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最強魔王の夢物語(ユニバース)  作者: チャミ
第二章 夢幻祭《フェスタ》
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第2話 緊急事態

 ユートリアス学園では、試験一週間前になると授業は午前だけとなる。午後は、各々が試験勉強に徹している。

 そして、現在。ニックたちもまた、午前の授業を終え図書室に試験勉強をしに来ていた。静まり返った図書室には、小さな物音さえ受け付けない雰囲気と本特有の古びた紙の匂いが漂っている。

 そんな中、ニックは無作法にも机を叩く。


「なんで教えてくれなかったんだよ!!」


 図書室にいる数人が、一斉に不満の眼差しを送ってくる。その視線には、気付いてはいるが今はそんな場合ではない。こっちは緊急事態なのだ!


「おいおい、うるせぇな……ここが、どこだかてめぇの方が知ってんだろ?」


 シルヴァは、手に持った本を読みながら適当に返事をする。その周りには、明らかに一日じゃ読み切れない本の塔。一体、いくつ読むつもりなのだろう。ざっと見た限りでは三十はあるんだけど。しかも全部辞書並みの分厚さだ。

 シルヴァは、そんな本の塔から一冊取り出し、ゆっくりとページをめくる。


「図書室だぞ、図書室。静かにするのが人間おまえらが決めたルールなんだろ。なら、テメェもちっとは俺とかリナを見習え」

「今は、そんな場合じゃ──」


 ゴフンッ、とあからさまな咳払いが聞こえてくる。音がした方向に視線を向ける。朱色の眼鏡を掛けた少々年齢のいった女の先生が、濃い口紅が付いた口をへの字にしていた。見て分かるほどお怒りのようだ。

 それにニックは一度、図書室の本を無くして怒られている前科者だ。そんな要注意人物を目の前にそろそろ、怒りの噴火してもおかしくない。

 ニックは、静かに腰を下ろす。


「なんで教えてくれなかったんだよ」


 今度は小さな声でシルヴァに文句を言う。シルヴァとはあの一週間の休養中、何度か会っている。それなら、テストのことも伝えられたはずなのだ。しかしシルヴァは何も告げることなく、ニックは最悪の日を迎えている。何故教えてくれなかったのか聞き出さないと虫の居所が悪い。

 そんなニックをよそ目にシルヴァは、呑気にページをめくっていた。


「……」

「……もしもーし」

「……なんだ」

「なんだ、って今まで話してたよね!?」


 誰か助けて、この魔王ひと話聞いてないよ。

 肩をつつかれる。顔を横に向けた。

 隣には、赤い髪を一つに束ねたリナ。あらわになったうなじは、異様なほど色気を放っていた。目の前にはノートと教科書、問題集が広げられている。

 そんなリナは、何か言いにくそうな顔をしている。白く細い指が、ゆっくりととある方向へ向けられた。視線を指の先へ。

 噴火寸前の火山が見えた。

 鼻息が荒くなり、眉間にはしわが寄っている。さっきよりも顔が険しくなっていた。どう考えてもあと一回で噴火する。

 苦笑いしながら、素早く目を逸らしシルヴァを半目で睨む。


「大人しく勉強しとけ」


 と、本を読みながらシルヴァの覇気の感じない声が飛んでくる。

 ニックは深くため息をついた。

 なら別の質問だ。ニックはシルヴァの顔を見つめながら尋ねる。


「……ねぇ、シルヴァ」

「さっきの続きならしねぇぞ、めんどいからな」

「その言葉は聞き捨てならないんだけど……そっちはもういいよ。で、それ何……?」

「何がだ」

「いや、その眼鏡」


 シルヴァにかけられた黒い眼鏡。眼鏡をかけた所など見たことがない。ニックとお揃いの眼鏡なのに、なんだこれは。似合い過ぎている。違和感の「い」の字も感じられない。知的な雰囲気が滲み出て、図書室という場所にシルヴァという存在が溶け込んでいる。素材が良いとここまで眼鏡が似合うのか。

 ニックは眼鏡の格差に落ち込む。


「ん? あぁ、これか。本を早く読むことができる魔術器具だ。あと、目が疲れないらしい」

「なんでそんなの……ってか、どこからそんなの持ってきたのさ」

「んなもん、ロゼリアの所から盗んだ……頼んだに決まってんだろ」

「今、完全に盗んだって言いましたよね?」

「……(本をめくる)」


 え、無視ですか……。

 シルヴァはこれ以上語ることはないと本に集中し始めた。

 ニックは、大きなため息をつき背もたれに背中を預ける。茶色い天井がいっぱいに広がる。静けさが今は心地良い。なのに、胸の霧は依然として晴れない。前からは本のめくる音、隣からはペンを走らせる音。一つ一つの音がはっきりと聞こえてくる。


「……勉強しよ」


 そんな呟きが、小さく響いた。










 ニックもペンを握って約二時間。

 もともと勉強はできる方なので、ペンを握っている事は苦ではない。しかし、ものにも限度がある。たった三日で全ての教科の勉強をしなければないらない。

 つまり、何が言いたいかというと、このペースでは間に合わないということだ。


「えーっと、ここは、こうだから……こうかな……? あれ、なんか違う」


 問題文とにらめっこを続けていたニックは、頭をガリガリと掻く。書き直して、もう一度別の答えを書くが何かが違う。完全にドツボにはまってしまったようだ。


「おい、ニック」

「何? 今、忙しいんだけど」


 少し苛つき気味にシルヴァに顔を向けた。

 丁度、読み終えたのか本を静かに閉じる。最初見たやつとは違う本だが、さっきと同様なかなか厚みのある本だ。それにいつの間にか、本の塔が二つ出来ている。これから読む塔と読み終えた塔。手に持っている本を片方の塔の一番上に乗せた。

 もしかして、この短時間でそんだけ読んだのか!? いくらなんでも読みすぎだ。

 もともと積んであった本の塔が今は半分になっている。その塔の一番上から、また別の本を取って読み始める。

 読みながら声をニックに向けた。


「そういえばよ、お前机にかじりつくのは良いがあれ・・はしねぇのか」

「あれ?」


 何の話だろう。そんな「あれ」とか言われても「どれ」が「それ」で「あれ」なのか分からない。

 無言で首を傾げているとシルヴァの視線がニックに移る。


「お前、この1週間で記憶無くなったのか?」

「無くなってないよ! それで、あれって何?」

「特訓」

「あー、特訓ね。したいのは山々だけど試験勉強しなきゃだし。出来ないかな。少なくとも三日間は」


 もちろん、特訓がしたくない訳ではない。悪魔が襲ってきたせいで、特訓は一回しか出来ていないのだから。むしろ、めちゃくちゃやりたいぐらいだ。折角、ダイスとの戦闘で神の盾イージスが使えたのだ。常時使えるように練習したい。でも、今は無理だ。自分の事を想って提案してくれたシルヴァには悪いが、試験を無下には出来ない。


「ごめん、シルヴァ」

「いや、別に俺は構わねぇが……しといた方がいいと思うぞ」

「ん? それってどういう……」


 シルヴァが、本にしおりを挟んで本を閉じる。


「なぁ、お前もそう思うだろ、リナ」


 突然、話しかけられ小さく声を上げるリナ。休憩をしていたのか、今のリナの手にはペンは無い。手をあごに当てながらリナは、悩むように顔を少し上げた。


「ん~~、まぁ、そりゃねぇ。ていうか、この後やろうかな〜って思ってた所」


 はにかみながら、耳の前に垂れている髪をいじる。そんな様子をニックは、戸惑う。


「え、なんで? テスト勉強しないの?」


 シルヴァとリナが目を合わせ二人でニックを見直す。

 え、何? 視線が痛いんですけど。なんか変なこと言ったかな。


「ニック、もしかして本当に記憶無くなっちゃったの……?」

「無くなってないよ!?」


 そのくだり聞いていたのか。


「リナまでどうしたのさ」

「いや、だって……」

「なぁ、ニック」


 名前を呼ばれシルヴァの方を向く。


「何?」

「お前、一年の頃は試験受けてたか?」

「そりゃ、もちろん」

「そうか、ならその試験は紙に書いてある問題を解く試験か?」

「う、うん……」


 シルヴァは、なぜ改めて試験の内容を聞いてくるのだろうか。全くもって訳が分からない。一年の時、過去四回の試験は全部受けたし、その試験は問題を解く試験だった。それは、確実で間違えようの無い事実である。嫌な物ほど忘れるはずが無い。

 そう、忘れるはずがない、のに……。


「それじゃ──」


 シルヴァが、持っていた本をニックの前に置いた。

 きっと嫌過ぎたのだろう。良い思い出などあるはずが無い。だって、それはニックにとって一番の天敵なのだから。


「実技試験って、受けたことあるか?」


 目の前に置かれた本は、『子供でも分かる下位魔術』というタイトルの本だった。






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