第13話 その感情の正体
魔術披露の試験が終わったニックは食堂にいた。時刻は十二時を少し過ぎた辺り。ちょうど昼時である。
「……」
それは分かる。ついさっき時計を見たばかりだからだ。昼なのは分かる。分かるのだが……。
「ニック、おまたせ~」
赤い髪を揺らしながらリナが隣に座る。
昼時のせいで食堂には人がごった返していた。という訳で席もほとんど埋まっている。だが、奇跡的に二席空いていた。食事となれば自然とその席に座ることになるだろう。隣同士で。肩とか肩が触れる距離に、強制的に。
「ねぇニック、それだけでいいの?」
「……え?」
「パンとコーンスープだけでいいの? って聞いてるの。お腹減ってないの?」
「……あー、うん、まぁ」
「そっか。なら良いんだけど」
あまり納得してない表情をするが、そんなことよりお腹が減っているようだ。リナのお腹がぐーっと鳴る。
「……えっと、これは、その~……。さっ、食べよっ!」
顔を赤く染めながら、「いただきます」といって目の前にある丁寧に切られたステーキを頬張る。
「ん~~~~、おいひぃ~!」
ほっぺがとろけないようなのか、頬に手を当て肉の旨味を存分に味わっている。リナはそれからどんどん手を進め食べていく。
しかし、ニックの目の前のパンとコーンスープは一向に減っていない。
「ニック、どーしたの? 食べないの?」
「えっと……」
「もしかして、体調悪いとか? でも、まだ試験終わってないから保健室開いてないよ」
「あー、違う。そうじゃない、全然。体調は絶好調というか……」
「じゃあ、どうしたの?」
「その~、なんと言いますかー……」
少しリナから顔を反らしながら、
「なんで僕、食堂にいるんでしょうか?」
「…………え?」
数分前。
魔術披露の試験を終え、結界から出たニックは完全に燃え尽きていた。それはもう真っ白に。緊張から解き放たれたのだからあたりまえだ。それにニックの場合、中であんな事があったのだから燃え尽きない方がおかしな話である。
心をここにあらずといった感じで休憩をしていると、魔術披露を終えたリナが遠くからやって来た。
「あっ、ニック! お疲れ様~」
「あー」
「魔術披露どうだった? 出来た?」
「いー」
「えっ、ホントっ! 良かった~、私すっごい心配してたんだぁ」
「うー」
「そうだ! そろそろお昼だけどご飯、一緒に食べない?」
「えー」
「あっ……えっと、その、無理なら良いんだけど……。でも、その、魔術披露上手く出来たなら、そのお祝いも兼ねてーみたいな? そのぉ、ど、どうかな?」
「おー」
「ホント!? じゃ、じゃあ! 早速行こっ! お昼時だと混んじゃうから、ほらっ早く!」
リナがニックの手を掴む。そして、そのまま食堂へと走っていった。
それがニックの燃え尽きていた間に起きていた事実である。ニックはこの時の記憶を全くと言っていいほど覚えていない。
「…………」
「…………」
食堂はとてつもなく騒がしいはずなのに、無音に聞こえる。二人の間に壮大で異様な空気がどよめいていた。
「そのぉ~……リナさん?」
「…………なに?」
「怒ってます?」
「あたりまえじゃん!!」
「……ですよね~」
頬を膨らませながら、ステーキを頬張る。
パクり、パクり、パクり。
もはや、怒って頬を膨らませているのか、その頬にステーキを溜め込んでいるのか分からない。だが、そんなことを言えば殺されかねないので飲み込んでおく。
「そのなんていうか完全に燃え尽きていてですね実をいうと魔術披露の時に色々ありましてそのせいというかなんといいますか言い訳というか弁解をさせていただきたいのですが────」
「分かってる。分かってるから」
「……あー、はい」
リナがため息をつく。
「聞かせて、じゃあ。何があったのか」
「はい、誠心誠意ご説明させていただきます!」
ニックは魔術披露での出来事を嘘偽りなく語った。カナのこと、神の盾が発動しなかったこと、カナが怒ったことや挑発されたことも。それに乗って賭けに出たこと。そして、神の盾が発動できたこと。全てを話した。
「ふーん」
リナはそれを聞いてこんな反応だった。まるでつまらないといった風な感じで。
「いや、ホント! 嘘は一切ついておりません!」
「大丈夫、そこは分かってるから。そうじゃなくてさ……」
「そうじゃなくて?」
「なんで理事長が審査員なんてやってたのか、ニック分かってないでしょ?」
「いや、だから、それは生徒と触れ合いたいからだって──」
「それ、嘘だよ?」
「……え?」
眉を八の字にする。リナが何を言いたいのか分からない。だって、カナがそう言ったのだ。嘘をついて一体なんの得があるというのだろうか。
「あるよ」
リナがフォークをニックに向ける。
「一人だけ得をする人が」
「……」
「おかしいと思わなかったの? この学園のトップであるヒュースベルト理事長が審査員するなんて」
「それは……」
思わなくもなかった。初めてカナの姿を見たときに異様な違和感は感じていた。不自然さを感じていた。あたりまえだ。だって、
「理事長が審査員をするなんて今回が初めだから」
カナが審査員をしてきたことは今までに一度もない。過去四回の試験を受けて一回もないのだ。なのに、今回に限ってそうではなかった。それはなぜか。ある人物が得をする為。
「それが……僕?」
「そ」
ステーキを口に運ぶ。
「よく考えて。そうなると、理事長が審査員をする理由なんてむしろそれしか思い付かない。理事長が、起こしたことと合わせれば答えはすぐ分かる」
なんとなくニックにも分かってきた。
あの時、カナがしたこと。それは怒るということ。そして、それで何をしたか。賭けたのだ。始めに発動できなかった神の盾をもう一度発動させられるかどうか、黒銃を使って。発動できなければ死という賭けをしたのだ。
あまりにニックにとって出来すぎている話。
「つまり理事長は作り上げたんだよ。ニックの為に。本来、魔術披露で魔術を二度使うことなんてありえない。試験だからね。でもそれは、基本的に一発で成功するから」
失敗するなんて人がこの学園にはそもそも居ない。だから、ニックが失敗したときもう一度出来るチャンスを怒り、賭けるという形で作り上げた。
そしてもう一つ。
「ニックの神の盾は反射的な発動しか出来ない。だから、それに銃の魔術器具を使った」
シルヴァの拳同様、とても早く反射で反応できるもの。そして、命を簡単に奪えるもの。それをニックに向かって撃てばどうなるか。ニックが無意識に発動できることを知っていればどうなるか簡単に予測できる。
「理事長は、神の盾を発動できる状況を他の先生に知られることなく完璧に作り上げたんだよ」
「そん、な……」
完全に理解した。カナが行った全ての行動の理由を。全ての辻褄があってしまう。
「全然、分からなかった……」
自分の愚かさに驚いた。あの時、涙を流して喜んだ。良かったと、発動できて良かったと。
「なん、だよ……!」
発動できて良かった?
違う。発動できるよう誘導されたのだ。なのに、それを自分の手柄のように喜んで。涙を流して笑って。
自分の手を見つめる。
「バカみたいじゃないか……」
愚かで滑稽だ。誰のおかげで神の盾を発動できたのかも知らずに喜んでいた自分。そんな自分が堪らなく嫌になった。同時にバカらしくなった。
「確かに、バカだよ。ニックは」
「……っ!」
隣に座っていたリナが平然した顔でそんなことを言った。ステーキの最後の一切れを口に運んだ。
「バカで愚かで滑稽だよ」
「────!」
怒りという感情に体が支配される。
「僕は──!」
「だって、そうでしょ? 誰に誘導されたって、結局発動したのはニック自身なんだから」
「──え?」
「発動したのは誰? 弾を跳ね返したのは誰? 全部ニックでしょ? なら、ニックが恥じる必要なんてどこにもない。理事長が何したって、ニックの魔術だもん。ニックが神の盾を使った事実は変わらない。違う?」
「それは……そうだけど……。けど、それは──」
「そ・れ・に! それは理事長が全部勝手にしたこと。ニックがそれを仕組んだんじゃない」
確かに、そうだ。全てはカナがやったこと。自分には全く関係ない。
けど、それで良いんだろうか。そんなので自分は神の盾を使ったと言えるのだろうか。
「言えるんじゃない?」
あっけらかんと答える。
「だって、実際使ったのニックだし」
「……」
「それにさ、流れに身を任せろって言うじゃん。その流れにニックが乗っただけのことだよ」
「そう、かな……」
リナの言いたいことはすごく分かる。理解もしている。なのに、心が晴れない。何かモヤっとしたものが滞在している。灰色の何か。自分でも分からない。これがなんなのか……。
『2年C組、ニック・ハーヴァンス。魔力測定の試験会場まで来て下さい。繰り返します──』
スピーカーが魔術測定の呼び出しを大きく放送する。
「呼ばれたね」
「うん」
しばしの沈黙。
だが、リナが大きな音をたてニックの背中を叩く。
「ほら、さっと終わらせてくる!」
「わ、分かった!」
とりあえず、パンを冷めきったコーンスープで流し込む。立ち上がり片付けようとするが、
「私やっとくから、早く行きな。遅れてゼロ点とかになったら笑えないし。理事長にも悪いでしょ」
「う、うん。ありがと、リナ。それじゃ、行ってくる」
「頑張って」
「うん!」
ニックは走って食堂を出ていく。
そうだ、まだ試験は終わってない。今は魔力測定に集中しないと。
「よし! いくぞぉ!」
無理矢理に気持ちをつくる。一旦、この感情を無視しよう。今はただテストを頑張る。それでいいのだ。そう、今は──それでいい。
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「全然、納得してない顔だったなぁ……今の」
リナはぼんやりと呟く。机に顎を置いてため息をついてみる。たいして気持ちの変化などはない。けど、今は少しだらけたい気分なのである。というより、このモヤっとした気持ちを吐き出したい。
「けど、あんなの聞かされた後だもん。他に言うことなんて思い付かないよ」
カナ・ヒュースベルト理事長がニックに対してついた嘘。この嘘は全てニックの為に行ったこと。自分を犠牲にしてでもつかなければならない嘘だった。でないとこの嘘は成立しない。
「……あの」
「なのに、私は……」
何も出来ない。彼にしてあげられることは精々サンドウィッチを作るとか種明かしをして言葉をかけてあげることだけ。こんなの理事長の行動に比べたら全然だ。
「……えっと、聞こえてますか?」
「嫉妬って、いうのかな……これ」
すごく悔しいのだ。自分ではなく他人が彼を助けたことが。
頭を抱え、う~~と唸ってみる。何も変わらない。変わらないけど、どうにか吐き出さないと。この訳の分からない気持ちに呑まれそうな気がした。
「あの! 唸っているところ悪いんですけど……」
「──へ?」
後ろから声がする。それが自分にかけられている声だと今更ながらに気がついた。
振り返ってみると一人の女子生徒がお盆を持って立っていた。ちなみにだが、お盆の上にはフレンチな料理が乗っている。名前は分からない。というか、どこを食うんだろうこの料理。
「隣、座ってもいいですか?」
ガラスのような声をこちらに向けている女子生徒をリナは知っていた。
リナやニックのクラスの委員長。艶のある黒髪に縁の無いメガネ。ザ・委員長という感じ。名前は、確かシーナさん。けど、みんな委員長と呼ぶのでリナも自然とそう呼ぶようになっていた。
「……あっ、うん、大丈夫だよ。ごめんね、気が付かなかった」
「いえ、別に……」
とりあえず、ニックの食器を自分の所へ移動させる。なんか、一人でたくさん食べたみたいになってしまって少し恥ずかしい。
「よく食べるんですね……」
「え!? あ、これは違くて、その友達ので! 私は、そのステーキだけなんで! ……ん、でもそれはそれでまずいのでは……」
「よく分かりませんがお友達の席なら座らない方が良かったですか?」
半分立ち上がった委員長を止める。
「全然、大丈夫、大丈夫。友達ちょうど試験の呼びだしかかって」
「そうですか、なら失礼します」
座り直す委員長。そうして、「いただきます」と丁寧に合掌しフレンチな料理を食べていく。へー、そうやって食べるのか……。
「……あのぉ、何か?」
食べるところをまじまじ見ていたら不審な目で見られてしまった。「その料理そうやって食べんるんだね」なんて言うの地味に恥ずかしいし、とりあえず、ごまかしのお話を……!
「うん、そのー。仮になんだけど、もし自分がほとんど魔術使えなくて、でもある時使えて喜んでたのに、実は他人の力によって引き出されて使ってた、ってなったら委員長はどう思う?」
って、なんだこの話ぃぃぃぃ! 完全にニックの話じゃん! さっきの話を委員長に相談してどうするんだ。
「……それは、ニック君のことですか?」
はい、分かりますよね。当たり前です。この学園でほとんど魔術使えないのニックだけだし。
「あぁ……まぁ、うん。そう、なるかな」
「……そう、ですか」
委員長は、まるで何事もなかったかのように料理を食べ始める。さっきの話なんて、最初から聞いてなかったように。
「えっと、委員長?」
「分かりません」
「え?」
「私は、ほとんど魔術を使えないなんて状況になったことないので分かりませんと言っています」
あれ、なんか……怒ってる?
「それはニック君が考えることです」
「えっと、委員──」
「ごちそうさまでした」
いつの間に食べ終わったのか空になった食器をお盆ごと持つ。そのまま食器を片付けに行ってしまった。と思ったら立ち止まり振り返る。
「ですが、これだけは言えます。リナさんにもその気持ちは分かるのでは?」
「──え?」
「パンの耳といえば思い出しますか?」
「…………」
「では、失礼しました」
黒髪を左右に揺らしながら食器を片付けに行った。その背中をリナは一人で眺め、静かに自分の目の前にある食器たちに視線を落とす。
両肘を机に起き、頭を抱える。
「そういうことか。ニックもそういう気持ちだったのか……」
特訓の時にお昼として作ったサンドウィッチ。リナはその時、委員長にパンの耳を切ってもらったのだ。そう、形としてはニックの状況と似ている。
「私の方がバカで愚かだ……」
あの時、シルヴァに慰めてもらったけど違う。表面上は納得した。けど、どこか感じていた違和感。あの気持ちをニックは今、感じているのだ。
なのに、そのニックの気持ちを理解していなかった。その場その場の感情を表面に塗っただけ。そうじゃない。この気持ちはそれでは収まらない。
『2年D組。リナ・フロース。魔力測定の試験会場まで来て下さい。繰り返します──』
「……」
放送を聞いて立ち上がる。ニックの分と自分の分の食器をお盆に乗せて食堂のおばあちゃんの所へ持っていく。
そして、試験会場へと向かうため食堂から出ていく。
歩いていた足が自然と早くなって、最終的には走っていた。全力で、思いっきり。通りすぎる人たちが小さく驚いた声をあげているが、気にしない。
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
訳の分からない感情。それを吐き出す。
「もおぉぉぉバカァァァああ!!」
あの感情をニックも感じているのだ。なのに、それを理解せず慰めて、勝手に慰めた気になってる自分が堪らなく嫌になった。
だから、ニックに教えるんだ。この感情の正体を。
それが悔しいという感情なんだと。




