第9話 試験当日
今日は、五月十九日。ニックが学校に行けるようになってから三日がたった。それはつまり、試験当日ということだ。
結局、勉強ずくしの三日間だった。一日目は、図書館で勉強。二日目は魔術の特訓。三日目は、その両方。結果的に言えばそれなりに勉強は出来た。筆記試験はいつもよりは落ちるが赤点にはならないと思う。問題は、実技試験だ。こっちに関してはもうどうしようもない。ただ神の盾も反射で発動するという発見が出来た。
これは、三日目の出来事だ。二日目と同じようにシルヴァが急に殴ってこようとした時。無意識に神の盾を発動していた。
「……ほぉ」
「あ、あぶな〜……ちょっとシルヴァ! いきなり殴ってこないでよ!」
「テメェ、もう神の盾、普通に使えるようになってんじゃねぇか」
「え? ……ほ、ホントだ。でも、昨日夜中に試してみたけど発動しなかったよ?」
「……なら、お前は今、防衛反応的な感じで魔術を発動させてるんだろうな」
「防衛反応? それって、熱いものに触れて咄嗟に手を引いちゃう反射みたいなもの?」
「ちょっとよくわかんねぇが、それに近いもんだ」
「分かってないのに近いものだって分かるんだ……」
「無意識に魔術を使ってるから気が付いてないかもだが、お前無詠唱で使ってるんだぞ」
「え? あー、そういえば、確かに」
神の盾に触れていたシルヴァの拳が降ろされる。ニックも静かに神の盾を解いた。
「ま、無詠唱で使えても自分の意思じゃなくて反射的に使ってるならそれは、使ってるって言えねぇか」
「なんか、自然な感じに出してるけどこの魔術、中位魔術なんだよね。どうして今頃使えるようになったんだろう。それに他のは全然使えないのに」
密かにニックは、他の魔術も出来るのでないかと試していた。火焔魔術や凍結魔術。その他色々。結果は見事不発。何にも起きなかった。神の盾も反射でしか使えないと分かった。それも何故か無詠唱。一体自分の体には何が起こっているのだろう。ロゼリアに診てもらったが何も異常が無いらしい。不思議でならない。
反射でしか使えない以上、今年の実技試験も二桁行かないだろう。
ユートリアス学園の試験は二日間である。
一日目は、筆記。二日目は、実技。
筆記に関しては、紙に書いてある問題を解くだけ。その内容は、基礎学力から魔術に関してまで様々である。
緊張と不安の落ち着かない気持ちが漂う教室内でひたすらにペンを走らせる。誰かの紙を捲る音だけでも焦りを感じてしまう。分からない問題は、数分考え後回し。最後までやったら分からなかった問題を残りの時間で片付ける。
そうして一日目の試験は終わった。試験が終わった瞬間の教室から放たれる安堵感は、皆が共通して持っているもののはずだ。
しかし、まだ試験は終わりではない。
二日目だ。
実技試験の内容は基本的には変わらない。去年は、自分の使える魔術を教師の前で披露する魔術披露、魔力を測定する魔力測定の二つだ。そして、今年も同じだった。
互いに五十点満点、合計百点。ちなみにだが去年のニックの得点は、魔術披露ゼロ点。魔力測定二点だった。……お話にならない。
会場はグラウンド。半分は魔術披露の会場。もう半分は、魔力測定になる。そこに全校生徒が集まり順番に試験を行っていく。全校生徒は千人以上。もちろんグラウンドに収まる訳もなく溢れかえる。なんだか、少し非効率的な気もする。
そんな中、ニックも魔術披露をする為にグラウンドにいた。
目の前には、大量の人が魔術の練習をしたり魔力の調整をしていた。
「やっぱ人数多すぎだよ」
「だよね~」
不意に後ろから声がし、驚いて振り返る。
後ろにいたのは、満面の笑みを浮かべているリナだった。今日は気合いが入っているのか、髪を一つに束ねている。
「なんだ、リナか」
「その反応、ちょっと失礼なんだけど」
「あー、ごめんごめん。今、普通に緊張してたから」
「ニックも緊張するんだね」
「リナは、僕をなんだと思っているの?」
「……まぁ、やっぱ緊張するよね」
ニックの質問は完全にスルーされた。ちょっと傷付く。
「リナは、今回何点いけそう?」
「そうだな~……八十は越えたいかな」
さらっとそんな風に答えた。それもそのはず、リナの魔術の腕は二年生の中でもトップクラスなのだ。去年は確かに五位以内に入っていたはず。ニックとは大違い。だが、
「じゃあさ、筆記はどうだった?」
「それ聞く?」
「うん、聞いちゃう」
「…………三十かな~」
「うん、赤点だね」
絶望的に筆記が出来ない。だが、別に頭が悪いというわけではないらしい。どうやら、テストの時の空気が苦手で問題に集中出来ないのだそうだ。
「だってあの張りつめた空気とか、先生の視線とか、色々気になっちゃうんだもん」
「でも、追試の時は高得点なんでしょ?」
「追試はいいんだよ。ちょっと緩い空気だし。人数も少ないし」
「そういうものかな? 追試の方が緊張しそうだけど」
「私は、大丈夫!」
「追試になってる時点で大丈夫ではない気がするんだけど……」
「まぁね。それで、どう?」
唐突にリナが変な事を聞いてきた。
「何が?」
「緊張、解けた?」
「……うん、だいぶ」
「そっか。それは良かった~」
満足げにリナは笑う。その横顔をニックは少し不思議に見つめる。
筆記の時の空気が苦手。なら、それが苦手でなくなった時。リナは、きっとこの学園でもトップクラスの学生になる。
だが、自分はどうだろうか。筆記は出来るにしても魔術については何も出来ない。シルヴァを召喚してもそれは変わらない。変わったところは、あっても根本的に変わらないものがあってしまう。神の盾は使えるところまで来ている。あともう少しで完全に使いこなせるものになるはずだ。それも自分次第だが、その努力はするつもりだ。変わらないものとしては、魔術に対しての熱意や興味だろう。
なら、他に変わらないものはなんだ。
それは、どんなに魔術を想ってもまだ、魔術が遠くにある事実。手を伸ばしても届かない。果てしなく遠い光。その光に手を伸ばしても掴めるものは何もない。
一体、何をどうしたら彼女の背中は見えるのだろう。
一体、何をどうしたら彼女の隣に立てるのだろう。
一体、何をどうしたら彼女の前に立てるのだろう。
ニックは、静かにリナから視線を離した。
「二年C組、ニック・ハーヴァンス。魔術披露の試験会場まで来て下さい」
学園に設置されているスピーカーから呼び出しが掛かる。
「呼ばれたね」
「うん。それじゃ、ちょっと行ってくる」
「頑張ってね」
「リナも……頑張ってね」
そんな事を言えた立場ではない。頑張るのは自分の方。だから少し足早にリナの側を離れた。その事実を誤魔化したくて。
魔術披露の会場に到着した。といってもグラウンドの真ん中まで来ただけだが。
数人が前に並んでいる。だが、その先には何もない。ただグラウンドの茶色い地面が広がっているだけだ。
それもそのはず。今並んでいる先は、結界になっていて外からは中の様子が分からないようになっている。だから、誰がどんな魔術を使ったのかが分からないのだ。
無の空間から茶髪の生徒が出てきた。少し表情が明るい所を見ると、満足のいく魔術が出来たようだ。
「僕もあんな表情出来たらいいんだけどな……」
つい独り言が漏れた。完全に無意識だった。
「いけない、いけない! こんなことじゃ!」
自分の両頬を叩き気合いを入れる。
自分の順番が回ってくるまでの間、シルヴァとの特訓を何度も繰り返し思い出した。




