第10話 魔術披露
気が付けばもう次に自分の番が回ってくる。
頭でシルヴァとの特訓を思い出し、神の盾の使い方も交互に思い出していた。なのに、途中から何故空は青いのかとかくだらない事を考えていた。もう訳が分からない。いや、分かっている。
「超緊張してんだな、僕」
リナがせっかく緊張をほぐしてくれたのに、これでは意味がない。でも、正直緊張しない方が無理な話である。これは、年に四回行われるテストなのだ。
一度、深呼吸をする。空がなんで青いのかなんて壮大すぎる疑問を振り払う。考えるのはどう魔術を──神の盾を使うか、だ。
まず、第一にシルヴァに教わった三つの事。
一つ、魔力を引き起こす時間。
二つ、魔術を使う時に必要な魔力が足りない。
三つ、イメージ。
これをしっかり頭の中で思い返す。ダイスとのあの戦いの雰囲気や感情、あらゆる全てを思い返しあの時と同じ状態を脳に思い出させる。
「大丈夫、まだ覚えてる」
ダイスとの戦闘を思い出し、ほんの少し吐き気が込み上げてきたが、無理矢理飲み込む。
次に神の盾について。
反射的ではあるが、無詠唱で使えた以上もう使えない、というものはなくなった。
だが、反射的ではダメだ。今回はテスト。実際に相手がいる訳じゃない。シルヴァみたいに殴ってくる人もいない。なら、反射で使うのは不可能。自力での魔術の使用が絶対条件。
しかし、今までそれ以外で使えたことはない。
というか、無詠唱で使えたのも一日前に知ったくらいだ。それまでは最短での詠唱で発動していた。二日目、シルヴァに殴られる、時……。
「……あれ? 一昨日は最短詠唱で使っていたんだよな僕。なのに、昨日は無詠唱で……。たった一日で、魔術の腕が上がった……?」
ありえない。それが他の人ならありえない話では無いかもしれない。しかし、ニックは魔術がろくに使えないポンコツだ。なのに、そんな事があり得るのだろうか。一体、どういう……。
「おい、お前の番だぞ」
「え?」
後ろに居た生徒が、少し苛つき気味に背中を小突いてくる。
いつの間にか、自分の番になっていたようだ。深く考え事をし過ぎてしまったみたいだ。
最後に、もう一回深呼吸。
もう順番は来てしまった。なら、あとは自分が出来る限りのことを全力で行うまで。三日間手伝って貰った、シルヴァやリナの為にも頑張るだけだ。
意を決して何もない無の空間。結界の中に足を踏み入れた。
何かに入ったという感覚は感じなかった。しかし、結界の中に入ったという感覚はある。なぜなら、さっきまで聞こえていた生徒の話し声が一瞬で消え去ったから。スピーカーの音量をゼロにしたみたいにぷっつりと消えた。
だからこそ、意識は目の前にいく。
長机に並ぶ五人の大人。どれも見知った顔で知っている人。ユートリアス学園の教師。この魔術披露の審査員という訳だ。
しかし、五人並ぶ中に一人明らかに、ここにいるのが不自然な人がいた。もちろん、シルヴァではない。シルヴァは(一応)教師だから不自然ではないのだが違う。教師だけど教師という枠組みから少し逸脱している人物。
「やぁ、やっとだね、待ちわびたよニック」
肩まで伸びた黒髪。灰色の瞳がニックを捉え、女性にしては少し低めの声でニックの名を呼ぶ。
この学園の最高責任者。理事長の座に席を置いている人物。
「ヒュースベルト理事長……」
小声でその名を呟く。
その声はカナにも聞こえたのか、視線の雰囲気が一瞬で切り替わった。
「──じゃなくて、カナ……さん」
笑顔に戻る。
なんだろう……この人、どこぞの使い魔と同じ雰囲気……。切り替えの仕方が、どこか似ている。
「よろしい」
カナはいつものようにほんの少し口角を上げて笑う。そして、いつもの調子で話始める。
「では、ニック・ハーヴァンス君。これより実技試験を開始します」
しかし、口調は業務的な感じだった。これでも試験なのだから普通である。
「この会場では、我々の前で魔術を披露してもらう。そして、その魔術によって君の魔術披露の採点をする」
「はい」
「魔術を披露してもらう訳だが、どんな魔術を使っても構わない。自分が出来る範囲での魔術を使いなさい。無理に出来ない魔術を使うことはオススメしない」
目を反らさずカナはこちらを凝視してくる。どこか含みのある言い方。きっとカナは知っている。ニックが神の盾を使えるところまで来ていることを。
「君は二年だから詳しい説明は省かせてもらう。では、何か質問はあるかな? ニック・ハーヴァンス君」
魔術披露についてはしっかりと理解しているので質問はない。だが、ニックは、小さく手を挙げる。
カナは少し首を傾げ「何かな?」と語る。
「えっと、失礼ですが、なぜ理事──カナさんがここにいるのでしょうか?」
「私がここにいるのはおかしいか?」
「おかしいというか……なんというか……」
明らかに不自然ではある。理事長が直接審査員をする試験なんて聞いたことがない。実際、これまでの試験でカナが出てくることは一度も無かったはずだ。
「まぁ、私もたまにはこうして生徒と触れ合っていかなければと思ってな。ただそれだけだよ」
「触れ合う……ですか」
「別にエロいことはせんぞ」
「誰もそんなこと聞いてないですよ!?」
一体この理事長は何を言っているんだ。ほら、残りの四人の先生たちも「何言ってんの、理事長!?」みたいな目線を飛ばしてるよ。
そんな先生たちを気にもとめずカナは微笑む。
「他に質問は?」
「……いえ、大丈夫です」
「そうか。では、早速始めようか」
カナは机に両肘を着き、指を絡める。口元を隠すように顔を移動させ、じっとこちらを見つめてくる。他の先生たちも手元にある書類に目をやりながらしっかりとニックを見ていた。
カナとの会話で緊張は解れていた。だが、ここで緊張の糸を切ると意味がなくなってしまう。解れていても切らないように最後の深呼吸をする。
頭の中でシルヴァから教えて貰った事を思い出す。カナたちの方へと静かに両腕を持ち上げる。
ダイスとの戦いの想いを思い出す。体の魔力を全て伸ばした腕に集中させる。
「…………っ」
腕が熱い。腕に溶けた蝋を被せられている感覚。荒れそうになる呼吸を必死に誤魔化し、正常な呼吸を保つ。
準備万端。後することは、もう詠唱を呟くだけ。無詠唱で出来るのかもしれないが、確信を持って短縮することなく詠唱をする。反射的に使える時点で、確信もくそもないのだが、今はいい。ただ使えれば、今はそれで……。
「──今、我が手に授かりしは女神の加護」
しっかりと覚えた神の盾の詠唱をはっきりとした口調で唱えていく。
「ふむ、やはり神の盾か……」
そんなカナの呟きすら、今のニックには届かない。完全に意識は自分の腕に向いていた。今までにないほど、落ち着いている。頭ではダイスとの戦いを思い出せている。だから、そのまま……そのままで詠唱を続けた。
「神が使いし幻想の盾、我が身を守る最強の盾となりて、ここにその盾の名を告げよう」
魔力の流れが変わる。腕に集まっていた魔力は、手のひらへと集中的に集まり始めた。完璧な手順。自然な流れで手のひらへに魔力が凝縮されて行く。
そして、時が来た。一瞬だけ魔力が揺れる。
瞬間、
「────神の盾!!」
全力で詠唱を完了させる。今までに一番の集中で魔術を使った。ただ詠唱するだけで息を切らしてしまう程に集中した。
しかし、結果はもう何回もみた光景だった。虚しく伸びた自分の両腕。
神の盾は発動しなかった。
ニックは、無意識に奥歯をギシリと鳴らす。
神の盾と唱えた瞬間。魔力は魔術を形と成すため放出されるはず。だが、ニックの場合は違った。感覚としては、霧のように消えた。言葉に表すならそんな感じ。
何度も実感した無力さ。悔しいという言葉じゃもう収まりきらない。腕は力を失ったようにだらりと下ろされる。
「なんで……」
なぜか分からない。もう使えるのは分かっているのに。なんで使えないのか。
たった三日の期間で最大限の準備はした。シルヴァたちに手伝ってもらって頑張った。精一杯頑張ったのだ。なのに、
「なんで、発動しないんだよ……」
小さく悪態をつく。静かに握られた拳。
ただただ嫌だった。魔術を使えない自分が。堪らなく憎らしい。自分は一体どうしたらいいんだ。
誰でもいいから教えて欲しい。
何がダメなんだ。なんでダメなんだ。なんで……!
「まぁ、発動しないだろうね」
そんな言葉が聞こえた。一瞬何を言われたのか、誰に言われたのか分からなかった。声の方へ顔を向ける。
カナが笑っていた。見透かしたように。静かにこちらに笑みを向けていた。見たことのない表情。カナとの付き合いは長い。だからこそ、余計に感じる。
この笑みに優しさなんてものは含まれてないことを。慰める為とか嘲笑しているとかじゃない。
感情がない。見えないのだ。彼女の笑みからは。
だからだろう。
自分の心に恐怖心が芽生えたのは。
そして、同時に怒りという感情もほんの少しだけ芽生えていたことをニックは自覚していなかった。




