第7話 念願の魔術
闇に染まっていた。
何も見えない、聞こえない。自分が今、生きている実感が全くない。これは、どういうことだろうか。
確か、自分はシルヴァに殴られ……。どうなったのだろうか。神の盾は発動せず、シルヴァが目の前には来たところまでは覚えている。
もしかして、怪我をして寝込んでいるのだろうか。いや、もしかしたらシルヴァは本当に殺しに来たのかもしれない。
「────────おい」
シルヴァに限って手を抜くということはしないだろう。なら、今生きている実感が湧かないのも頷ける。
「さっきからなにしてんだ」
けど、なんでだろう。なぜか、シルヴァの声が聞こえる。いつものような感情があまり読み取れない声。退屈そうな、そんな声。
「いつまで突っ立てる気だ、お前。さっさと目開けたらどうだ」
「…………え?」
この時初めて自分が目を閉じていた事に気が付いた。死んでいた訳でも眠っていた訳でもないらしい。
あの瞬間──シルヴァに殴られる寸前で無意識に目を瞑っていたようだ。そんな事にさえ気が付かないとは、情けなくなってくる。
ニックは、ゆっくりと真っ暗な視界に明かりを灯す。異様に瞼が重く、まるで瞳が光を嫌っているかのようだった。
ニックは、目の前の光景に言葉を失った。
見えたのは、シルヴァ。
そして────青く湾曲した魔法陣。あの時と変わらない魔法陣がそこにはあった。それは、シルヴァの拳を完璧に防いでいた。罅も入っておらず、シルヴァの拳は魔法陣に止められていた。
シルヴァは、真顔でそのままニックと目を合わせる。
だが、シルヴァはゆっくりと拳を下ろす。ニックは、未だに信じられず手を見つめていた。
「なんだ、出せんじゃねぇか」
「…………え、あ、うん、出せたみたい」
伸びた腕の先にある青い魔法陣。あの時にダイスの拳を何度も止めた青き盾。発動した感覚はない。ただ、無意識だった。でも、確かに発動できたのだ。そして、無意識でもしっかりと思い出せていた。あの時の感情や想いを。
それは──死にたくない。
そんな普通の感情だった。
「出せた……出せたんだ、僕」
何度も言葉を繰り返す。それが現実だと言い聞かせる為に。
自然と頬が持ち上がった。体は血が沸騰したみたい熱くなる。心の暗い部分が一気に明るく晴れた。
「魔術……使えた……! 使えたよシルヴァ!!」
興奮してシルヴァに魔法陣を見せる。青い魔法陣をぶるぶるとシルヴァの前で揺らして喜びを知ってもらおうとしていた。が、シルヴァは真顔でそんなニックを見ていた。
「ねぇねぇ、シルヴァ! ほら、神の盾だよ!!」
「……」
「防御壁じゃない魔術使えたよ!! やっぱ、すごいなー! あの時と同じくらいだよ、すごくない!? ねぇねぇシルヴァ~!」
興奮が収まらないのか鼻息を荒くしながらシルヴァに見せびらかしたり、キラキラした瞳で観察したりして一人大騒ぎだった。
そんな中、シルヴァは静かにニックを見つめていた。その目に祝福の感情はない。なぜなら、シルヴァには疑問があったから。
「(相当な魔力を持ってるのは分かっていたが……まさかここまでとはな。いくら神の盾っていったって俺の拳受けて傷一つ付きやしねぇとは。こいつ、一体……)」
「ん? どうしたの、シルヴァ」
「……いや、なんでもない」
シルヴァの疑問は、ひとまず後回しになった。
「おい、ニック」
「なに?」
「お前、いつまでそうしてるつもりだ」
シルヴァの視線の先は、ニックの手のひらへと向かう。
「さっさと魔術解いたらどうだ」
青い盾のような神の盾。ニックは、それを発動したまま約数分間神の盾を嬉しそうに観察していた。端から見れば変人だ。
「解けって言われても……」
「二度も使えたんだ。なら、もうその魔術はいつでも使えるだろ。ま、これからのお前の頑張り次第だがな」
「……」
いつでも使えると言われても、また使えなくなるのではないかという恐怖がニックにはあった。シルヴァの言葉を疑っている訳ではない。しかし、この恐怖は分かるものにしか分からない。
「そんなに不安か」
「え?」
「顔、引きつってるぞ」
「あ、いや、ごめん。なんか怖くて」
「さっきも言ったが、神の盾を二回も使えたってことはその魔術は、もうお前のだ。けど、今はまだ完全じゃない。無意識だったのがその証拠だ。答えはこれから見つけていけばいい。お前が頑張れば、魔術は必ず振り向いてくれるはずだ」
「シルヴァ……。なんか、教師っぽいね」
「殺すぞ、テメェ」
殺されるのは勘弁なので笑って誤魔化す。
ニックは、自分の手のひらをもう一度確認する。青く湾曲した魔法陣。確かに神の盾だ。
「また使えるなら……」
ニックは、ゆっくりと魔術を解いた。魔法陣は、静かに空に溶けていく。何にもなくなった自分の手のひらを少しだけ寂しい気持ちで見つめていた。
だが、もう使えた喜びを知ってしまった。怖くてもやっぱりまた使いたい。
だからニックは、少し笑って手のひらを強く握った。




