第3話 試験勉強
その日は、結局図書室で勉強をし一日を終えた。夜が更けてからもニックは、自分の部屋で勉強に励んでいた。さすがに、テストまでの三日間徹夜というわけにはいかない。だから、睡眠時間を最低限まで少なくするという作戦に決定した。
睡眠時間約一時間。
一時間では体の疲れは、ほとんど取れない。けれど、徹夜して当日ぶっ倒れでもしたら本末転倒。なら、一時間だけでも寝る方が絶対に良い。これほど睡眠が大切なのだと、この時十六歳にしてニックは心の底から思った。
「眠そうだね、ニック」
朝のホームルーム前。まだローリエが来るまで時間がある。そんな中、ニックの隣にはリナがいた。窓に寄り掛かるようにして立っている。手にはしっかり問題集があった。
いつもなら前の席に座るのだろうが、前の人も一生懸命勉強している。その為、今回は隣に立っている。正直、女子に立たせるのはどうかと思うのだが、頑なに座らないというのでニックが椅子に座っている。
ニックは大きなあくびをしながら、机に突っ伏す。
「まぁね……一時間しか寝てないから……」
机に突っ伏し死んだような声でそれに答える。
現在のニックは目に特大のクマを作った状態である。普段は睡眠を十分取るタイプなのでこういう徹夜には慣れていないのだ。だから朝、鏡を見てこれが自分かと一瞬疑った。
そしてその顔を朝、偶然会ったシルヴァに見られたのだが、目を逸らされ静かに笑いを堪えていた。ゆるさん、笑うな。
「一時間!? ……はぁ、だからそんな疲れた顔してるんだね。それで? 勉強は出来てる?」
「昨日だけで半分は頭に入ったよ。あんなに勉強頑張ったの久しぶりかも」
「さすがは、学年二位。やっぱすごいね。あの量をたった一日で半分も覚えちゃったんだ」
「勉強自体は、別に嫌いじゃないからね……それにまだ二年になってすぐだし、範囲結構狭かったから」
「そー? 結構あると思うんだけど」
「あんまり広くないよ。二学期の試験の方がよっぽど広い……。そういえば、リナの方はどうなの? 勉強」
「もちろん! 課題は全部終わっており現在は自主勉に勤しんでおります!」
V字サインを笑顔でニックに向けていくる。
笑顔が眩しい。これが、一週間以上の勉強期間があった者の余裕というやつか……!
やはり、三日では一週間の空きは埋められない。どうしても勉強時間に差が生まれてしまう。如何に、効率よく迅速に覚えられるかが問題となってくる。
しかし、問題はそれだけではない。
実技試験。
シルヴァにその存在を思い出させられた。
実技試験とはつまり、魔術を使った試験になる。全員が自分の魔術の腕を存分に披露する場であり、自分の魔力量を知る場である。そして、それにより評価されるのだ。
ニックは、その存在を完全に忘れていた。無理もない。魔術の使えないニックにとってそれは、ただ自分の醜態を晒すだけの試験なのだから。
「自主勉って魔術の?」
「うん。シルヴァに教えてもらってる」
「へぇ、シルヴァにね~」
なんだ、シルヴァももうすっかり先生してるんだな。最初はどうなることかと思ったけど、馴染むもんなんだなぁ。
…………ん? なんか、ちょっとおかしくないか?
「シルヴァがリナに教えてるの……?」
「そうだよ、おかげで魔術の腕はぐんぐん上昇中だよっ」
腕を上げ力こぶを作ってみせる。
しかし、シルヴァ……。なんで普通に先生してるのさ。こっちは試験のことも知らずに寝込んでたのに! リナの魔術を見れたなら、試験のこと教えられたよね!?
と、頭の中で文句を言っていると、リナが何か思い出したように「あ」と声をあげる。
「そうだ、シルヴァがニックに伝えてほしいことがあるって言ってたの忘れてた」
聞きたいことが山ほどあるが、とりあえず気になるので先に聞いておこう。
「シルヴァ、なんて?」
「えーっと、『午後特訓すっから、前やった所に来い。来なかったり、遅れたら……分かってるよな?』だって」
「ねぇ、リナ。わざわざ、シルヴァの声真似しなくていいから……」
雰囲気だけは少し似ていた。ような気がする……。
というかシルヴァの伝言、これは完全に脅迫だ。来なかったら、物理的精神的ダメージを負わせられるに違いない。
「いや、なんか真似た方が臨場感でるかな~と」
少し照れながら垂れた髪を弄る。
その仕草に目を奪われながら、ため息をつく。
そんなことの為に臨場感なんて出さなくて良いんだよ。むしろ出されても困る。
朝の予鈴が鳴り響く。
「お、そろそろローリエ先生来る時間だ。それじゃ、ニック。また後でね。その特訓私も一応参加するから、よろしくぅ~」
にっこりと笑いながら、自分の席に戻っていく。途中で遅れてきた他の女子に挨拶をし、自分の席に着いた。
なんというか、自分との差がすごい気がする。こっちにはリナしか友達がいない。リナはその逆である。何故、リナは自分と一緒にいて、関わってくれているのかだろうか。全くもって謎でしかない。
もしかして、リナは──
「…………ないな。恥ずかしくないのか、ニック・ハーヴァンス。リナが僕のことを好きなんて思い上がるのもいい加減にしとけ……。あとで悲しくなるぞ」
思わず自問自答。
少なくともリナに対してそういう感情がないわけでもない。ニックと言えど年頃の男の子だ。しかし、それが本当にそういう感情なのかが分からない。少し違う気もする。
対してリナの方は、きっとこちらを友達としか思っていないだろう。
頬をとりあえず強めに叩く。
「今は勉強、勉強!」
気合いを入れてあと二日。頑張らなければならない。魔術の方はともかく、基礎勉強の方はそれなりにできる。ひたすらペンを走らせればなんとかなるはずだ。
前の方から扉の開く音がする。それと同時にゆったりとした口調が教室中に響いた。
「はーい、みなさん。朝のホームルーム始めますよ~」
ローリエがいつものように入ってくる。その後ろをシルヴァがやる気なさげについていた。
「それでは、委員長さんお願いします」
ローリエの柔らかい笑顔が委員長に向けられ朝の挨拶をする。
その間に、シルヴァに向かってリナと一緒に特訓をしていたこ。試験のことを教えてくれなかったこと。妬みとか憎しみとか、色んな感情を込めて睨んでおく。
……普通に無視された。




