第8話 お昼
魔術を解いてから数分が経った。
なのに、未だに特訓が再開されない。シルヴァは、腕を組んだままどこか遠い所を見つめている。その先を辿っても特に目立ったものはない。一体何を見ているんだろうか。少し気になる。
ニックも謎の沈黙の流れに身を任せていた。
考えるわけでもなく、ただぼんやりと右手を眺める。袖から伸びる自分の手は情けないほど小さいものだった。普通だったらもう少し大きい気がする。他の人の手をあまり見たことはないが。
少なくとも自分では小さいと思う。この手は、本当に誰かを守れるのだろうか。実際、リナを途中までは救えていた。けれど、完全ではない。無力であることを自覚した瞬間だった。神の盾を偶然にも発動できた悪魔ダイスとの戦い。よく思えば、一方的だった。神の盾がもし、発動してなかったら……考えるだけでも鳥肌ものである。
だから、試験勉強の期間だからとか関係なく特訓を毎日やろう。シルヴァには、迷惑かけるけどやっぱり誰かを守りたい。それに、魔術を使うのはとても楽しいから。
「ねぇ、シルヴァ。あのさ──」
「やっと来たか」
小さく呼び掛けたニックの声は、シルヴァの独り言に掻き消された。なんだか情けない。
「おーーーい!!」
遠くから声が聞こえてくる。どこか愉しげな明るい声音。その声の正体は、炎のような赤い髪を大きく揺らしながら、こちらへ向かってくる。麦で編まれた鞄を持ち、スカートから白い太ももが交互に顔を出す。とりあえず、視線を反らしておく。別に他意はない。
「ん、なんだか既視感があるような……」
少し考えて思い出す。
確か、一回目の特訓の時も同じような光景を見た気がする。ということは、あの鞄の中身はもしかして……。
走ってきたリナが、息を整えながら満面の笑みになる。
「おっまたせ」
「別に待ってねぇよ」
シルヴァの発言に少しムッとした表情になる。
「もぉ~、そういうことわざわざ言わなくて良いから」
小さく息を吐いてから麦の鞄から、折り畳まれたレジャーシートを取りだしニックに渡す。どうやら、広げてということらしい。
ひとまず黙ってレジャーシートを広げる。
さすがに、ここまで来れば自ずと麦の鞄の中身を予想は出来る。
「はい、これ。みんなお昼まだでしょ? 作ってきたから食べよっ」
リナの笑顔がいつもより百倍くらい明るく見える。ニックのお腹の中も同じ感想なのか、ぐぅーと共感してくれた。
お昼は前回同様、サンドウィッチだった。しかし、前回と違うところもある。中身の種類が増えたことだ。前と同じようにタマゴサンド、ハムとレタスを挟んだもの、ハムとチーズを交互に重ねたもの。その他にも新入りが三つほどいた。
「これはね~、チキンを辛めのソースと一緒に挟んだやつ。あと、そっちはトマトとレタス、チーズ。んで、こっちは、デザート感覚でイチゴと甘さ控えめのホイップを使ったサンドウィッチだよ」
サンドウィッチを次々指差しながら悠々と紹介してくれる。その姿はなんだか楽しそうだ。余程、料理が好きらしい。前から料理できていたらしいし、小さい頃から料理をしてたんだろうな。
ニックはそんなことを考えながら、結局考えていたのはどれを食べるかだった。
「たくさんあるからどんどん食べてね」
「それじゃ、いただきます!」
ひとまず新入りのチキンサンドから口に運んだ。
一口かぶり付く。茹でられたであろうチキンは、パサパサしておらずしっかりとジューシーで脂の旨味が口に広がっていく。それと同時に辛めのソースが口を刺激してきた。なのにしつこくなく、チキンと絶妙に絡み合い喉に旨味を残しながら流れていった。
その後は、もう止まらなかった。一口では止まらず、三口でチキンサンドは手から消えた。
「コレフハイネ!」
「せめて、飲み込んでから喋ってくれるかなニック。意味不明の単語にしか聞こえないよ」
「ア、ホヘン…………これ旨いね!」
飲み込んですぐに感想をリナに伝える。正直驚いている。前も思っていたがリナの料理スキルは相当なものだ。
「これリナ一人で作ったんだよね?」
「あー……」
なぜか目を反らされた。
「もしかして、これリナが作ったんじゃないの?」
「いや、作ったよ!? それはホント! けど、一人では作って、ないです」
少ししょんぼりとする。
「というか、基本的には私だけで作ったんだけど。その、パンの耳の部分を切ってもらうのを手伝ってもらいました」
「パンの耳?」
確かに良く見れば茶色い部分がない。白にも近いパンしか残っていない。最初から耳なんてなかったかのようだ。
「さすがに、こんなにたくさんの種類作ったのは初めてだから耳を切るのを忘れててさ。どうしようかな~って悩んでたら、ちょうど委員長が来て手伝ってくれたの」
「へぇ~、委員長が」
「うん。私が中身を作っている間に委員長が耳をひたすら切るって感じで」
思わず想像してしまったが、なんともシュールな画な気がする。
「手伝ってくれたから、一緒にどう? って誘ったんだけど、耳くれれば良いっていうから」
「耳をくれればってなんか物騒だね」
「ちゃんとパンの耳だから。まぁ、ということだから、このサンドウィッチは私と委員長で作ったってことになるかな」
リナは申し訳なさそうに笑う。その笑顔にはさっきまでの明るさはない。残念そうな感情が顔から溢れている。
何か声をかけなければならないのに何を言えばいいか分からない。だが正直、パンの耳を切った程度なら一人で作ったことになると思う。たかがパンの耳だ。切っても切らなくても大きな変化はない。なのに、リナにとってはとても重要に思えた。
だからなのか分からないが、シルヴァがこんな行動に出たのは。
「もらうぞ」
「え……?」
シルヴァが白い手袋を外してサンドウィッチを手に取る。そしてそのまま口の中へ。一口かぶりつき咀嚼して飲み込む。
突然のシルヴァの行動にリナは、少し驚いている。
「ん……旨いな」
「え、あ、ありがとう」
「この前食った時と変わらず旨いな」
シルヴァが手に取ったのはタマゴサンド。前回作ってきてくれた時にもあった。
「なぁ、リナ。お前はやっぱ一人で作ってると思うぞ」
シルヴァがリナの方を見ずにサンドウィッチを見つめる。そして、二口目でサンドウィッチが消えた。
「変わらねぇ。前食った時とおんなじ味だ。その、委員長ってやつが手伝ったんだろ? でもそれは、同じ料理を一緒に作った訳じゃない。あくまで手伝ったんだ。なら、お前はこのサンドウィッチを一人で作ってる」
「……そう、かな」
シルヴァの言葉がリナに届いたのか、リナは微かに頬を持ち上げた。
目の前の光景から思わず目を反らす。
シルヴァは言ってのけた。確実な言葉をリナに届けた。ニックが言えなかったことを。
なぜだろうか。妙に心がざわつく。嫉妬とかそういうのじゃない。おそらく、悔しいさかもしれない。自分が言ってあげたかった言葉を言われて悔しかったのだ。だから、こんな気持ちになるのだ。
視線の先は、自然とサンドウィッチに向いた。
「同じ味……か」
手に取って食べる。変わらない。前と全く同じで美味しい。委員長が耳を切ったのに変わらない。当たり前だ。切っただけなのだから。
食べる早さが上がっていく。片方の手で別のサンドウィッチを取って交互に食べる。口の中がいっぱいになりしゃべることすら出来ない。少しもったいない気もするが、今は無性に何かを発散したい。だから、食う。お腹がいっぱいになるまで。この変な気持ちが収まるまで。
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「あいつ、すげー食ってるな」
シルヴァは、サンドウィッチをかじりながらぼんやりとそう呟いた。
「どんだけ腹減ってたんだよ」
シルヴァもかぶりつく。今食べているのは、ハムとチーズを交互に挟んだもの。少し厚めに切られたハムはしっかりとした歯応えで、ほんのり炙られているおかげで香ばしい匂いを漂わせている。そこにチーズが合わさり味が滑らかになる。実に旨い。
食べ終わり別のに手を出そうとしていると、
「その……さっきはありがと」
突然、横から声がした。もちろん、誰かは分かっているので顔は向けずサンドウィッチを取る。次は、トマト、レタス、チーズが一緒に挟まれているやつ。それと同じものをリナも持っていった。
「別になんもしてねぇぞ」
「フォローしてくれたじゃん」
「フォローも何もお前が勝手に自分で事故っただけだろ」
「まぁ、確かに」
「なんでわざわざ手伝ってもらったこと言っちまったんだよ。黙ってればそれでいいだろ。しかも、あんなくだらない事」
「くだらなくなんかないよ。少なくとも、私にとっては」
リナは、そう言ってサンドウィッチを一口かじる。その口は小さくそのペースで行くと、一個食うのに相当な時間を有することになりそうだ。
「ニックに嘘は付きたくなかったんだよ。それにこのサンドウィッチは、委員長と一緒に作ったことには変わりないもん。それを自分だけのものにするのは、やっぱなんか違うから」
「……」
いまいち分からない。何を言いたいのか理解が出来なかった。
横目でリナを盗み見る。赤い髪が微かに風で揺れている。サンドウィッチを食べながら、視線はニックの方へ向いていた。その視線によく分からない感情が見えた気がした。そして、小さくリナは笑った。
「だからさ、今回はありがと。さっきの事もこのお昼の事も」
「別に。もともと特訓するつもりだったからな。ついでだ、ついで」
今回の特訓の話はリナからの話なのだ。
最初、頼まれた時は意味不明だった。この特訓をリナが頼んでくるんだから。
あれは、確か図書館で勉強を終え寮に向かう時のことだった。
すでに日も沈みかけ、空は黒く染まろうとしていた。図書館から寮までの道のりもそれなりにある。前を歩くニックはあくびをしながら教科書を読んでいた。
すると、突然服を引っ張られる。後ろを振り返ると、髪を一つにまとめたリナが俯いていた。
「なんだ」
「あー、いや、その……」
「……」
「……」
無視して帰ろうとすると、服を引っ張られる。
「なんだ」
「えっと……」
「……」
「……」
「……おい、お前俺をバカにしてるのか?」
「えっ!? あ、いや、そうじゃない! そうじゃなくて!」
手と首を大きく横に振る。
「じゃあ、なんだ。さっさと言え。俺は眠いんだよ」
「……えっとさ。その、明日って、暇?」
「暇じゃない。明日は寝る予定だ」
「どんだけ寝たいのよ。ま、暇ってことね」
寝たいんだから暇じゃねぇぞ。勝手に暇にするな。
「あのさ、良かったら、特訓とかしない?」
「特訓? また、お前の魔術を見ればいいのか?」
「あっ、違う違う。私じゃなくて、ニックの」
「ニックの? ……まぁ、確かにしておいた方がいいだろうが。試験もあるしな。それに、あいつの魔術まだ見てねぇし。だが、なんでお前はニックに特訓をさせたいんだ?」
「えっと……」
急に黙ってしまう。俯いた顔が、なぜか次第に赤くなっていく。暗くなりかけでもそれは分かった。
「言わねぇんならこの話は無しだ」
「……」
驚いたように顔を上げ、また俯いて考え込むように黙る。
とりあえず待ってみる。
すると、小さな声で何か呟く。
「………………から」
「あ?」
「だから! …………お弁当、また作りたいから」
「弁当?」
「ほ、ほら、前作ったでしょ。サンドウィッチ」
「あー、あれか。あれを作りたいからニックに特訓をさせるのか」
「う、うん。ダメ……かな?」
上目遣いで問い掛けてくる。
とりあえず、理由は聞いた。だが、よく分からない。弁当を作りたいなら勝手に作ればいい。なぜ作りたいからニックに特訓をさせようとしてるのか。なんの関係もないと思うのだが……。
しかし、特訓をすること自体には大いに賛成だ。だから、
「分かった。じゃあ、明日特訓をする」
「えっ!? ホント!」
「あぁ。だから、明日にでもニックに『午後特訓すっから、前やった所に来い。来なかったり、遅れたら……分かってるよな?』って伝えとけ」
「分かった! それじゃあ、明日先に特訓しておいて。私、お弁当作り終わったら行くから」
「へいへい」
と、いうような事があった。
正直、なんで弁当をもう一回作りたいのか分からないが、気にするようなことでもないので放っておく。
こっちは特訓が出来ればそれでいい。
でも少し気になることはある。
「なぁ、リナ」
「ん?」
「お前がサンドウィッチを作りたいのは分かったが、わざわざサンドウィッチである必要があったのか? 別に他のでも良かったんじゃないのか?」
サンドウィッチが旨いのは分かる。これで二度目だから。だが、なんなら他の料理を食べてみたい。
「そ、それは……」
「こんだけ旨いなら、他の料理も食ってみたいんだが」
チラッとこちらを見て黙々とサンドウィッチを食べ始める。
「おい、聞いてんのか」
「……」
「……お前、もしかして──」
「ねぇ! ニック! このサンドウィッチどうかな。私的に上手く出来たと思うんだけど!」
食べかけのサンドウィッチを持ちながら、ニックの方へ歩いていく。突然、声を掛けられたニックはサンドウィッチが喉に詰まったのか苦しそうだ。
「あいつ、サンドウィッチしか作れねぇのか……」
とりあえず、新発見のこの事実は心に秘めておこう。
そう心に決めたシルヴァであった。




