第16話 違う
試験を終えて一週間が経った。
今日も雲一つない快晴である。だが、ニックの心にはぼんやりと雲がかかっていた。と、いうのもこの一週間色々なことが、ニックにはあったのだ。
まず、あの試験──魔術披露の件から。ロゼリアからの話によれば、あれはリナが言った通りカナの演技だった。だが、その黒幕はシルヴァなのだという。最初に聞いた時、怒りでどうにかなりそうだった。丁度、ロゼリアからその話を聞かされた後、特訓もあったので問い詰めてみると、
「あ? だからどうした?」
なんて言われてしまった。
さすがに堪忍袋の緒が切れた。その時何を言ったのか全く覚えてない。完全に怒りで我を忘れていたのだろう。その場にいたリナによるとひどいことを結構言っていたようだ。そこは素直に反省したい所だが、シルヴァには何故ニックがこんなに怒っているのか理解できていなかったようだ。
「何をそんな怒ってんだお前。むしろ感謝してほしいんだがな。俺のおかげで魔術披露の点は、少なくともゼロにはならなかったんだ。だろ?」
そういうことではないのだ。
あれは、自分が使った訳じゃない。使わされたんだ。誘導されて使わされたんだ。だから、あれは自分の実力じゃない。
「んな訳ねぇだろうが、バカかお前。あの魔術披露はな、使える使えない、じゃねぇんだよ。出来るか出来ないか、なんだよ。確かに、お前の神の盾は自分じゃ発動できない、使えてない魔術だ。でも魔術披露の本質は魔術を使えるではなく、出来ることが分かればいい。そうすれば、とりあえず評価はされる。違うか? なのに、ぐだぐだと鬱陶しい」
ニックの怒りの連打を呆れたようにはね除ける。
「いいか? 神の盾を発動したのもカナの弾丸を弾いたのも全部がお前のやったとこだ。カナのあれは、その過程に起きた出来事だ。お前は、結果だけ見てろ。そして、その結果を次に繋げろ。今度は使えるようにな」
同じような言葉をリナから貰った。つまりは、リナと同じ意見と言うことだ。
だが、違うんだ。それではダメなんだ。理屈は分かる。理解もしている。きっとおかしいのは自分の方だということも。
でもそこだけは譲れない。そういうことではないんだと。
しかし、この感情をぶつけることは出来なかった。なぜなら、自分自身でも何故なのか理由を見つけられていなかったから。ただそうじゃないということだけしか分かっていない。
この曖昧な感情を上手く言葉にすることが、まだニックには出来なかったのだ。
そして、カナの件。魔術披露のことで直接謝られた。理事長室に話を聞きに行ってみたら、深々と頭を下げられ謝られてしまった。そうなっては、文句なんて言えない。
「本当にすまなかった。ニックの為とはいえ、とても傷付けてしまったようだ。ロゼリアから聞いたよ……。本当にすまない」
カナの声は少し震えていた。そこに理事長という背景は全く感じられなかった。だから、真剣に謝ってくれているのだと理解した。
「シルヴァに頼まれたとはいえ、私も少なからず責任があるのは分かっている。罪があるのは分かっている。だが……これだけは、理解してほしい。私は、お前を傷付けようとした訳じゃない」
「…………はい、分かっていますよ」
「本当、か?」
「はい、本当です。僕の為にしてくれたのは理解はしています。でも……」
「……でも?」
「もう、あんなことは二度としないでください」
「……分かった。君には、出来れば嫌われたくないからな。以後気を付けよう。今回は本当にすまなかった」
こうして、カナとは和解した。
最後にリナの件だ。
これにも魔術披露のことは関わっているのだが、あの食堂での会話以来少しだけギクシャクしている。といっても会話をしない訳じゃない。話もするのだが、前のように踏み込んで話が出来なくなった。
きっとリナは気が付いているのだ。
ニック自身が、魔術披露での件のことに答えを出せていないのを。
だから何かを伝えようとしてくれているのだが、ニックもリナもタイミングというものがどうしても合わない。
だから、少しだけ、ほんの少しだけ噛み合っていない。
そして、最初に戻ろう。あれから一週間が経った。そう一週間が経ったのだ。
それは、つまり試験結果が発表されるということ。
無駄に騒がしい教室で、ニックは何気なく窓を眺めていた。前にはリナが横向きで座っている。足をぷらぷらさせていた。
「みんな浮かれてるねぇ」
「まぁ、試験の結果発表だからね。こうなるのも頷けるよ」
「そっか。それに今回ってあれの発表もあるんだよね?」
「あー、あれね。うん、いつも通りならそうだね。ま、僕はあんまり関係ないけど」
「……」
教室の騒がしさが今回ばかりは助かった。会話がなんだか淡白だ。どう考えても自分が悪いのだが。
ニックは、深呼吸をする。よし、と小さく呟く。
「ねぇ、リナ」
「ん~?」
「別にあの事は気にしなくていいんだよ? もう解決したことだし」
リナのぷらぷらさせていた足が止まった。横を向いていた顔がゆっくりとこちらを向く。赤い瞳とニックの視線が重なる。女子と顔を見つめうのは少し照れる。だが、今は目を反らさず見つめあう。
なぜか、リナがくすりと笑う。
「ニック、顔真っ赤過ぎ」
「えっ!? 嘘っ」
意識しないようにしていたのに無理だったようだ。リナの笑い方からして結構赤くなっていることが予測できる。くそっ、恥ずかしいな!
「ごめんね」
突然、リナが謝る。
「ん? 何が?」
「何がって言われてもなぁ。まぁ、あの食堂の時のことかな」
「なんかリナ謝るようなことしたっけ?」
あの時リナは話を聞いてくれて、しかもその真相を教えてくれたのだ。だから、リナが謝るようなことは一切してないはずなのだ。
「ううん、したよ」
首を横に振ってニックとまた視線を合わせる。
「食堂でのこと覚えてるよね?」
「もちろん」
「私さ、あの時なんでニックがあんな顔してたのか分かんなかったんだ。魔術披露の事、あれはニックにとって喜ぶべきことなのになんでこんな顔してるんだろうって」
「……」
「でも、分かったんだよね。私も同じような思いしたことあるから。この前、特訓でシルヴァが主犯格だって分かった時、めちゃくちゃ怒ってたじゃん?」
「(あー、あんまり記憶ないけど)……うん、そうだね」
「あの時思ったんだよね。あぁ、ニックって私たちの何倍も魔術のこと好きなんだなぁって。だからこそ、あんなに怒ってたし食堂の時もあんな顔してたんだろうなって。でも、ニック自身、なんでこんなに自分が怒っているのか分かってないんじゃない?」
「────っ!?」
リナは気が付いていた。ニックが抱いている何かの感情に。そして、リナはそれをたぶん知っている。
リナが時計をちらりと見た。時刻は、後一分で八時になろうというところ。
「あっ、そろそろ先生来ちゃう。それじゃニック、私、席戻るね」
「えっ……あ、リナ!」
立ち上がり自分の席に戻ろうとするリナはニックに呼び止められ足を止める。だが、ニックが聞く前にリナは髪を翻しながら言った。
「──それってさ、たぶん悔しいってことだと思うよ」
「え…………?」
「なんで自分一人で出来ないんだろうって。なんで自分の力で発動出来ないんだろうって」
「────」
「だから、ニックのそれは、きっと悔しいって感情だと思う」
ニックは、固まる。
リナは、そんなニックを見て少し笑うと「じゃあ、また後で」そう言って自分の席へと戻っていった。
時計の針が八時ぴったりになった。いつもなら同時にローリエとシルヴァが扉を開けるはずなのだが、今回は少し違って遅れていた。
今はそれがとてもありがたい。来ていたらきっと挨拶の時に立てなかった。
「悔しい……か」
リナ。それは、たぶん違うんだ……。
今の自分にとってその言葉は適切じゃない。だって悔しさなんてこれまでも何度も感じてきた。何度も思い知らされた。自分は、魔術が好きなのに使えなかったんだ。だから、これがもし悔しさならきっとすぐに分かる。でもこの感情は悔しさとは違う。別の何か。
この感情は、悔しさじゃない。それだけはしっかりと理解できていた。
前の方の扉が静かに開いた。そして、いつも通りに教師用の制服を着たローリエとシルヴァが入ってきた。
「ごめんなさい。遅れてしまいましたぁ」
申し訳なさそうに教卓まで歩く。シルヴァは、ズボンのポケットに手を突っ込み欠伸をしていた。やる気がなさすぎるのが目に見えて分かる。ローリエとは大違いだ。
すると、一人の生徒が声をあげる。
「先生、どうかしたんすか? 遅れるなんて珍しいっすね」
それを聞いたローリエが胸に抱いていた出席簿を教卓の上に置く。その際、胸がぷるんと揺れる。あの人の胸部、思春期の男子には荷が重い!
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。みなさん、お待ちかねのあれ、持ってきましたよぉ」
よく見ると出席簿の他にも何かある。白い紙のようなもの。
それを見て全員が理解した。その瞬間、
「うぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」
一人の雄叫びを皮切りに静かだった教室が騒ぎだす。鼓膜が痛くなるほどうるさい。席を立ち叫んでいる奴もいる。だが、騒ぐのも無理はない。
そう、あの白い紙には試験結果が書いてあるのだ。筆記試験、実技試験を合わせた試験結果の全てが書いてある。ニックもカナの件もあったせいで実技試験の結果が気になる。
だが、みんながこんなに騒いでいるのはもう一つ理由がある。それは、
バンッ!!
唐突に何かが鳴った。教室の騒がしさが一瞬にして静けさに変わってしまった。そして、さっきの音。これは扉を強く開けた時の音だった。
では、誰が扉を開けたのか。もちろん教室にいる人たちは誰一人として扉に触れていない。教師のローリエも。シルヴァもだ。つまり、誰も出ていこうとしている訳ではない。
その人は、入ってくる為に扉を開けたのだ。
全員が先生が入ってきた前の扉ではなく、後ろの扉に視線を向けている。それは、誰一人の例外なくだ。
その人が入ってきた。ゆっくりと一歩、一歩足を進める。教室がどよめきだす。
それは、なぜか。
その人が、知らない人だったから。
いや、違う。今までの姿ではなかったから。
額から嫌な汗が吹き出る。
「エバン……」
ニックは、小さくその者の名を無意識に呟いていた。




