美味しいお店をシルヴァに勧めてくる。もはや詠唱だ。シルヴァに口を挟める隙間はなく、ローリエの独壇場だった。途中から夢幻祭について聞くことを諦め窓の外を眺めながら廊下を歩いていた。
「──ってな感じで聞くタイミングを逃した」
「そ、そうなんだ……」
ローリエ先生、食べ物は確かに旨いですけど! 人の話は聞きましょうね!
「だから、お前が教えろ」
「うん、教え、たいんだけどさ……とりあえず、この魔術、解いてくれませんか……?」
現在、ニックは地面にへばりついている最中である。言葉がおかしいが、文字通りへばりついているのだ。そして、その理由はもちろんシルヴァの魔術にある。
「そしたら、意味ねぇだろうが」
「いや、意味ないのは、分かるんだけど、特訓開始十秒で『今からお前の周りに数十倍の重力を掛ける』とか言って、いきなり、こんな風にされたら、どうしていいのか、分かんなくてぇぇぇ」
「……ったく、しょうがねぇな」
ため息を吐き、ニックの方へ手を翳す。すると、ニックの体はゆっくりと軽くなっていった。元の重力に戻ったのだ。改めて今の重力で良かったと世界に感謝した瞬間だった。
夢幻祭への出場者発表から数時間が経った今現在。ニックとシルヴァは、放課後の特訓中である。いつも通り人避けの結界を張り今回は、二人で特訓だ。リナも来たがっていたが、何やら用事があるとかで、今日は来れないらしい。またサンドウィッチを作ってくれるのかと期待したが、どうやら今回は無理そうだ。まぁ、夕方なので当然なのだが、残念。
シルヴァの魔術から解放されたニックは、制服に付いた土を払い落としながら立ち上がる。地面を見ると、自分のへばりついていた跡がはっきりと残っている。どんな重力を掛ければ、こんな跡が残るんだ。
再度、世界に優しい重力でありがとう、と感謝しておく。
「さっきから、何、空に向かって拝んでんだ」
「ちょっと世界にお礼を」
「バカなこと言ってねぇでさっさと教えろ。ぶん殴るぞ」
世界よ、この暴力的な教師をどうかしてください……。怖いです。
「えっと、夢幻祭について、だっけ?」
「あぁ、分かりやすく説明しろ」
「じゃあ、ひとまず特訓は休憩ということで」
「とりあえず、それでいい。教えろ」
特訓が始まって数分しか経っていないのだが全身筋肉痛だ。ニックは重力の恐ろしさを知った。
シルヴァには魔術の方を教えて欲しいものだが、さっきの重力操作には何か意味があったのだろうか。些か疑問である。だが、こちらは教えてもらっている身。意味を問うのはまた後で。
今は、シルヴァが知りたいことを自分が教えてあげる番だ。
「そっか。それじゃ──」
夢幻祭。
それは、この世界にある五大陸。正確には六大陸だが、今は置いておこう。その五大陸のそれぞれ代表の国から選抜された学園の生徒たちが、魔術の腕を競い合う大会である。魔術の腕と言っても試験の時のようなものではなく本格的な魔術戦だ。魔術や武術、なんでもありの魔術の大会。
大陸の代表は、円卓会議に出席する国が担うことになっている。
その国とは、バルド王国。ユグラティア王国。アークテリア王国。トワライズ王国。最後に、ニックたちのいるエルステイン王国だ。
そして、エルステイン王国の代表の学園こそが、ニックたちが通うユートリアス学園。
「なるほど……」
シルヴァは、腕を組んで何やら難しい顔でニックの説明を聞いている。
「何か、分からないところでもあった?」
「いや、単純に大食い大会じゃなかったんだな、と思ってな」
「そんな訳ないじゃん!」
「しょうがねぇだろ。ローリエが食べ物ことしか喋らなかったんだから。だが、教室の空気からしてそうじゃないことは薄々分かっていたが。そうか、そういう大会だったのか……」
「……うん」
「魔術の大会、なんだよな」
「……そう、ですね。はい」
「…………お前、無理じゃね?」
「シルヴァが、それ言っちゃう? 教室であんなこと言っておきながら!?」
教室でのシルヴァの言葉のおかげでクラスの皆も納得してくれたのに。あの言葉のおかげで決心が付いたのに。当の本人からそういうこと言われると非常に辛い。決意が揺らいじゃう!
「悪かった、悪かった。……だが、そうなると一層ちんたら特訓なんてやってる場合じゃねぇな」
「まぁそうだね。っていうか、さっきの魔術って何の意味があったの? 今までのやつとは違ったけど」
今までの特訓は、基本的に神の盾を完璧に使えるようになる特訓だった。この特訓に念動魔術の重力操作は使用したことがなかったはずなのだ。
「あぁ、それな。夢幻祭ってのが何か分からなかったが、魔術関係なのは予想は出来ていた。だから、特訓をハードにしようと思ってな。まぁ、さっきは加減を間違えたんだが」
道理で動けないわけだ。おかげで全身の筋肉が痙攣を起こしている。
「それと重力操作と何か関係あるの?」
「言ったろ。ちんたら特訓なんてしてる暇はねぇって」
「えっと……」
よく分かっていないニックにシルヴァは嘆息を漏らした。シルヴァは、ニックに近づいてその胸に白い手袋をはめた手の指先を突き付ける。
「お前の魔術とお前の身体を同時に特訓する」
同時、ということはどういうことだろうか。魔術は、分かる。今までやってきたことだから。でも、身体とはどういうだろうか。それと重力の関係、なんて。
ありえない考えが頭をよぎった。
ニックの顔見て、シルヴァが意地の悪い笑みを浮かべる。苦笑いしながら尋ねる。きっと悪い冗談だろうと。
「その、まさかとは思うけど……。重力の負荷をかけた状態で神の盾を発動させる特訓、なんて言わないよね……?」
シルヴァが肩に手を置いた。
「分かってんじゃねぇか」
その言葉が地獄の特訓の始まりだと言わんばかりの笑顔でシルヴァはそう答えた。
シルヴァの新しい特訓はこうだ。
ニックの周りを重力操作で負荷をかけ続けた状態で神の盾を発動させる特訓を行う。そうすれば、重力をかけることによって身体は強制的に強化される。さらには神の盾も意図的に発動できるようになり一石二鳥。ということらしい。
「今までの特訓を見てきて、思ったんだが。すでに使えるはずの神の盾が、なぜ意図して使えないのか。反射的、それも殺気のある攻撃でないと発動しないのか。たぶんだが。その身体に問題がある」
「体に問題?」
「簡単に説明すると神の盾の体を発動するだけの器が完全じゃないってことだ。まぁ、他にも問題があるかもだが。今分かるのはそんな具合か」
ニックは考える。
何か少し的外れな気がしてならない。魔術を鍛えるのになぜ身体も鍛えなければならないのか。魔術なら魔力やらを鍛えた方がよっぽど良いと思う。身体を鍛えるの事に必要性をあまり感じない。
「身体ととか魔術に何か関係があるの?」
「あるに決まってんだろうが。バカか。魔術を使う身体が出来ていればそれだけ自分の魔術に耐えられる。……もしかして、鍛えてねぇって訳じゃねぇだろうな」
「まぁ、最低限くらいかな?」
ニックの筋肉は多分平均的だ。たまに筋トレをするぐらいの年齢相応の体つきだと思う。
「見た感じそうだろうな。鍛えてねぇよりはマシだが中途半端だな。夢幻祭ってのは、魔術だけじゃねぇんだろ?」
「うん、そうだね。結構、近接での戦いとかあった気がする」
「なら結局鍛えなきゃなんねぇな。拒否権はねぇ」
横暴だ。ハードな特訓だと受ける前から分かる。これはとてもヤバイと本能が伝えている。だが、夢幻祭に出る以上、みんなが応援してくれている以上、出来るだけの努力をするしかない。
夢幻祭に出れなかった人たちの分、自分がそれ相応の頑張りを見せなければならない。もう落ちこぼれじゃないと証明しなければならない。
「うん。分かった!」
覚悟を決めて、シルヴァの目を見る。
シルヴァは小さく笑う。
「断ってたらぶん殴ってたが。その目なら大丈夫そうだな」
こうして、シルヴァとニックの新たな特訓が始まろうとしていた。
「さて、明日も休みだし今からでも始めようよ!」
「ほぉ、やる気だな。意外と時間経ってるが……まぁ良いだろ。ひとまず日が落ちるまで──」
シルヴァが何かに気が付き、左を向く。
「ん? どうかしたの?」
「誰か……来る」
「──!?」
数週間前の二人の悪魔が、ニックの頭の中で思い出される。
「もしかして、また悪魔……?」
「……いや、違う。これは──っ、はぁ~」
シルヴァがため息を吐く。
シルヴァの顔からして悪魔ではないらしい。そして、その誰かはすぐに分かった。
「おーーーーい!」
炎のような髪を揺らしてこちらに走ってくる一人の少女。もはや何度も見た気がする光景。だが、今回は手ぶらのようだ。
「いやぁ、良かった。まだ特訓してて」
「えっと、どうしたの? リナ」
走ってきていたのはリナだった。
「用事があるんじゃなかったっけ? もう終わったの?」
「うん、用事は済んだよ。っていうか、連絡しなくちゃならなかっただけだから」
「連絡?」
シルヴァがリナに視線を向ける。
「うん。クリスタルでね。実はお母さんから連絡しなさいって言われてて。……それで、あの〜、二人とも明日って休みじゃん?」
ニックは頷く。
「えっと、暇だったりする……?」
「明日も特訓する予定だけど?」
「そっか〜。ん~……その、悪いんだけどさ。明日付き合ってくれないかな? ニックとシルヴァ、二人とも」
「え?」
「は? なんで俺まで」
間抜けな声を二人で上げる。
「えっと、リナ。それってどういう……」
申し訳なさそうにリナは頬を掻く。
「そのぉ、私のお母さんが、どうしても二人に会いたいんだって。えっと──」
リナが上目遣いで小首を傾げる。
「ダメ、かな?」
この時、ニックは特訓を明後日からにしようと決断した瞬間だった。




