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最強魔王の夢物語(ユニバース)  作者: チャミ
第二章 夢幻祭《フェスタ》
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第12話 いい嘘

 反響した銃声が空間に留まり続ける。

 無の時間。まるで時が止まったかのように誰も動かない。物音一つ立てることは許されない空気だった。

 だが、空気を読まないものがあった。空の薬莢やっきょうが高い音を立て机から地面へと飛んでいく。


「あーあ、最悪だよ」


 その音でカナが悪態をつく。

 そして、静かに顔についた血を拭う。飛び散った血がカナの顔についたのだ。だから、ごく自然にそんな動作を行った。


「理事長……これは一体どういうことですか……?」


 怯えたように隣に座っていた教師がカナに問う。

 四人が同様にその答えを待っている。


「決まっています。採点ですよ、採点」

「そういうことではなく──」

「いえ、そういうことなんですよ」


 そう言って静かに笑う。





「──そうだろ? ニック」


 そして、ゆっくりと前を見た。

 そこには、血まみれのニックが倒れて──はいなかった。

 むしろ逆。ニックは立っていた。無傷で。それに青い湾曲した魔法陣、神の盾イージスを発動した状態で。


「なんとか言ったらどうだ?」

「…………かっぁ」


 無意識に止めていた息を思いっきり吐き出す。肩を上下させながら自分の手を見つめる。

 それは紛れもない神の盾イージスだった。


「良かった……ちゃんと発動出来たんだ」


 自然とへたり込む。同時に神の盾イージスが霧のように消えていった。

 鼻の奥がじんと熱くなる。それをすすって誤魔化す。目から何が出そうになる。それを上を向いて誤魔化す。


「おめでとう、ニック」


 優しい言葉が聞こえた。それは目の前にいるカナからだった。さっきまでの殺気や怒りといった感情が感じられない。いつものカナ。理事長としてのカナだった。


「カナ……さん……」

「今の魔術は見事だった。完璧と言っていいだろう。まぁ、自分の意思で発動できないのは少し減点だがな」


 本当に優しくカナが笑う。いつもはこういう表情はしない。クールな雰囲気で笑うことはよくある。だが、この笑顔はそれには当てはまらない。純粋に祝福という感情が乗った優しい笑顔。

 だから、もう無理だった。

 頬を熱い感情が流れていく。我慢していたはずなのに自然と、どうしようもなく流れていく。


「おいおい、泣くな。みっともない」

「……はい」

「まだ、試験は終わってないんだぞ?」

「……はい」

「分かったら、ほら、すぐに立つ」

「……はい!」


 涙を拭って力強く立ち上がる。

 だが、ここで初めて知った。

 あんなに優しく笑っていたカナ。優しく声をかけていたカナ。その右手が、その右腕が血まみれで机の上にだらりと乗っていることを。机から地面へと血がポタリと次々に垂れていく。それを見るに相当の出血量だった。


「…………カナ、さん。それって……どういう……」


 ニックの視線が自分の右腕に向いていることに気付き、カナは小さく笑いながら腕をほんの少しだけ動かす。

 しかし、動かすといっても指がピクリと動くくらいだった。


「あぁ。別に大したことはない」

「いや……大したことありますって! それに、その怪我って……もしかして」


 ニックは直感的に感じ取っていた。なぜ、カナの腕が血だらけなのか。その理由を。


「僕の……神の盾イージスのせい、ですよね……?」

「……」


 カナは静かにニックを見つめる。ゆっくりまぶたを閉じトーンを落とした声でこう言った。


「間接的だが、そうなるな」

「……っ」


 カナが怪我をしている右腕。それは黒銃(ワンハンド)を持っていた手。そして、その黒銃ワンハンドを持った手は神の盾イージスに向かって引き金を引いた。

 しかし、神の盾イージスの力は物理を弾き魔術をも弾く力。そこに実弾が撃ち込まれればどうなるか。

 つまり、その腕が怪我をする理由はただ一つ。


「私の撃った弾が、ニックの神の盾イージスに弾かれ私の方に帰って来た、という事だ」

「……すみません。僕のせいで、カナさんの腕を……。本当にすみません!!」


 深く頭を下げた。取り返しのつかないことをしてしまった。カナの腕に傷を付けたのだ。これは、退学になってもおかしくはないレベルの事件である。

 ニックは必死に謝る。心の底から。


「本当に……すみませんでした」

「あー……ニック。とりあえず頭を上げろ」


 頭を上げるか迷ったが、言うとおり頭を上げる。


「ニック、お前何か勘違いしてないか?」


 頭を上げたニックに向けて、少し不機嫌そうにそう言った。


「……え?」

「確かに、私は間接的にだがお前のせいだと言った。だが、これはあくまでも間接的だ。いいか? 間接的、だ! 直接的じゃない! 直接お前が私を攻撃した訳じゃないだろ? なのにそんな顔されて謝られても困るのは私の方だ!」


 カナは、左手を自分の胸に置く。


「この怪我は私が起こしたものだ。いわば自業自得というやつだ! お前は全く──ではないが、関係ない! 自惚うぬぼれるのもいい加減にしろ! この怪我は、お前じゃなく、私自身が起こした怪我だ。そのことを忘れるな!」


 怒りの感情をぶつけてくるカナ。さっきの怒りとは違って優しさのこもった怒り。それはニックの心に深く刺さった。


「分かったら返事!」

「……は、はい!」

「うむ、よし」


 満足したようにカナが笑う。これもまたいつもの屈託くったくのない笑顔だった。






「さてと」


 カナは、血まみれの腕を押さえながら立ち上がる。そして、改めてその腕の悲惨さがよく分かる。服の汚れ具合から見て怪我は肩まで続いているようだ。肩付近から出ている血が指先まで静かに流れていた。


「ニック、そんな顔するな」

「え」

「さっきの言ったこともう忘れた訳じゃないだろうな」


 自然と罪悪感に染まった顔をしていたんだろう。深呼吸をして無理矢理顔をつくる。


「よし、それでいい。この腕のことは気にするな」

「はい! 気にしません!」

「……いや、悪い。多少は気にしろ。というか心配はしろ」

「えっと、どっちですか?」

「心の隅でほんの少し心配してるくらいが丁度いいな」

「じゃあ、そうします」


 ニックの一言を聞いてカナが四人の教師へと言葉を向ける。


「すみません、先生方。このような事に巻き込んでしまい」

「……あっ。いや、別にいいのですが……。あまり危険なことはしないでいただきたい、と言いますか、なんと言いますか……」


 カナの隣に座っていた教師が、曖昧あいまいに答える。


「そうでしたね。本当に申し訳ありません。私が感情的になってしまったのが不徳の致すところ。これから、気を付けたいと思います」


 腕を押さえながら軽く頭を下げ、上げる。


「ですが、おかげで分かったこともあります」

「分かったこと、ですかな? それは一体……」

「はい、彼の実力です」

「ニック君の実力、ですか?」

「彼はやればできる子なのです。ですから、先生方には私の銃の弾を弾いた実力を踏まえ、しっかりと採点をして欲しいのです。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 今度は長く頭を下げた。


「顔を上げてください、理事長」

「はい」

「もとより我々は審査員。採点係です。先程の魔術は実に見事だった。二回目だからといってこれを無しにするほど我々は落ちぶれてはいませんよ。まぁ、私の頭の毛は落ちぶれていますけどね。ガハハハ」


 カナも他の三人も釣られて笑う。ニックにはその会話が届いてはおらず、頭の上にハテナを浮かべていた。


「本当に先生方には感謝しております。私は一応この腕をローリエ先生に診てもらって来ます。代わりの審査員も後で送っておくので後のことはよろしくお願いいたします」

「はい、分かりました。安心して腕の治療に専念してください。こちらの方は我々でやっていきますのでお気になさらず。では、また後程。結果を理事長室にお届けに参ります」

「では、よろしくお願いいたします」


 カナは四人の教師に一礼をする。

 そして、結界から出るためにニックが入ってきた方向とは逆の方に歩きだす。

 だが、出る前に一度振り返る。


「ニック!」

「は、はい!」

「残りの魔力測定も頑張れよ」

「はい、もちろんです!」


 大きな返事を聞いてカナは静かに結界の外へと出ていった。




 こうして、ニックの魔術披露の試験は無事終わった。







**********************







 結界を出たカナは腕を押さえながらゆっくりと歩く。あまり早く歩くと腕が痛くなるのだ。目的地は本校。垂れる血が道を作っているが、まぁ、後でなんとかしよう。今は治療の方が先だ。

 さっきまで、あの結界内にいたせいで聞こえなかった生徒たちの話し声や騒ぎ声が耳に届く。無音の空間より騒がしい方がやっぱり落ち着く。

 だが、落ち着くという感じではない。

 カナは大きくため息をついた。


「しっかし、少しやり過ぎたよな……絶対」


 自分の見るも無惨むざんな右腕を見ながらそう呟く。


「やっぱ実弾使ったのが、まずかったな」


 元々加減というものが好きじゃないが、さっきの場面では加減をやはりするべきだった。

 実弾。もとい実際の弾丸にある細工を施した魔弾もどきである。黒銃ワンハンドに込めてあった弾丸には、あらかじめとある術式スペルを刻んであった。それのせいでカナの右腕はこんな風になってしまっている。


「かといって、あそこで加減すれば意味はなかったしな……」


 本校へ向かう足を止める。ゆっくりと横に並んでいる並木の一本を見つめた。片方の広角を小さく上げる。


「────そうだろ、シルヴァ」

「ま、そうだな」


 その木にシルヴァの姿はない。しかし、シルヴァの低い声が確かに聞こえる。それはただ姿が見えないだけなのだ。

 小さく風が起こる。

 すると、木に寄りかかる銀髪の男の姿があらわになった。シルヴァだ。


「ったく、相変わらずのだな」

「これはどうも。魔王に称賛されるとは私の眼も捨てたものではないな。それよりなんで透明化ステルスなんて? 君はもう立派な教師なんだから隠れる必要はないだろう」

「別に。念のためだ。ただ……」

「ただ……?」

生徒あいつらに見つかると……囲まれてウザいから……」

「ふぅん」

「なんだそのムカつく顔は」

「べっつにぃ。人気者は辛いんだなぁ、と思ってな」

「ぶち殺すぞ」


 シルヴァがゆっくりと近付いてくる。

 やばいぶち殺される、とも少し思ったがどうやら違うようだ。完全に話題は別のようだ。そう、シルヴァの顔を見て思った。


「それで、ちゃんとやれたのか?」

「あぁ。個人的には完璧だったと思うぞ」

「そうか。なら良い」


 シルヴァが、カナが歩いてきた方へと視線を向ける。カナも振り返って見てみた。なんにもない空間。しかし、ほんのりとカナには見えていた。透明な箱。すりガラスのような結界が。あの中で先程までカナはニックの採点をしていたのだ。


「しかし、シルヴァ。よくあんなこと思い付いたな」

「少し考えれば誰でも思い付く。多少ズルい手だがな」

「いや、そうでもないさ。生徒の実力がしっかりと見れるなら我々はそれを見て審査しなければならない。教師としてあたりまえのことだよ」

「教師としてはあたりまえ、ね。教師なら嘘をついて周りを騙してもいいと?」

「まぁ、それは時と場合によるが、いい嘘なら私は良いと思うよ」


 そう。あの結界内で起きたこと。全てが演技だったのだ。カナが怒ったことも、ニックを挑発したのも、黒銃ワンハンドを撃ったことも。全てが嘘である。


「今のニックの実力じゃ神の盾イージスを発動できないのは目に見えていた。だが、何故か知らんが無意識での発動は出来る」


 しかし、テストの場においてそんなことは関係ない。自分の意思で出せないのなら、それは出来ないと同じ事。


「なら、それが出来る状況を作り出せばいい」


 その結果があれだ。

 カナが怒ることによって残りの四人の教師はカナとニックに間に入ることは出来にくくなる。そして、ニックを挑発することによって神の盾イージスをもう一度使わせる状況を作り出した。そして、問題はここ。神の盾イージスの発動する条件。


「あれは無意識っていうより反射っていうのが正しいんだろうな。ニックの言った通り」

「反射?」

「あぁ。ニックのあの無意識──反射は、自分自身に向けられた殺気に反応している可能性が高い」


 昨日や一昨日、二回ほど殺気を込めてシルヴァが放った拳をニックは容易く止めてみせた。殺気を込めずに殴ったらどうなるのか、というのは試すことは出来なかった。だが、その可能性が高いのなら試す価値ありという訳でカナにこの作戦を持ちかけたのだ。

 最初は拒否していたが、「ニックの為だ」と言ったら即答で了承を得た。

 しかし、カナがどのようにしてニックの神の盾イージスを発動させたのかをシルヴァは知らない。細かなことはカナに全て任せていたからだ。

 だから、自然と話はカナの右腕へと流れた。


「その腕どうしたんだ?」

「もちろんこの作戦を実施するにあたっての犠牲というやつだ」

「ほぉ、お前意外と武道派だったんだな。驚いた」

「んな訳あるか! 君と一緒にするな。単純な話さ。私は拳で殺すような力はない、というかそういうのは得意じゃないんだ。だから私は銃を使ってニックには殺気を向けた」

「銃なんてもん持ってたのか」

「……まぁ、ね。それで、撃ったら見事神の盾イージスに弾かれ弾は跳ね返り銃もろとも私の腕を壊していったんだよ」


 自虐的に笑ってみせる。


「弾に実弾を使ったせいでこの有り様さ。殺気を出す為にはこうするしか他なかった訳だが。やり過ぎた気はするな。術式スペルだけでも解除するべきだったかもな」

「なんの術式スペルだ?」

「……そうだな、簡単に言えば殺傷能力の高める為に傷を治さなくする術式スペルだよ。だから治癒魔術が効かない──っておい!」


 話してる途中でシルヴァがカナの右腕を持ち上げる。激しい痛みが右腕が襲う。


「し、シルヴァ……!」

「いいから、黙ってろ」


 言われた通りに痛みに耐える。右腕の筋肉や骨がぐちゃぐちゃになっている感じ。触られている感覚がほとんどない。そんな腕にシルヴァが手をかざす。


「おい、その腕に魔術は──」


 シルヴァが何かを呟く。上手く聞き取れなかった。

 そして、今度は手の甲から肩までをゆっくりと撫で始める。右から左へ流れるように撫でる。

 何をしているのかと不思議に思っていると、ある感覚が消えているのに気が付いた。


「痛く……ない」

「ほら、これで終わりだ」

「え?」


 自分の腕を見てみる。右腕の袖は、血がべっとりついている。だが、それを捲ってみると、そこには傷一つない肌があった。

 驚いて言葉が出ない。


「作戦を実行してくれた、礼だ」

「シルヴァ……これは、一体……何をしたんだ、君は」

「ただ治しただけだ。気にするな」

「いや、そんなの──」

「さっさと行け。後の審査は俺がやっといてやる」

「あっ、おい! シルヴァ!」


 質問は受け付けないといった風に、カナが歩いてきた方へ歩きだす。普通ならやらないであろう審査員という立場に自ら行ったところを見ると、


「逃げたな」


 今の何をしたのかも分からない、何か。

 奇妙な感じ。魔術のようには見えなかったが、きっと魔術なんだろう。


「まぁ、いいか……。怪我も治してくれたし、審査員もやってくれるって言うし。今回は追究しないことにことにするか」


 髪をかきあげる。


「誰にでも言いたくないことはあるしな……」


 ほんのりと見える結界を見ながらそんなことを呟く。

 身体を伸ばす。


「だぁ~。仕事したぁ。部屋戻って寝よ。……ってそういえばまだ仕事あったな……。チッ、面倒くさいが今日中に終わらせるかぁ。はぁ……」


 カナは本校へと歩き出す。


「まぁ、そんなことより、まず着替えて風呂だな」









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